アキレスの町の屋台巡り
「――カイセさん!今度はあれを買いましょう」
「太るぞ」
「お祭りの時は気にしちゃ駄目です」
カイセとアリシアは町を練り歩く。
〔アキレスの町〕には〔式典〕に合わせ、多くの人が行き交い屋台も色々出ていた。
――ダンジョンラスボスの討伐に成功したカイセ。
だがその直後、魔力枯渇により意識を失い…目が覚めた時にはこのアキレスの町のとある宿のベットであった。
カイセがダンジョンコアの部屋で担うべきだった役割は、たまたま居合わせることになったアリシアの《使徒権限》を復活させることで〔代役〕として成り立たせられた。
聖女候補で無くなった際に凍結されたという《使徒権限》。
しかし普段以上の権限を与えられた天使シロによって、その一時的な凍結解除が可能だった。
結果ポカ女神からの使命を与えられては居なかったはずのアリシアでも必要な端末操作を行う事が出来た。
ダンジョンコアへのアクセスに、修正パッチの正常適応などなど、天使シロの補佐の代役としてカイセがするはずだったあれこれをこなして無事に役目を果たした。
結果ダンジョン騒動の全ては解決。
ポカ女神との連絡も取れ、アリシアの帰還もダンジョンの正常化も無事に全て片付いた。
(……せっかく頑張ったんだから見届けたかったけどな。一人だけフィナーレの感動に乗れなかったの若干寂しい気が)
とりあえず不満は無い体で状況を受け入れた、起きてから全てを知ったカイセ。
そうして全てを終えた後、ダンジョンから帰還した一同は眠るカイセを休ませる為に最寄り町である〔アキレスの町〕の宿を訪れたそうだ。
――そして今はその町で、カイセとアリシアの二人はダンジョン公開式典当日の賑わいの中を歩いている。
「というか、お前お金あるのか?」
根本的な疑問。
アリシアは事故で予期せず転移させられた。
小金程度は持ち合わせがあるかもしれないが、これだけ豪快に屋台巡り出来るだけの余裕はあるのだろうか。
「えっと…シロさんがこれを使っていいと」
そう言って取り出したのは、シロが使っていた財布であった。
天使シロはこの場には居ない。
便乗犯の連行、その他諸々の後始末の為にせっかくの休暇を一時休止して女神のもとへと帰って行ったようだ。
そしてその去り際、宿の手配などの後に、自らの財布を「好きにしていい」とアリシアに渡したようだ。
「いまさら何ですけど……この中、結構ヤバイ金額が入ってるんですけど、本当に好きにしちゃっていいんですか?」
天使シロの財布は一種のマジックバックであり、見た目以上の額が入っている。
しかもその中身は…アリシアがビビるぐらいにはだいぶヤバイ金額。
――そもそも天使シロのお金は、ポカ女神から授かったものだ。
とは言え神の力で鋳造した贋金という訳でもない。
ポカ女神が所有する現金は全て、お供え物として捧げられたお金である。
教会にて正規の手法で捧げられたお供え物は、正しく女神の元に届く。
それらには置物、食べ物など様々な品が納められるが…中には現金を納める人も居る。
とは言え、地上に降りれない神様が現地世界の通貨貨幣を受け取ったところで何に使える訳でもない。
かと言って正しくお供えされた品ゆえに無下には出来ず、その上ただ無暗に地上に返すことは出来ないらしく、結果ただただ流通から除外され女神の元で死蔵される貨幣が増えるだけとなる。
そんな中で、休暇の天使シロに持たせた現地貨幣は、そうした死蔵貨幣の返界に寄与するうってつけの機会だった。
(だからまぁ、それこそこれ全部使い切っても文句を言われることはないだろうけど……)
積もり積もったそのお金が納められたその財布。
国家予算すら超えそうな金額は、アリシアの手には重すぎるものでもある。
今はお祭り気分でテンションが上がってこの程度だろうが、冷静になった時にその重さにガクブルしそうな感じがする。
「まぁ、良識の範囲で適度に使って、余った分は返せばいいだろ」
「そうですか。じゃあ後でカイセさんに預けますね」
「俺?」
「カイセさんの方が再会の可能性高いでしょ?」
「いやまぁそうだけど……」
最終手段として、直接女神に返却すれば良い話なので、確かにカイセが預かったほうが早そうではある。
「でも今はとりあえず、お言葉に甘えてそれなりに使わせて貰いましょう。てなわけで次はアレです」
「ホント、良く食う――アリシア!」
「ふぇ?」
そんなやり取りの合間、アリシアに魔の手が差し掛かった。
「きゃあ?!」
「いてぇ!?」
男の叫びは自らの手が阻まれたゆえの叫び。
アリシアに預けていたマジックアイテムの自動防御が働き、盗人がアリシアの手に…正確にはシロの財布に伸ばした悪手を阻んだ。
「失敗か…とうそ――」
「させるか悪党!」
「制圧です!!」
すると直後、その盗人が一瞬で拘束される。
――カイセ達の前に現れた少年少女。
魔法使いの杖を持った二人が放った魔法が逃げようとした盗人を捉えたのだった。
「大丈夫かお嬢ちゃん?」
「おじょ…はい大丈夫です」
駆け寄って来た少年少女の少年側、アリシアよりも年下に見える黒髪の少年にお嬢ちゃん呼びされ、若干戸惑ったもののすぐに外面を整えたアリシアである。
(……見えない。鑑定妨害の類か)
その黒髪の少年と白髪の少女の、二人に対して行った《鑑定》がどちらも不発に終わった。
この反応は王様、王族を鑑定した時と同じ感覚。
レベル差ではなくそもそもの妨害によって、鑑定そのものが無効になった時と同じだ。
なのでカイセは二人がそう言った道具の類を持つのだと認識した。
鑑定レベル10を阻むほどの妨害アイテムとなるとかなりの代物になるが、そういうのを持つ者も当然世の中には居てもおかしくはない。
「兄さん、それよりも」
「あぁそうだな。――俺らはギルドで雇われた、町の警備のクエスト中の冒険者です。お怪我はありませんでしたか?」
「あ、大丈夫です」
「そちらの方はどうでしょうか?」
「俺も大丈夫」
どうやら二人は兄妹であり、今は冒険者としての警備クエストの最中のようだ。
これだけ人の多い町となれば、正規兵だけでは手が回らないという判断なのだろう。
「――誰かー!スリが出たぞ!!」
「あーもうまたか!」
「せわしなくてごめんなさい。この下手人はこちらで連行させていただきます。お二人はこのまま観光をお楽しみください」
「証言とかいいの?」
「現行犯なので大丈夫です」
その理屈はよく分からないが、良いというのだから気にしないでおこう。
ぶっちゃけそういうゴタゴタは避けられるなら避けたい。
「じゃあ任せた」
「はい、それでは失礼します」
「お嬢ちゃん、気を付けてな」
そして兄妹は窃盗犯を引きずって去って行った。
「たいへんだなー」
「ですねー。あ、カイセさんこれどうぞ」
アリシアがそう言って渡してくるのはシロの財布であった。
「流石にさっきの後で持っていたくないので」
「預かれと?」
「むしろそのまま持って、シロさんに渡してください。あ、ここでの支払いはお願いします」
という事でシロの財布は、カイセが預かる事になった。
実際事件の後にこの金額を持ち歩くのは怖かろう。
幸い、持たせてあった道具のおかげで傷一つないが、それでも狙われた・襲われたの認識は大きい。
「分かった。俺が持っておくわ」
そうしてシロの財布はカイセの《アイテムボックス》に納められた。
「さて…じゃあ次は何食べます?」
「今の後で図太い。あと屋台って食べ物以外にも色々あるからな?そっちにも目を向けてやれよ」
事件の後でも相変わらずの食欲なアリシア。
結局そのまま二人は、何事も無かったかのように屋台巡りを再開するのだった。