兄妹の血筋とゴーストの不安
「――あぁ、うん…もうなんと言えばいいのか分からないな…それは」
想定外の【賢者ゴースト】との邂逅。
その会話の中で、謎の相談を受けたカイセ。
それは生前の賢者が、孫である二人…ボイスとベルに伝え損ねた事実の情報。
伝えずとも特に問題もないだろうと、いつか機会があればと思ってそのまま伝わずに墓場まで持って行った血筋に関するお話。
要するに兄妹の先祖、彼らの家の家系図について。
『一応…賢者の遺品の中にそれに関するものもある。だからいつかは自然の流れで知るかもしれぬが…正直死んだ今になって、早めに伝えておくべきだったのか、このまま秘して流れに任せるべきなのかを迷いだしての』
そんな前置き、ゴーストの迷いのもとで、何故か兄妹よりも先にカイセに明かされた…兄妹の衝撃の事実。
『あの二人の血にはな、勿論"賢者"の血も流れているが…加えて"勇者"と"聖女"、更にはちょびっと"王族"の血も混じっているのじゃ』
その事実は何と言うべきか…御先祖様の欲張りセットとでも言うべきか。
たった一つの、元々知っていた"賢者の孫"だと言うだけでも相応に注目を集めてしまうだろう事実だろう。
それがましてや歴代の賢者の中でも特に有名な、初代勇者と共に活躍した賢者様となれば尚更。
だが現実はプラスアルファ。
彼らの中には賢者だけでなく"勇者"に"聖女"に"王族"の血までも混じっていると。
『まずはワシだな。二人の父親の父親が賢者じゃ』
その家系図を遡り、まず最初に出て来るのが勿論"賢者"。
二人の父親の父親が生前の賢者。
まごう事無き賢者の孫。
『それでだな…その…ワシの妻となった相手がな、要するに勇者の子孫なんじゃ』
そしてその賢者の結婚相手、奥さんがその"勇者"の血筋。
ただここで疑問が一つ。
「…ちなみにその勇者って、どの勇者?」
勇者と言われても対象となる人物は複数存在する。
〔神命勇者〕と〔王命勇者〕。
元祖であり、神に選ばれた存在である神命勇者。
雑に言うと模倣であり、神命の不在の世にふさわしい実力者に与えられる、あくまでも人の選んだ存在である王命勇者。
名目上どちらも"勇者"であり、合わせれば複数人存在する過去の勇者。
二人がその血筋だと言われても誰の事かは分からない。
『どの、と言われても…ワシと共にあった初代勇者じゃよ』
「はぁぁぁ……」
賢者ゴーストの答えに深いため息が出るカイセ。
この国の建国から続く歴代賢者の歴史に比べれば、災厄キッカケで始まる歴代勇者の歴史はそこそこ浅い。
だがそれでも相応に昔の話である、初代勇者の物語。
今はカイセの腰にある〔神剣〕を手に、使命であった〔災厄〕を打ち破った大英雄。
賢者の石の命の水により最近まで生き延びていた賢者の、その当時の仲間であり友である存在。
例の〔賢者の巨石の部屋〕の奥に置かれていた写真にも映っていた人物。
そして何より…あの異空間の生みの親。
始まりの勇者である初代勇者。
その子孫の女性が賢者のお嫁さん、つまりは兄妹の祖母にあたる人物。
となれば確かに、あの兄妹が初代勇者の血を引く存在なのは確か。
『まぁそう言っても既に遠い時の流れに薄まる血ではあるがな。それでも直系の血筋ではある』
時と共に他家の血が混ざり、だんだんと薄まる勇者の血。
だがそれでも一応は、最も濃いはずの直系の血筋。
その血を継ぐ兄妹が、今の時代で最も初代勇者の血を濃く受け継ぐ存在になるはずだ。
「…というか、友人の子孫と結婚したのか。賢者」
『…まぁ、色々あったのだ』
遠くを見つめ、その辺りは多く語らない賢者ゴースト。
子孫という遠い位置づけだからかそこまで気にはならないかも知れないが、友人の子の子の子(以下略…に手を出したと考えるとちょっと何だかアレな感じもしなくはない。
とは言えそれは当事者問題。
部外者のカイセがどうこう言える部分でもないので、あまり深堀はしない方がいいだろう。
「…で、まぁ初代勇者の子孫の女性と、賢者が結婚してその孫があの二人なんだな?」
『あぁ、そうじゃな』
「それで、他の…聖女とか王族って言うのは?」
ここまでで兄妹には賢者と勇者の血が流れていることは理解した。
だが残りの登場人物、最初に口にした"聖女"と"王族"はまだ未登場。
『まぁ、あまり細かくはならない。何せその初代勇者の結婚相手こそが、当時ワシらと共にあった当時の聖女なのだからな』
「…あぁ、うん。多分一番わかりやすいな」
その内の聖女は、単純に初代勇者の奥さん。
その聖女は当時、初代勇者や賢者と共に活躍した〔勇者パーティー〕の一員。
仲間同士での結婚という、分かりやすいお話。
そしてそれゆえに初代勇者の血と同程度に、二人には聖女の血筋が混じる。
「たださ…歴史としては、初代勇者は未婚のまま行方知れずになったって話だった気がするんだけど」
ただしこの国の歴史としては、初代勇者はその使命を果たした後、数多の婚姻の話を全て蹴り、表舞台から完全に姿を消すまで恋人すら作らずに未婚のままであったはずである。
「つまり…歴史に残らない、その姿を消した後の時代に聖女と結婚したって話?」
『で、あるな。勇者が主だった地位から去ったのは、確か三十代前半だったか?それから人知れず世界を旅して…ワシのところに聖女との結婚の報告が届いたのは、同い年の奴らが四十になってからの話だったか…』
賢者による思い出語りで、歴史書には載らない初代勇者の消息の一端だが垣間見れた。
四十代での結婚…つまりは聖女制度に当てはめるなら聖女の役目が次代へと継がれて引退した後。
聖女ではなくなった元聖女の女性との婚姻という話になるだろうか。
引退した聖女がそのまま教会に残っていたなら、その婚姻も記録に残っていたかもしれない。
だが教会を出て一般人に戻った後なら、人知れず記録にも残らぬところで結婚となっても不思議ではない。
「勇者と聖女の歴史に残らない恋愛話…知られればあっという間に本になりそうだな」
『まぁその辺りの馴れ初めを詳しく語る気はないが。そもそも知る事の方が少ないのもあるしの。聞きたければ勇者なり聖女なりのゴーストでも見つけて来るといい』
「そんなの居るの?」
『まぁおらんだろうが…ワシがこうなってる以上、可能性としてはゼロとは言えんだろ?』
「そうかもだけど」
居たら居たでロクでもない状況なので居て欲しくないなと思いつつ、カイセは最後の要素を確認する。
「それで…最後の、王族がって言うのは?」
『なに、ここまでくればそれも簡単じゃ。その聖女の母が降嫁した元王族というだけの話じゃ』
「簡単って言っていいのか分からないけどなそれ」
そして最後の王族要素。
初代勇者と結婚した聖女の母親が、元王族の王女様。
降嫁と言うなら貴族なり平民なり、本来の地位よりも下の家に嫁いだのだろう。
その時点で王族の籍からは外されて、伴う権利も全て消失しているとは思うが…それでも血としては確かに、王族の血という話ではある。
勿論勇者や聖女に比べれば最も薄まった血ではあるが。
「――あぁ、うん…もうなんと言えばいいのか分からないな…それは」
話を聞き終え、だいぶリアクションに困るカイセ。
王族の血は、籍を外れて既に何代も重ねた以上は、今更問題にもならないだろう。
だが…消息不明になっていた初代勇者が、引退後の聖女と子を成していた事。
その血筋の直系が現代も途絶えずに存在し続けている事。
しかもそこに賢者の血がが何気に交じっている事。
仮に王様がこの話を聞いたなら、カイセ同様にただただリアクションに困っていただろう。
何と言うか衝撃の事実なのだが…だからと言ってどういう反応や対応をするのが正しいのかが全く分からない。
当時ならともかく、とっくに時代は流れた今、その血の重要度も変わっている。
「…それを証明する何かが、遺品の中に残ってるんだよな?」
『あぁ。未だ見つけられてはいないが、ちゃんと見つけられる位置には存在している。その内倉庫整理でもすればポロって出て来るものだろう』
「じゃあもう別にほっといて良いんじゃない?」
そして本題。
賢者ゴーストが、今まで話し損ねていたこの事実をすぐにでも伝えるべきなのかどうかの相談。
カイセはその回答に〔放置〕を選択する。
「別に明かさないと死ぬわけじゃないし、本人たちが遺品に気づくまで放置していいんじゃないか?」
『いいのかのう?』
「本人たちが何か、地位や名誉やコネみたいなのを求めてるならその出自が役に立ちそうな気もしなくはないけど…そもそも本人たちも血筋で成り上がりとか考える気ないでしょ?」
『ないじゃろうな。ワシが貴族嫌いだったのもあってか、そういう地位や名誉にはとんと興味がない。唯一は冒険者としての実力による成り上がりへの憧れだが…その道にはむしろ七光的なものは邪魔になるかの。得られるかもしれぬ財産に関しても、ワシの遺産で一生暮らせるだけの蓄えはあるしの』
「じゃあ尚更じゃないか?」
『そうか…そうじゃな。無理矢理に知らせる必要もないか』
賢者ゴーストは答えを得る。
すると深いため息をつく。
『ふぅ…元々成り行き任せとしていた事柄、生前の賢者がこうと決め、秘したまま死んだ事柄なのだが……どうも今の、このゴーストとして残るワシは生前に決めた事にもやたらと悩むようになっての。本当に隠したままで良かったのか?ちゃんと伝えておくべきだったのか?と。先の話の、別にメリットもあまりないという話は生前から理解していたはずなのだが…しかし不安で、伝えておかねばならないのではと悩んでしまったのじゃ。自分の思考を信じていいのか不安ばかりが渦巻いてしまう』
「まぁ…そこはやっぱり生きてるか死んでるかの差じゃないのかな?生きてる時なら何かあっても手を差し伸べられたから判断にも迷いは出なかったかもだけど…今はゴーストでやれることも限られる。だからどうしても不安がって話じゃないか?」
『かもしれぬな。かつての賢者も所詮は人の子か。不自由になった途端にこの有様だ』
失敗してたとしても自らの手で尻ぬぐいが出来た生前の賢者。
だが今は死して、ゴーストの身となれば出来ることも限られる。
自分の判断の失敗で、兄妹が困った時に張本人が何も出来ない可能性。
それゆえの判断への慎重さ・不安が、生前に決めた事への鈍りになる。
『ゴーストを模った魔法の身で比べるのは違うやもしれぬが、孤独なゴーストが正気を失くし魔に落ちるのも、少し理解出来るかもしれないな』
相談相手のいないまま、自己の中で思考が回り続ける。
吐き出す先の無い不安と感情。
その末の一つの到達点が、恐らくは世間で良く知られるゴーストの一般的なイメージ、狂気に繋がる。
『となると…ここで言葉の分かるものに吐き出せたのは僥倖だったか』
「まぁ…かもしれませんね」
『では…せっかくの機会じゃ、このまま他の悩みも吐き出させてもらおうかの』
「ん?」
秘密を明かし、悩みの一つに答えが出た賢者ゴースト。
するとそのまま…せっかくの好機だと、続けてカイセに悩みを明かし続ける賢者ゴーストなのであった。




