石の摘出
「――ほんと、凶悪だろうと正常な判断が出来ない相手は楽だなぁ…普段の姿とは大違いだ」
駆けてカイセの自宅へと逃げ込んだ一同。
ターゲットにされているらしいボイスとベルは直ぐに家の中に身を潜め家の結界に守られながら、傍にはジャバとフェニが付く。
直接のボディーガードのような役割は二人に任せカイセは外に残る。
見据えるは正面の道、今まさにカイセ達が通って来たその道を後追いしてくるゴーレムとイエティ。
標的まっしぐらなので問題ないとは思うが、万が一にも気まぐれに他所へと行かれると面倒なので、横道逸れぬようゴーレムに構わせる。
そうしてイエティを、家の傍に作った即席の落とし穴に誘導し、問答無用でひかっけ叩き落した。
「グボォオオオオオ!!!」
「定番というかシンプルイズベストと言うか…力任せにまっすぐ二人狙ってくるだけだと簡単に落とせたな。でも、ついでに定番のトゲトゲも底に仕込んだはずなんだけど…まぁこっちはあんまり意味なかったか」
穴の上から底を見下ろし、叫び暴れるイエティを眺めるカイセ。
そこにはトゲ山でグサリといくはずなのだが、トゲは殆どが力と固さで砕かれて、僅かに刺さった一部の傷は瞬間回復で既に癒えている。
すると…イエティは足に力を溜めて、力任せに跳躍した。
地を揺らす音と振動と共に、凄い勢いで飛び上がりカイセ達のもとへ急接近する。
だが…すぐさま見えない天井に頭を打ち付けドゴンという音が辺りに響く。
「うわ…凄い音、今の頭潰れてないか?」
見えない天井。
正確には非常に見にくい透明度の天井は、カイセが魔法で展開した防御の蓋。
イエティは気付かぬまま、力いっぱいにその天井に頭を打ち付けた。
そして頭から血を噴き出しながら再び底まで落ちていく。
その衝撃の強さからは今ので死んだと普通は思える。
『再生しました』
「頭潰れてもかぁ…賢者の石凄いなぁ」
その異常な再生は、経緯は分からぬがイエティの体内の〔賢者の石〕の力。
暴走とも言える再生・回復能力で、どんな重症も一瞬で治ってしまうイエティ。
『撃破には超高火力魔法による殲滅攻撃が簡単かと思われます』
「いやまぁ再生も限度あるのは分かるし、それ上回るほどに全てを散り散りにっていうのも分かるけど…イエティが居なくなると後々がなぁ」
どれだけ強力であろうとも、再生・回復には限度がある。
それこそ軸すら跡形もなく消し炭にしてしまえば良いだけの話。
しかしそれは当然イエティの死を意味する。
だがそれはちょっと困る。
「流石にイエティが居なくなると森が荒れるの分かり切ってるからなぁ…」
魔境の森にある勢力図。
邪龍一強時代と異なり、今は複数の魔物で上手く全体のバランスの取れた時代。
イエティもその一角を担う存在であり、その消失は森に不和をもたらす。
森が騒がしくなるのは、同じく森の住人であるカイセとしても正直めんどくさい。
『では対象の生存を前提に、賢者の石の摘出を提案します』
そんなカイセの意図をくみ取り、平穏な案を提案する神剣。
今のイエティの暴走の原因となっている〔賢者の石〕の体外摘出。
「あれ?でも心臓に…なってないのか、イエティのは」
『兄妹と異なり、対象の賢者の石は臓器との同化はありません』
ボイスとベルのように、心臓と同化し心臓の役目をはたしている賢者の石だった場合は、摘出そのものが死につながる。
だがイエティの賢者の石は、あくまでも心臓付近に存在するだけで同化している訳ではない。
ならば摘出後きちんと治癒すれば、生かしたまま問題が解決する可能性が高い。
ある種のガン病巣の摘出手術のようなもの。
駄目なら駄目でバランスの問題を諦めればいいだけの話でもある。
『マスター、騎士ゴーレム二機の操作権限をお貸しください。正確に摘出してみせます』
「任せた」
カイセは石そのもののジャミングのせいもあり、正確に位置を把握できていない。
なので正確に把握しているらしい神剣に摘出は委ねる。
『――摘出完了しました』
「早いなぁ…」
そして呆れるほどの手際の良さ。
まず蓋にした見えない防壁を消したカイセ。
するとすぐさまイエティが、力任せの跳躍でに穴から飛び出て来る。
だが…そこに待ち構えるゴーレム。
半自律動作から神剣による手動操作に切り替わった騎士ゴーレムはより、熟練者の捌き技術の如く一瞬で的確に、神剣には見えている賢者の石というガンだけを切り離して見せた。
「グポ…グプ」
石が摘出され暴走も鎮まり、理性を取り戻したイエティ。
だが石は無くとも今は胸に穴が開き重傷状態。
胸と口から血を吐きながら、身動き取れずに地面に転がり瀕死。
石の瞬間回復がない以上、このままなら確実に死を迎える。
「急いで《治癒》を……あれ?」
勿論カイセとしては森の安定の為にも殺したくない相手なのですぐさま《治癒魔法》を施す。
だが…イエティの傷は癒えない。
正確には効いてはいるのだが、その効きが酷く悪く回復が遅すぎる。
「この感じは…二人の時に似て…」
『干渉が阻害されています。恐らく石の力の残滓が、まだ体内に残留しているのかと』
それはボイスとベルを拾った時と同様の手応えの無さ。
賢者の石の影響で治癒魔法すら届かなかった二人と同じ。
今はその根源である賢者の石を失った状態なので順当に治癒が効くと思ったが…まだその肉体には僅かなりとも影響が残ったままのようだ。
「それの残留分ってどのくらいで抜ける?」
『正確なところは不明ですが、死亡するのが早いのは確実です』
カイセとしてはイエティは生かして森に帰したい。
だがこのままでは確実に死ぬ。
物理的な応急処置も最早意味のない傷。
元々の強い生命力で堪えてはいるが、治癒が効かなければ時間の問題。
「となると……って、なんというか、フェニは空気読み過ぎだよな」
「グッ」
するとそんなカイセの下に、本当に良いタイミングで飛んできたフェニ。
まるで出番を見計らっていたかのような登場。
優秀過ぎてありがたい不死鳥が、相変わらずカイセの頭の上に着地する。
「それじゃあ、頼んでいいか?」
「グー!」
応えたフェニは自ら炎を纏う。
そしてその炎が、フェニから死に掛けのイエティに飛び移る。
不死鳥の炎に全身を包まれたイエティ。
だが勿論熱くはなく、兄妹同様にすぐさま傷が癒え始める。
不死鳥であるフェニの放つ《癒しの炎》は通常の治癒とは異なる代物。
兄妹同様に、賢者の石のデメリットの影響すらすり抜け、瀕死のイエティを元気にしていく。
「グー」
「お疲れ様、フェニ」
「グゥ!」
そうして炎が静まり消え、そこには傷が癒えた状態で眠るイエティ。
その姿をしっかりと見届けたフェニは、さっさと飛び立ち家の中へと戻っていった。
やるべき事だけをこなし、多くは語らない仕事人フェニである。
「さて…賢者の石は回収、後はイエティを住処に送り届けてとりあえず一段落かな」




