森の地図
「――あぁ、確かにこの森の地図だなこれは」
カイセが保護した兄妹。
その二人が、無理をしてまで魔境の森を訪れた目的。
するとその理由として差し出されたのは…この魔境の森の地図だった。
「微妙に今とは違うけど…大枠は合致してるし、何よりちゃんと探索しないと分からないような細かいところもあってる。相違点は時代が違うせいかな?」
その地図は確かにこの魔境の森を示した地図である。
そこに記載された情報には、カイセも住んでいるからこそ知り得た、外からだけでは知り得ないものが記されている。
ただ…細かな地形のズレやないはずの道などを見てみると…多分この地図は相応に古くに作られたものなのだろうと予想が出来る。
(古くとも…俺は地図とか作らないから、多分この地図がこの森を記した世界最高精度の地図になるだろうなぁ)
そんな凄いものを何故この二人が持っていたのか。
その答えはシンプルなもの。
「これは祖父の遺品の中にあったんです」
二人の祖父の残した地図。
こんなものを持つ人物が何者なのかは当然気になるところ。
だが今は…この地図に記された印が優先。
(この位置…あの霧の出る地点を記してるよな?)
その地図に一つだけ付けられた赤い点。
目の前の二人が目指そうとしたその場所。
カイセにも縁のある、あの初代勇者の隠し空間に繋がる〔迷いの森の霧〕。
その発生地点周辺を指しているのだと二度の経験から判断する。
「…ちなみに、二人はここ目指してどうするつもりなのさ?宝探しでもするつもりか?」
「いえ。私たちがここに来たのは祖父を知る為です」
「知るって?」
「亡くなった祖父とは血の繋がりはないので」
二人の言う祖父は実の家族ではない。
両親を亡くした二人を引き取った保護者。
「祖父は…優しかったですが自分のことに関しては全然語らない人で、私も兄さんも多くを知らないまま別れてしまって…」
「遺品の中からその地図を見つけた時、チャンスだ!って思ったんだ」
「お爺さんを知る手がかりとして?」
「はい」
知りたい事の手がかりがこの地図のこの点の場所にあるのだと、兄妹は考えてやって来た。
そして二人はこの森にやって来て…今に至る。
「……気持ちは理解するけど、かと言って死んだら意味ないぞ?」
「あーまぁ…」
「それはもう痛いほど理解を…」
実際、カイセが保護して無ければそのまま魔物の餌になっていた二人。
気持ちがはやって犯した無謀。
これで本当に死んでいたら、お爺さんも報われない。
「ちなみに、今居るこの場所は地図だとどのあたりになりますか?」
「ん?あぁ…大体この辺りだな」
二人の前の地図に、今いるカイセの家の地点を指差して示す。
「案外近く……はないか?」
「ないよ兄さん」
その地図上では確かに近く見えなくもないが、縮尺を思い出し先行きが長い事を理解するボイス。
いや…長いという以前に、実力だけを見るならばそもそも辿り着けるかどうかが怪しい。
「あの、カイセさんから見て、私達二人がこの場所に辿り着ける確率ってどのくらいだと思いますか?」
ベルはそんな問いを掛けて来る。
確率と言われても、彼らにとってはこんなもの所詮は運次第だ。
敵と出会えば詰みの可能性は高いし、だが運良く出会わずに辿り着ける可能性だってある。
カイセは数学者でもないので、それを確率として表せと言われても出来ない。
なので正直に思ったことを口にした。
「正直運次第としか言えないかな?魔物に出会うか出会わないか、どの魔物に出会うかとかでも変わるだろうし、その可能性全てを計算出来ないし俺は。ただ…ちなみにだけど魔物と全く出会わない確率や、出会っても敵対しない確率は思っている程には低くはないとは思う。ここの魔物は割と理性的なの多いし。それでもまぁそれなりに低いのは確かだけど」
魔物と言っても色んな個体が居る。
自分よりも弱者を見つけた途端に襲い掛かって来るものも居る。
蜜蜂のように温厚な、敵意を出さず、巣にさえ近づかねばスルーしてくれるものも居る。
戦いになればどれも敗戦濃厚であろうが、種類や個体によって脅威度が異なり遭遇しても戦いそのものが起きない場合だってちゃんとある。
そもそもの話、タイミング次第では全く魔物に出会わないような時だってある。
特に今は、あの暴れ者が暴れた影響で、一部の魔物は隠れ潜んで出てこない可能性が高い。
実力任せが期待できない二人には、やはり運頼みの旅路になる。
「まぁ逆に出会ったら即終わりのやつも居る訳だけど」
「その、ヤバイやつって言うのは、カイセさんは倒せるんですか?」
「ん?まぁ出会っても死なずに逃げることくらいは問題ないかな」
「なら…もしよければ、この場所まで私たちを連れて行って貰えませんか?」
妹のベルのお願い。
それは要するに案内人。
いや実際には護衛だろうか?
森に住み、自らの身を守れるカイセに、目的地まで同行してもらう。
二人が現時点で取れる最大の対処案。
「勿論、もしも駄目だと思った時は見捨てて貰っても構いません。ご自身の身の安全を最優先に、出来る範囲で手伝ってくれればいいので…あ、もちろん報酬は払います。あまり多くは用意できませんけど…」
そう言ってベルは荷物からお金の入った袋を取り出す。
隙間から見える硬貨の種類から外見でざっと計算しても、子供が持つには少々大きな金額。
だが…魔境の森の案内と護衛というとんでもない役目の対価としては、彼女がそう思っているように少ないと言える額だろう。
(……まぁ色々言いたいことはあるけど、答えは正直一つしかないよなぁ)