レスキュー・カイセ
「なるほど、勇者御一行様ですか。大丈夫なんですか?もぐもぐ」
おやつタイムのカイセ・アリシア・ジャバ。
そこでアリシアは素朴な疑問を訪ねて来た。
「とりあえず行儀悪いから口の中の物を飲み込んでから話してくれ」
「もくもぐごっくん――失礼しました。それでどうなんです?」
今度はちゃんと飲み込んでから聞いてきた。
「ところで大丈夫かどうかってのは何について聞いてる?」
「色々ですけど、一番心配なのはその人達に森を探索させることですかね。正直カイセさんの心配とかしても無駄なのは目に見えてるので」
「……それはどういう意味かな?」
「常識外れな生活をしている人を、常識目線で心配しても意味ないじゃないですか」
接するたびに、アリシアからどんどん〔遠慮〕という言葉が失われてきている気がする。
「……探索か。まぁ問題ないんじゃないのかな?勇者一人なら速攻で帰宅させるけど、それなりに強いお守り役が居るから、本当にヤバイ奴にさえ遭遇しなければ大丈夫じゃないの?」
とりあえず「ここだけは絶対に踏み入るな」という注意点だけは指示しているので、そこに踏み入らない限りはあの面々であれば惨事になる可能性は低いだろう。
「ちなみに"三従士"と"黒鴉"って分かる?」
「はい。国に仕える兵士の中で最も強い三人を指すのが"三従士"の称号で、後者は教会で聞いた噂程度ですが、国お抱えの隠密部隊が確か"黒鴉"と呼ばれていたと思います」
勇者と一緒の三人と、それに付いて行っている隠密部隊は、称号ぐらいは一般にも知られるくらい有名な面々のようだ。
「……え、もしかしてその人たちが勇者のお付きとして付いているんですか?」
「うん。そう」
「なるほど、それなら勇者があんなでも問題なく帰って来そうですね」
何故だろうか。
アリシアの、勇者に対する評価というやつがステータス数値の低さ以上に低い気がする。
「……まぁ強くても万が一はあるけどな。何かあった時は自己責任で頑張って欲しい」
〈ビーッ!ビーッ!〉
「何の音ですか!?」
そんな事を話していると、いきなり鳴り出した異音。
警戒を示すアリシア。
そんな中でもジャバはいつも通り食事を続ける。
「あーこれの音だし、この場には害は無いからあわてなくていいよ」
異音はカイセの腕から聞こえてきていた。
「勇者たちに「何か困ったことが起きたら押せ」って渡してあったアイテムを使ったんだな。押すとこれが知らせてくれるようにしてある」
そう言って服の袖を上げ、赤い光が点滅している腕輪を見せる。
念のために持たせてあったマジックアイテム。
ちなみにこの手の非常時用アイテムは、図書館の知識を基にそれなりに色々用意してある。
一行に渡した〔救助要請ボタン〕もその内の一つ。
そして彼らに渡したそれを使ったという事は、救助要請が必要な程の危険が、彼らの身に起きている。
「ちょっと行ってくるわ。出してある分は好きに食べてていいし、好きなタイミングで帰っていいから。どのくらいかかるか分からないし」
「助けに行くんですか?自己責任でって言ってましたけど」
「臨時収入だからな」
救助要請一回毎に料金が発生する。
当然その事も説明済みなので、それでも押したとなれば相当にマズイことなのだろう。
「まぁ意図せず危険に晒された者であれば当然金など取らずに助けるが、自分から危険に足と突っ込んでおいて助けを求めるやつは別だからな。そんじゃ行ってくる」
「行ってらっしゃい……もぐもぐ」
見送りながらも、即座におやつタイムを再開するアリシア。
何というか……初対面の頃に比べて、だいぶ図太くなってる気がした。
成長要因どこにあった?
「――助けに来ましたよっと」
《転移》で即座に勇者一行の下へとやってきたカイセ。
渡したマジックアイテムには、押した時点で一緒に現在位置にの情報も送信されるので、場所特定は容易であった。
「あ…本当に来てくれた!助けてください!勇者様達が沼に――!!」
待っていたのは三従士の二人。
現場を確認すると、目の前にはそこそこ大きめの沼があり、そこからどこぞの溶鉱炉に沈みゆくアンドロイドのように腕だけが突き出ていた。
「あー《幻惑》付の底なし沼か。ちょっと待ってて……よいしょ!」
カイセは沼に向けて一歩踏みだす。
周りが一瞬焦りを見せるが、カイセの体が沼に沈む事は無かった。
「大丈夫だよ。魔法使ってるから」
カイセの足元にだけ、見えない足場が出来ていた。
この魔法であれば水や沼、本来は立つ事の出来ないような場所でも歩けるようになる。
森の探索でちょいちょいお世話になった魔法だ。
欠点として、発動中は常に魔力を消費するので一般人には難しいかも知れないが、そこは魔力ステータス999ゆえにあまり気にしなくて済む。
「……そう言えば達って言った?複数人沈んでるの?」
「はい。勇者様を助けようととした〔サンタ〕がそのまま一緒に……」
三従士の〔サンタ〕。
つまり要救助者は二名。
表面に出ている腕は一本分。
一人は全身既に沈んでいるようだ。
「まずは……それッ!」
出ている腕を掴み、そのまま一気に引っ張り上げる。
「がはぁ!?」
「サンタ!!」
「そいつ任せた」
とりあえず簡単な方は無事救助。
その身柄を二人に預け、カイセは完全に沈んでいる勇者の救助を続ける。
「うーん、まぁ仕方ないか。そいやッ!」
「ちょ!?」
周りが驚く中、カイセはまるで水泳競技のスタートのように綺麗に沼の中へと飛び込んで行った。
――そしてそれから大体一分後。
「ぶぁはッ!……ほい、連れ帰ったぞ」
「「「勇者さまー!!」」」
沼から上がって来た、汚れ一つ無いカイセと、そのカイセに抱えられる全身泥だらけの勇者。
カイセはあらかじめ全身を《防御魔法》の膜で覆っているため、泥は全部弾く。
念のため強めに展開したため空気も遮られ呼吸は出来なかったが、一分ぐらいなら問題ない。
それに必要になればこの状況でも呼吸する方法はある。
「あ、こいつ息してないな」
「勇者様!!――すぅ…ぶほッ」
間髪入れずに人工呼吸を始める、三従士の〔バルト〕。
本来はレスキュー係のカイセの役目なのだが、やり方は合っているのでそのまま任せる。
……この光景はあまり良い光景ではないが、人命救助なので仕方ない。
「がはぁ!?」
「「「勇者さまー!!」」」
そして息を吹き返した勇者ロバート。
感動のあまり勇者に抱き着く三馬鹿……もとい三従士。
余談ではあるが、〔サンタ〕〔バルト〕〔カルタ〕……三人の頭文字を無理矢理取ると〔サンバカ〕に出来ない事もないので、カイセはこの三人を心の中では三馬鹿と呼ぶことにした。
「《水弾》《熱風》」
「「「「冷たい!熱い!」」」」
感動の再会に文字通り水を差し、そのまま勇者の泥を洗い流す。
風邪をひかれても困るので、ついでにドライヤー代わりに風を送る。
「……カイセさん。助けて頂いてありがとうございました!!」
「「「した!!!」」」
思い出したかのように礼を述べる四人。
とりあえず四人には聞きたい事がいくつかあるのだが、まず先に済ませなければならない事がある。
それは――
「えっと、救助要請一件に救助二名。人工呼吸は自前でしてたからその分で少し引くか。洗ったのもサービスとして、それでまぁ初出動だし端数はおまけして〆て……このくらいか。お支払いお願いします」
取り出した紙に書いた請求書。
最初からそういう約束なのだから、そこはしっかりとお支払い願おう。




