公開式典
「――これって楽しいの皆?」
「楽しいというか、珍しい何だと思いますよ。普通の人ってお偉い方々の長々とした演説さえも聞く機会は少ないですから」
始まったダンジョン公開式典のセレモニー。
その中で偉い人達が順番に出て来て、長々と色々と話をしてくれる。
朝礼の校長のお話のような時間が数人分続く中で、カイセはとっくに飽きていた。
その中で、これが役目と割り切っている貴族や慣れているアリシアはともかくとして、立見席の平民までしっかりと聞き入ってるのが疑問だったカイセだが、珍しいと聞いてそうなのだと思った。
平民の人々にとっては、こうして貴族など地位の高い人々が多く集まる式典のような場に参加出来る事自体が貴重であり、尚且つそんな人々の長ったらしく曲がりくねった言葉も、理解出来るかは別として興味深い体験であるのだろう。
理解出来てるかは別であるが。
(一番最初の演舞みたいなパフォーマンスは良かったんだけどな。あとはずっと御堅いお話ばっかりだ。まぁこれがセオリーと言えばそうなんだろうけど)
そうしてひたすら耐えの時間を過ごして待っていると…ようやくメインの時間がやって来た。
「――私はアルフォード・サーマル。この国の第三王子である」
現れたのは第三王子【アルフォード・サーマル】。
まだ体も成長過程の少年。
エルマにちょっかい掛けたあの王子。
今回の式典の実質的な主役である。
「第三王子、あの方が」
「そうか王族の初陣か!」
「それをダンジョンでか?」
「王族の誰かとは聞いていたが…まさか第三王子とは」
ざわつく招待席の人々。
どうやら王族が仕切るのは知っていたが、どの王子がというのは基本的には知らされていなかった情報らしい。
しかも〔初陣〕。
王族の責務ゆえの恒例行事である実戦初陣を、このダンジョンで行うというお話のようだ。
(あの時の、王子が乱入してきた後にはこの話がされてたんだろうか?)
水の聖剣の一件で王様と対面した時の乱入者。
半ば追い出される形で帰ることになった第三王子の横槍。
その後のカイセが居なくなってから、こういう事を話していたのかと推測する。
「私はこれより、特別に編成された部隊を率いてダンジョンへと踏み込む。光栄なる初陣の任を担う。――そして私はその攻略において、自らの夢への第一歩として、まずは第二十階層の突破を目指す!」
今度は会場ごとどよめく。
先遣調査隊の到達階層は第十階層。
つまり最初のボスまでは、既に情報が存在している。
対策も戦略もしっかりと備え挑むことが出来る比較的安全万全な攻略。
初陣としてはうってつけ。
だが王子はその安全の先へ、未だ未知となる二体目のボスへの挑戦を宣言した。
「……カイセさん。ダンジョンって今は」
「その辺は大丈夫なはずだよ」
彼らが挑むダンジョンは、カイセが挑んだダンジョンとは実質別物だ。
狂った部分に大幅な修正が施され、人類既知の第十階層までは大した変化は起きていないだろうが、異なる方式が採用されていた第十一階層以降はカイセ達にも今はもうどうなっているかは分からない。
人類にとって完全未知な領域への挑戦宣言。
とは言え、修復されたダンジョンはセオリーを踏襲した本来のまともなダンジョンだ。
伴う人々さえ優秀であれば、初陣王子の指揮の下でも二十階層ぐらいは何とかなるはずだ。
勿論もしもや万が一はどこにでも存在するのだが。
(まぁ目標は高くとは言うし、目指すだけなら頑張れって話にはなるんだけど…なんでお付きのあの人まで「あちゃー…」って顔してるんだろうかね?)
壇上に立つ王子とは違い、壇の下で待機し見守っていた男性。
かつて勇者と共に魔境の森で出会った"三従士"の一人。
恐らくは護衛だか側近だかで第三王子に付いていたのであろう彼が、そんな王子の発言を「やってしまった」と言った表情で頭を抱えているのが見えた。
(公表するつもりじゃなかった目標か、それとも完全独断か。何せよ打ち合わせと違う発言なんだろうなぁ)
その後も壇上で王子は意気込みや覚悟を語っているが客人たちの耳にははすり抜けているように思えた。
多分一部は「第三王子に何かあったら…」と言った最悪の想定に備える思考を巡らせていたりするのだろう。
また別の一部は「第三王子がそれを成し遂げたら…」と言った功績への便乗、活用方法を模索しているのかもしれない。
何せよ招待席でまともに話を聞いている者は少ない。
対して一般席では――
「ふざけんなこの野郎!」
「抜け駆けすんじゃねぇえ!!」
一般立見席の半数ほどが、王子のその発言に反発する。
見ればその殆どが冒険者のようだ。
「まぁ冒険者は怒りますよねぇ…」
「なんでだ?」
「王族特権で抜け駆けして、未踏階層攻略の栄誉を横取りするようなものですから、冒険者からすれば」
まず前提とし、ダンジョンの入り口横には〔電光掲示板モドキ〕の表示板がダンジョンの仕様として埋め込まれている。
カイセらの攻略実績は非表示だったので関係無かったが、通常の攻略においてはその表示板に〔進行ログ〕がリアルタイムに表示される。
その内容は攻略者やパーティーのリアルタイムの実績表記。
〈パーティー○○が第八階層へ到達した〉
〈○○が第十層ボスを撃破した〉
〈○○が帰還を使用した〉
〈パーティー○○が全滅した〉
などなど、ネタバレにならない程度に攻略者達の実績や進行状況がリアルタイムに更新される。
それらは冒険者ギルドの記録員によって常に監視され、冒険者たちの動向は逐一把握される。
――そして冒険者達が特に気にするのは、いわゆる新功績と呼ばれる一番手。
〈NEW! ○○が〔十一階層〕へ踏み込んだ〉
〈NEW! パーティー○○が〔第二十階層ボス〕を撃破した〉
〈NEW! ○○が第五階層の〔隠し部屋〕を発見した〉
などの到達階層の記録更新や新発見、他者がそれまでに成し得ていなかった初めての功績は〔NEW!〕の表記と共に記載される。
新着情報としての表記では無く、新しい功績の目印としてのNEW!。
アルファベットなど存在しないこの世界で、その表記は文字では無く新功績の紋様として認知されている。
そんな新功績を記す事は、他者が成し得ていなかった功績を誰よりも早く最初に達する事は、ダンジョン攻略を生業にしてる冒険者にとっての一つの誉れであるそうだ。
特に階層更新などはダンジョンの記録として多くに広められるのだからなおの事だ。
「あー、なるほどそれでか」
そして今回の第三王子の発言と行動。
解放直後のダンジョンは内部での混雑を避ける為に、ギルドが管理の下で抽選によって突入順を定め、当面は明確な入場制限が掛けられる。
これは昔からのルールであり、新功績争いをする冒険者達も納得した上でそれぞれに策を用意し、栄えある功績への道筋を立てている。
競い合いつつも競争はフェアに誇れるものを。
しかしそんな足並みを揃えようとする冒険者達を尻目に、第三王子は王族初陣とダンジョン初陣の立場と権力を利用して、ルールを守って競い合う冒険者達を出し抜くような形になる。
冒険者達の反感も無理もないかも知れない。
「……では!これより出陣する!!」
そんな困惑とブーイングを無視して、第三王子は指揮を執り、部隊を率いて歩き出す。
会場の壇は片づけられ、開けた視界の先にちょっと遠めだが客席からも真っ直ぐ正面に露わになったダンジョンの入り口。
第三王子の一団は、観客たちに背を向けて、真っ直ぐにダンジョン入り口へと隊列を組んで向かっていく。
そして――
「――え!?」
「「「え?」」」
「あ」
いざダンジョンへ!と片足を踏み込んだ第三王子は……次の瞬間、思いっ切り後方へと吹き飛ばされたのだった。