諦めないのが勇者の基本
「……あれ、ここは?」
勇者ロバートが目を覚ますと、そこは魔境の森ラドロワに入る直前に泊まっていた宿の一室であった。
「……聖剣はッ!?……良かった、ちゃんとある」
部屋に置かれていた聖剣を握り締め、安堵するロバート。
その後、他の持ち物も確認すると、何一つ掛けていない事を確認出来た。
「夢……じゃないよな。日付は変わっているし」
流石に丸一日寝ていたなどと言う事は無いだろうが、自力でこの宿にまで戻って来た記憶はない。
わけも分からないまま、状況を確認するために部屋を出た。
「あ、おはようございます。昨日は大変でしたね」
一階の受付にまで降りてくると、宿の女将がロバートに話しかけて来た。
「女将さん、おはようございます。ところで……昨日の事をあまり良く思い出せないんですけど、僕はどうやってここに戻ってこれたんでしょうか?」
「あら……なるほど、大変な目にあったんですね。ロバート様は昨夜、〔仮面の男性〕に抱えられてこの宿に戻ってきました」
〔仮面の男性〕。
仮面……ロバートには心当たりが無かった。
「何でもその方のお話では、森で倒れているロバート様を発見してここまで運んでくださったそうで……『仲間とはぐれて迷子になっていたのだろう』と言う事でしたが、本当に無事で良かったです。魔境の森で一人はぐれてしまうなど、怖くて考えたくもありません」
「……その仮面の男は?」
「ロバート様を届けた後、仲間が待っているからとすぐに居なくなってしまいました」
女将の話を聞いていたロバートであったが、昨日の事はまだ思い出せずにいる。
確かに森の中で誰かに会った気はするのだが、どんな人物だったのか思い出せない。
(そもそも……迷子?僕は自分の意志で三人から離れて、その後奥地へ……駄目だ。そこからが思い出せない)
肝心の部分がまるで浮かび上がってこない。
そうして困惑していると、宿の入り口から聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「――ゆう…じゃなかった。ロバート様!」
「何?ゆ…ロバート様だと!?」
「何処だ何処だ……本当にゆ…じゃない、ロバート様じゃないか!!」
宿へと戻って来たのは、ロバートと共に魔境の森へと足を踏み入れた、城の兵士三人だった。
「良かった……見つかった……」
「一体何処に居たんですか!?ずっと探してたんですよ?」
「日が暮れるまで探し続けて……夜は身動きが取れないので、朝になったら戻って来て救援要請を出さなきゃって話してたんですよ!?」
どうやらこの三人、ロバートの事をずっと探していたようだ。
一緒に同行していた仲間が急に居なくなったのだ。
心配して当然であろう。
「俺……このままロバート様が戻らなかったら、死刑になるんじゃないかと心配で」
「死刑どころで済むか!下手をすると家族にも……」
「良かった!本当に良かったです!」
泣きだす三人。
どうやら勇者ロバートの事よりも、自分の身が心配だったようだ。
当然と言えば当然だ。
勇者の護衛としてついて行きながらはぐれてしまい、勇者は行方不明になったとなれば責任追及は免れない。
実際はロバートが止められない様に覚えたての《気配遮断》の魔法を使ってまで撒いたのだが。
未熟ながらも聖剣の聖剣の効果と、ちょうど運良く発見していた希少素材に三人の視線が向けられていたのもあり、撒くのはあっさり成功した。
「ごめんなさい。心配を掛けて」
自分の身勝手な行動が、どれだけ迷惑を掛けていたかをロバートは理解した。
王様に許可を出して貰った活動領域を勝手に越え、更には護衛すら置き去りにした。
勝手をして怒られるのは自分自身だけでない。
もし彼らが咎められる事になるなら、全力で弁解せねばとロバートは誓った。
(……ちゃんと合流できたのなら良かったかな?)
そんな様子を遠目から確認する〔仮面の男〕。
当然ながら正体はカイセ本人である。
遊び半分に作った仮面であったが、思わぬところで役に立つ事となった。
(後は今後も無茶をしないようになってくれれば良いんだけど……そこは俺にはどうしようもないしな)
後付けとは言え、今代の勇者に求められているのは、武力では無く象徴として存在する事そのもの。
象徴としての役目は王国も理解しており、ハッキリ言ってお偉いさん達は誰もロバートに強くなることを求めていない。
むしろ無理をして勇者を失う事の方が怖い。
そもそも平時の過剰戦力など持て余すだけなので、非力な勇者はむしろ望むところであった。
にも関わらず、ロバートが求めるのは勇者としての理想。
強く、優しく、逞しい……まさに物語の勇者だ。
聖剣を手にして調子に乗ったのも無くはないのだろうが、勇者らしくあろうと努力しようとする事自体は間違いではない。
辿り着けるかどうかは別であるが。
(まぁ理想を追い求めること自体は否定しないけど、せめて周りに迷惑を掛けないようにして欲しいなぁ。まぁその辺の舵取りは周りが本気で頑張ってくれ。……とりあえず俺の事は誤魔化せてるみたいだし、この辺で帰るか)
本当は記憶改竄が可能な魔法を使った方が自分の存在を確実に忘れさせることが出来るのだが、そこは流石に人道に反しそうなのであくまでも思い出しにくくするに留めた。
それでも効果はきちんと出ているようだ。
何かの拍子に霧が晴れる可能性もあるが、その辺りはもう運任せにする事としよう。
勇者ロバートを見送ったカイセは、そのまま自宅へと帰って行った。
――そしてそれからおよそ一月後。
「カイセー」
「どうしたジャバ?」
「ちょっと来て―」
ジャバはカイセを何処かへと連れて行こうとする。
カイセはジャバの案内に従い、その目的の場所へと向かった。
「ジャバ、一体何が……」
「これー、どうする?」
そしてジャバに案内されたその場所には、四人の男たちが倒れていた。
カイセはその面々に見覚えがあった。
「……これ、どうした?」
「襲ってきたから倒したー」
その四人は、勇者ロバートとその護衛三人であった。
何故また来た?
そして余計な連れまで居る。
「……ジャバ、家に運ぶから持っていくの手伝って。引きずっていいから」
「手伝うー!」
ひとまずカイセはその四人を自宅へと招き入れる事にした。
さて、こいつらはどうするべきか。