最終階層
「――よいしょっと…うぉッ!?」
空中に開いた穴。
そこから姿を現したカイセは、踏み出した足が空を切りそのまま下へと落下する。
とは言え高さ自体はそれほどのものでも無く、何かを踏みつつ、とりあえず無事に着地は出来た。
「あれ、何か踏んで――「きゃあッ!?」ぐぉッ!?」
地面の違和感を確認しようとするカイセであったがそこにアリシアが落ちて来る。
空中の穴から出て来た二番手。
アリシアがカイセ同様に足場無く落下してきた。
カイセは足場が悪い中で、何とか咄嗟にアリシアを受け止める。
「――よっと…あぁ、高さが少しずれたわね。二人とも大丈夫だった?」
次いで空中の穴から、最後の一人となる天使シロが姿を現した。
出現後即座に落下した前の二人と異なり、シロは羽根もないままゆっくりと浮きながら降りて来て、しっかりと着地して見せた。
その直後、空中の穴はゆっくりと小さくなり、何も無かったように完全に消え去った。
「……うん、きちんと目的地ね。ショートカットは無事成功っと」
今までとあまり代り映えの無い空間である周囲を見渡し、その事実を読み取ったらしいシロは目論見の成功を改めて確かめた。
――カイセ達が通って来た穴は、シロによって作られた近道。
先程まで居た第二十二階層+αの領域、複製された魔境の森の洞窟に存在した初代勇者の隠し部屋からこの最終階層までを結んで一気にすり抜ける裏技の道だ。
「ここ、見た目今までと大して変わらないけど、ちゃんと最終階層で合ってるのか?」
「合ってるわよ。作戦は無事成功!まぁ成功したのが分かってたから二人を進ませたんだけど」
「その割に高さが合ってなかった気がするけど?」
「誤差って事で」
「その誤差、ズレ方次第で致死率が上がる奴だからな?『つちのなかにいる』とか」
天使の御業に隠し領域。
それらが揃ってやっと成立したらしい近道。
本来はまだ続くはずだったダンジョン階層の攻略を殆どスキップして、目的としている〔最終階層〕へと一行は辿り着いた。
これが真っ当なダンジョン攻略ならば、周囲から色々言われそうなズルであるだろう。
だが一行の目的は正規攻略に在らず、このおかしなダンジョンの正常化が最優先。
その為の手段はそれなりには問われない。
今まではシステムや操作の限界・リスクの問題で出来なかった訳だが、やれたのならば第一階層から一気にここまでショートカットしたかったぐらいである。
「まぁ…何にせよ無事に辿り着けたから良しとして……それでコレは何?」
立ち並ぶ三者が見下ろすもの。
最初にここへとやって来たカイセが押し潰し、二番手アリシアが追撃をかました相手。
二人分の重圧を受け、地面に伏せたまま意識を失った一人の男を見つめていた。
「アリシアちゃん、ちょっとごめんね」
「え、あ、はい」
シロは両手でアリシアの両耳を塞ぐ。
そしてそっと手を離すと、その両耳は半透明な膜で覆われていた。
これは一種の耳栓だ。
「さて、それじゃあ本題ね。――率直に言っちゃうと、この男は神様よ。一応はね」
「……神様?これが?」
気絶し地に寝転がる謎の男。
それが神様だと言われても些か納得しにくい。
何よりもここは、ダンジョン内とは言え現世地上の一部である。
神様直々に降りて来れないからこその代理人である天使の存在があるのに、神様直々に降りて来たと言われても困惑する。
「まぁ確かに神だけど、これが本体って訳ではないわよ?」
「どういうこと?」
「言うなれば神様の分身。神様自身の存在の端っこを切り分けて作られた【分神】の存在。まぁ神様の欠片みたいなものね」
「欠片…でも神様なのは変わらないのか?」
「んー、いやまぁ存在としてはそうなんだけどねぇ……」
何やら言い淀むところを見ると、どうもただ単に神様扱いするような存在でもないようだ。
「分神って、一応分類は神ではあるんだけど、権限自体は最低ランクなのよ。天使である私よりも下。更にこうしてのびてる事からも分かるように、端っこちょこっと切ったぐらいだと人間の一般人並みに弱い。流石に死ぬことはないけどこうして簡単に気絶するくらいに」
実際、人間二人の重みに耐えられなかった時点でさほどの脅威も感じない相手。
その上で神として持つはずの権限もシロ以下となれば、元より余裕のあるシロ同様に、カイセの中からもこの分神に対する警戒度が薄まっていく。
とは言え最低限だとしても人以上の権限を持つ者であるのだから、これ以上薄めるのはまずいと、改めてカイセは気を締める。
「まして私や女神様が知らぬ間に、ここに居る時点で不法侵入は確定。立場的にはただの犯罪者。そう扱わないといけないから、私的にはかなり微妙な気持ちになるのよねぇ……」
「それで、そもそも何でコイツはここに居るんだ?」
「状況的に多分コレが、このダンジョンで起きる問題を更に面倒にしていた便乗犯的な存在なんだと思うわ
「……ん、便乗犯?黒幕とかじゃなく?」
「まぁとりあえずこのまま憶測だけ深めても仕方ないでしょう。折角目の前にコレが居るんだから、本人に直接吐かせましょう」
するとシロは、未だ起きない分神の男に何かを施し覚醒を促す。
「――んぅ…一体何が」
「はい、おはよう。早速で悪いけど時間が惜しいから、ここで全て喋って貰うわよ」




