止まない雨は精霊魔法?
「――流石にこれは…だな」
明らかに不自然な状況に不穏を感じ取るカイセ。
何せ足止めされる外の雨は、今日で三日目となる連日の悪天候。
「この雨変ー。ずっと同じだけ降ってる」
窓の外を眺めながらジャバが指摘するその不審点。
三日連続の大雨自体は、場合によってはある天候不順。
だがこの雨のおかしなところは、まさにそのジャバの言葉通りに雨が常に同じように降り続けているのだ。
普通の雨ながら必ずどこかで、強くなったり弱くなったり変化を伴うのが基本。
まして位置がずれればそれも当然。
なのにこの雨は三日三晩降り続けた上に常に同じだけの雨量を、それも雨の降る範囲何処でも一定に維持し続けるのは自然からは程遠い。
「――コンコン」
「ん?」
するとそんなカイセ達の部屋を訪れる来客が扉をノックする。
その人物は…伝言役。
王子からの呼び出しを伝える。
(この雨について、か。とりあえず行くか)
そしてカイセは宿を出て、王子らの宿泊するこの町のお偉いさんの屋敷に向かう。
「わぁ…大きい家!」
「グル」
なおそこにはジャバフェニも一緒。
伝言役兼案内役が『是非一緒に』と言付かっていたので連れてきたが…カイセへの用件は不明なままだが、ジャバフェニに関してはただの私欲の気がしてならない。
「こちらへどうぞ」
そうして一行はそのまま、屋敷の中に案内される。
普通の男と、不思議モコモコ生物と綺麗な鳥。
普通に来てれば門前払いも良いところの怪しさ満載だが、案内役の存在が無事にノーチェックでの門番スルーを果たす。
「――おぉよく来てくれた。さぁここへ」
そのまま一行は呼び出した張本人である王子とその使用人、そしてエルマの待つ部屋にやって来た。
「…うん。この二人の姿はいくら見ても飽きぬな」
「あむあむあむ」
「パク…パク」
ジャバフェニは用意されていたお菓子を遠慮なく口にしていく。
王子はその様子を眺めて楽しそうな笑みを見せる。
「それで…お話ってなんでしょうか?」
「お、すまぬな逸れて。早速だが本題と行こう」
そしてカイセが呼ばれた理由が明かされる。
内容はやはりというか、続くこの雨について。
「まず、この雨だが自然のものではない。魔法により意図的に降らされているものだ」
告げられたのは予想の範疇。
この不自然な雨が誰かしらにより降らされているものであること。
「ただしこれは人の身で扱う通常の魔法ではなく、自然魔法…分かりやすい言葉だと《精霊魔法》による雨なのだ」
だが次の言葉は予想外。
王子側が既に突き止めた雨の原因。
これが《精霊魔法》であること。
そして基本的に、精霊魔法はとある存在の専売特許となる魔法であり、ゆえに張本人の正体もおのずと限定される。
「流石に不自然な雨であり、ここまで何日も足止めされると困るのもあって騎士に調査をさせたのだが…彼らが見つけたのはここら一帯に雨を降らせている水の精霊の姿だったのだ」
雨の原因となる張本人は"精霊"。
この世界に生きる純魔力生命体。
物理的な肉体を持たない自然の具現、その中でも水の化身である【水の精霊】。
複数存在する属性の中でも特に力が強いとされる"四大精霊"の一つ。
「水の精霊…ということはエルフの国に住む?」
「そこまで核心を得られていないが、この辺りで水の精霊が住まうのは目的地であるあそこだけだ。そこから来た精霊と考えるのが常道だろう」
精霊と言う存在は何処にでも居るものではない。
自然との親和性の高い彼らは、それこそ自然豊かな場所に集まる。
特に一行の目的地であるエルフの国は、〔水の精霊〕〔風の精霊〕〔土の精霊〕と共存する種族の国としても知られている。
むしろ…入国に厳格な事前交渉が必要なのはその点が、勿論エルフが他種族に対して好意的ではない種族なのもあるが、一番の理由は信仰する精霊様を守る意味合いが強いだろう。
ちなみに…魔境の森は自然は豊かだが、諸々の理由から精霊は全く居座らない。
「というか、何で精霊が自分たちの領域以外で雨を?」
「それは全く分からない。真意を確かめようとした騎士は、話しかける間もなく大水に押し流されたそうだ」
基本的に精霊は環境が変化しない限りは住まいとした土地や領域で一生を過ごす。
とは言え時たまお出かけとしてフラフラと余所に出向くことはあるらしい。
だがその場合は自衛も兼ねて、極力存在を露わにはしない。
精霊魔法も当然滅多なことでは使わない。
そんな精霊が三日三晩不自然な雨を降らせ続けるのだから、そこには何か大事な理由があるはず。
しかしそれを確かめたかった騎士はにべもなく魔法の大波に流され追い返されてしまった。
しかもその際に一つミスをした。
「しかもその対応が、自衛の為とはいえ精霊の前で敵意を見せながら剣を抜いたのがまずかったのだろう。騎士は既に精霊の敵扱いで、話をする余地は既になくなっている」
勿論騎士たちに害意がないのは確かだが、剣と言う武器を精霊に向けてしまった時点で敵認定。
現在騎士たちは全く精霊に近づけさせてもらえない。
当然荒事良しであるのならば話は別なのだが、無しが前提なので手も足も出せない。
「ゆえに…騎士ではないカイセ殿に、精霊調査の協力を願いたい」
騎士では近づけない現状。
ならば騎士以外を起用するという案。
「本当ならば私が直々に向かいたい。本で読んだ精霊と実際に言葉を交わしてみ――いや、王子として責任者として、騎士の無礼を謝り直接事情を尋ねてみたい」
「今何か本音が聞こえたような」
王子としての役目や責任感よりも、個人的な好奇心が先に見えた王子。
とは言えその後の言葉は当然のもの。
部下の無礼を謝るのは上司の役目。
更に地位あるものが直接話を聞いた方が事が進みやすいことも多い。
「とはいえ…私が出向くのはその部下に止められてしまってな。何せ私は泳げない!」
しかしその部下に王子は行ってはならないと止められてしまった様子。
その理由は王子がカナヅチであること。
大波とは言え海に落とされるわけではないのだが、それこそ王子の立場を鑑みれば万が一のリスクは看過できない。
本気になればたやすく人を溺れさせる手段を取れる水の精霊に、水に不慣れな王子を向かわせられないという部下の判断は適切。
だがそれゆえに王子でも騎士でもない誰かを、改めて調査の矢面に立たせなければならなくなった。
「そういう訳でカイセ殿には、精霊調査の協力をお願いしたいのだ」
そうしてカイセに求められた精霊調査。
止まない雨の元凶である、水の精霊の真意を探る役目。
だがその調査は…カイセの伴う存在が持つ〔過去の因縁〕を知る機会になると、この時のカイセは知る由もなかった。