雨の足止めと引っ掛かり
「――雨、止まないねー」
「だな…」
エルフの国へと向かう馬車旅も後半。
だが今カイセらは、その途中の町で足止めを喰らう。
「雨の日は進んじゃだめなのー?」
「そういう訳じゃないけど、俺らだけならまだしも一団だと、色々不便も多いからな」
宿の窓の外で振り続ける大雨。
本日の出発予定を無しにした悪天候。
馬車本体、人々や荷物はきちんと雨風を凌げる構造と強度にはなっている。
とは言えそれも限度はあり、何より問題になるのは外で晒される御者や馬。
特に馬の方、いくら体力のある立派な馬でも、逆風に拭かれ、大雨に打たれればあっという間に体力を奪われ動けなくなるし、勿論地面の悪路も怪我の要因になる。
この世界には魔法があるとはいえ、治せるからと言って無茶を敷いて怪我をさせても構わないとはならない。
何より一般的な魔力消費量を加味すれば一団単位の馬全てになど無理な話でもある。
ゆえにこれほどの大雨の日は、必然お休みとなり進めない。
道中の町で足止め、もう一泊となっていた。
(防御系の魔法を応用すれば雨避けになるし、土系の魔法で塗れた地面も整えられるけど…)
とは言え馬には負担を掛けない形で、悪天候を進む手段はある。
だがそれは当然一般的な手段ではない。
『流石に不自然過ぎますからね』
一応、わざわざ雨の中自ら連絡役としてやって来てくれたエルマに、そう言った手段がある事も伝えはした。
しかし当然断られる。
道中ずっと雨避けに地均しをし続けることなど普通は不可能。
魔法適正とLv.10と魔力999の効率と燃料に備えの魔力ポーションがあっての人外技。
勿論それでも割と強引で、一団の規模を鑑みればカイセと言えども大変な作業。
そんな普通じゃありえない手段など考慮するわけもなく、大雨の日は旅はお休みが当然の常識。
仮に実行し、もしこの大雨の中を出立する馬車の一団があろうものなら町の人目に見て不自然。
王子の一行なのは周知の事実だが、かと言って無闇やたらに目立って良しと言う訳でもない。
その上でそもそもこの馬車の一行の、カイセの事情を知らない騎士たちや使用人などの目にも驚きと不審の進行になる。
本当に急ぎの予定ならまだしも、この手の旅は天候不順による遅延も最初から考慮の内でスケジュールが作られている。
数日程度の遅れは許容範囲である以上、リスクありの奥の手を使うほど現状が切羽詰まってもいない。
結果として無理をする理由がない。
「カイセー、外で遊んできていい?」
「今日はやめとけ」
そんな大雨など関係なしに、外に出て遊びたがる子龍ジャバ。
龍に雨など関係もなく、実際森でも雨だろうと平気で出かけてびしょぬれになって戻ってくる。
とは言え今は、町中では流石に自重して欲しいところ。
「グル」
「そっかー。わかったー」
そしてフェニも出かけたくない意志を示す。
フェニは不死鳥、属性で言えば火や炎。
別に雨に降られたから死ぬと言った話はない。
実際水浴びやお風呂の類は、割と平気で行える。
ただ、だからと言って水が好きという話ではないらしい。
必要なら仕方ないが、必要ないなら避けたいという認識の案件。
なのでフェニも自宅待機を支持し、三者は宿で暇を潰す。
(…あれ?何か、人の気配が…ざわめきが)
そうしておおよそ宿に引きこもった時間を過ごしていく。
だが時間が経つと外から人のざわめきが聞こえてくる。
「ジャバ、フェニ、ちょっと様子見てくる」
「はーい」
カイセは二人を部屋に残し、部屋の外へと出ていく。
そして人の集める気配に向かって一階へと降りていった。
「…なるほど、人命救助か」
喧騒も去って、集っていた騎士たちも宿を出立した。
どうもこの大雨の中を無理して出かけ、川の様子を見に行った町人が帰ってこないらしい。
何故こんな日にとも思うが、悪天候かつ危険な場所でも、何かの理由があれば危険を押して出かけてしまう人が居るのはよくある話だろう。
ただその結果予定時間になっても戻らぬ町の人。
そんな未帰還者の家族が町長に相談し、居合わせた王子が捜索協力に名乗り出て、自身の護衛以外のお休みだった騎士を動かし派遣したという流れのようだ。
人命救助、民の手助けも王子の役目と言ったところ。
そして命令が人助けである以上は、自分たちが危ない目に合おうとも堂々と出向くのが騎士の役目でもある。
(この天気で…ちょっと様子を見るか…)
そんな彼らを追う様に、カイセはこっそりと宿を出る。
雨避けに隠密。
邪魔にならぬように姿を隠して見つからないように、雨具を纏った騎士たちの後を付いていく。
(なるほど、中州に取り残されたか)
そして町人は川の中州で身動きが取れずに居た所をすぐに発見される。
増水による川の流れの激化で橋が流され、泳ぐわけにもいかない状況で戻ってくることが出来なかった町人達が孤立している。
(…問題はなさそうだな)
その町人たちの救助は騎士たちにより、あっという間に進行していく。
科学装置のないこの世界だが、代わりに自然に適した魔法の術がある。
それも騎士の扱うレベルの練度となれば、このぐらいの災害救助ならお手の物。
(じゃあまぁこっちは邪魔者おっぱらっとくか)
カイセはそんな問題なさそうな現場はそのまま騎士たちに任せ、こっそりと上流へと移動する。
念の為の広範囲の気配探知に引っ掛かった、救助の邪魔になりそうな存在。
川の中の激流を下って近づいてくる水棲の魔物の気配。
あの騎士たちなら遠からず気付くだろうし、水中の敵に対する手段もちゃんとあるだろう。
だが、万が一も考えしっかりと救助に専念してもらうために、手の空いているカイセの方で勝手に追っ払っておく事にする。
(――川に大型の鮫っぽいのが泳いでるって、魔法世界の自然って怖いよなぁ)
その気配の主は大型の鮫のような見た目で、激流を下って中州に取り残された人間の下に向かっていた。
(B級映画の見過ぎかな?ほっといたらロクでもない展開が待ってた気がする)
鮫型生物に持つ日本人特有のロクでもないイメージが現実になりそうな予感がした遭遇。
何せ陸に立つカイセの気配を見つけた瞬間、濁流の川の中から物凄い速度で飛び出して来てこちらを丸のみにしようとしたのだから水棲生物の中でもタチが悪い。
下手をすればヒット&アウェイで、川沿いに立つ生き物を不意打ちで喰らいながら川を下っていく逆流しそうめん状態にだって出来そうだだ。
とは言え当然返り討ちにし、丸々素材として回収されたので平穏無事に事は終わったのだが。
(他にはいなそうだし、帰るか)
こうしてこっそりと救助隊を支援し、無事に一同の安全な帰還を見届けたカイセは宿に戻る。
だがその最中に、一連の行動中に感じた違和感を振り返る。
(そういえば…気配探った時に何か変な引っ掛かりがあった気がするけど、あれはなんだったんだろうか?)