凡人勇者、誕生裏話
「……結局聖剣を抱えたまま寝てるんだけど……良いのかアレ?」
「良いんじゃないですか?アレで安心できるのなら」
凡人勇者ロバートは、あてがわれた部屋に籠もり、そのまますぐに眠ってしまった。
その腕の中には、大事そうに聖剣が抱え込まれていた。
ニヤニヤとした表情の寝顔が若干気持ちわ……不気味だ。
「……アリシアさ、今日は泊まっていかない?ぶっちゃけアレと一緒は何か怖い」
「あの、私が女性だって認識ありますか?女性をお泊りに誘っているという自覚はありますか?それとも覚悟があって言ってるんですか?」
「食後のデザート、色々と用意しようかなぁ」
「…………あ、いえ、食べ物で釣ろうとしないでください!」
「迷うなよ。そこで釣られそうになるのは女性としてどうなの?あと返答すると、認識はあるけど自覚は無いし覚悟もないというかそもそも他意がない。そういう話はもう少し成長してから気にしてくれ」
アリシアの拳が飛んでくるが、カイセは余裕で避けていくので当たる事はない。
仮に当たったとしてもダメージゼロで済むのだが、だからと言って避けないのも何か負けた気がするので避ける。
何発か本気の拳を振るった後に、アリシアは息が上がってしまった。
「――さて、それじゃあ気を取り直してアリシアを家まで送りますか」
「……指輪に魔力を補充して貰ってますし、一人で帰れますからカイセさんはこのまま勇者と一緒に居ればいいんじゃないですか?」
「まぁまぁ出掛ける次いでだから」
「……お出掛け?次いで?」
そしてカイセは家を出て〔教会〕へと足を運んだ。
「ようこそ〔祈りの間〕へ」
「……何で聖女が待ち構えてるんだよ」
教会本部の〔祈りの間〕。
神への祈りの場として開放されている場所に、呼んでも居ないのに現役聖女である〔ジャンヌ〕が待ち構えていた。
「案内は聖女の役割じゃないだろ」
「当番の方には変わって貰いました。多分そろそろカイセさんが来るだろうなぁと思ったので」
カイセは自身に発信機の類が付けられていないか調べるが、見当たらない。
「そんな無粋なものは付けてませんよ。ちなみに今回は女神様のお告げもありません。あくまでも私個人の得た情報を基に予測しただけです」
何を何処からどこまで知って、一体どんな予測をしているのか……本気で聞きだしたほうが良いのではないだろうかと思う。
「一応念のために人払いは済んでいますので、どうぞ気兼ねなくお祈りください」
いっそ帰ってしまおうかとも思いはしたが、仕方なくそのまま女神像の前へと進んで行った。
そして祈りを捧げる。
すると次の瞬間には、カイセは例の〔女神空間〕に立っていた。
「……居ない?」
だがそこに、本来なら居るはずの女神の姿は無かった。
その代わりに一つだけポツンと置かれたテーブルの上には、一通の手紙が置かれていた。
カイセはその手紙を読む。
『旅に出ます。探さないでください by女神』
カイセは今、異世界に転生してからのこの一年ちょっとの人生において、初めてと言えるほどの本気の怒りを感じていた。
その怒りをぶつけるべく、カイセはある行動を起こす。
「我成すは煉獄の炎……万物を灰塵と帰す怒りのほの――」
「ぎゃあああ!!!ごめんなさい謝ります出て行きますのでこんなところで《最上級炎魔法》を放つのはやめてくださいいいいいい!!!」
大規模魔法の詠唱を始めたカイセは、何処ぞに隠れていた女神を問答無用で炙りだす事に成功した。
だからと言って止まるとは言っていない。
「炎……我が周囲、全ての物を――」
「やめてくださいいいいいいいいいいいいいいいい」
構わずぶっ放そうと詠唱を続けていたカイセだが、女神の本気の懇願にとりあえず中断する事にした。
というか……泣くな女神。
「大げさだな。女神なんだから魔法程度じゃ死なないだろ?」
「死なないですけど!痛みはあります!後この空間は無事じゃ済まなくなります!カイセさん、ご自身がステータスカンストされてるのは理解してます?そんな人の放つ最上級魔法とか大惨事どころじゃ済まないですからね!?激痛ですよ!!」
むしろ激痛だけで済む辺りは流石女神と思うのだが。
そういう女神らしさをもっとまともな部分で発揮して欲しいものだ。
「なら隠れてないで最初から応対してくれよ。何で隠れてた?」
「……」
無言の女神。
それならば――
「我成すは煉獄の――」
「ごめんなさいいいいい全部話しますし謝りますからあああああ」
そして女神の語るその内容も、案の定と言うべき内容であった。
「――要するにロバートが〔勇者〕に選ばれたのは、いつもの〔女神のポカ〕だったって事だな」
「くッ…言い方がアレですが反論できない」
反論する権利はそもそもない。
「それで、今度は何をどう失敗した?」
「……簡単に言うと、寝ぼけて失敗しました」
女神が言うには、徹夜明けで眠っていたところに地上から謎の〔勇者コール〕が聞こえてきたため、慌てて起床。
今代の勇者が王様によって指名されたものだと思い込み、そのまま祭り上げられていた対象者に〔勇者の紋〕を付与。
その後再び就寝、きちんと目が覚めた時には、勇者の資質を持たないただの一般人が〔勇者〕になっていた。
と言う事らしい。
「我成すは煉獄の――」
「それはもういいですから!!」
「……もうさ、寝ぼけるくらいならいっその事永眠してれば良かったんじゃないのか?そしたら女神の役割も誰か別の奴に交代せざる負えないだろ」
「冗談でもそういう事は言わないでくださいよ」
いえ、割と本気だったのですが?
「……それで、今回はどう対処するつもりなのさ?」
「いえ、特には何も」
……何もしないだと?
自身のポカが原因で起きた出来事なのに……一体何故に。
「私も最初はどうしようかと思ったんですが、当の本人は案外勇者生活を満喫しているようなので必要ないかなぁと」
どうもあの勇者ロバート自体が、自身が勇者である事を受け入れてはいるようだ。
考えてみれば、平民並びに駆け出し冒険者からすれば相当な大出世であるし、生活環境もそれこそ天と地の程の差があるだろう。
気持ちは分からなくはないが……
「……だけどアイツの基本ステータスは勇者としては話にならないぞ?聖剣で上乗せがあってマシになってるけど、国としてはもっと強い奴に勇者として聖剣を振るって欲しいんじゃないか?性格も荒事にあまり向いてはいない気がするし、あと聖剣に依存してる感じだし」
本来、勇者が呼ばれる要因はいくつかあるが、共通するのは〔圧倒的武力〕としての勇者の存在だ。
確かにロバートも聖剣によって一般人よりは強くなっているだろうが、才能も技術も無いため、その道においては本職の一流には及ばないはずだ。
純粋に実力不足で、性格も荒事に向かず、聖剣に頼りっきりになっている。
カイセの持つ勇者のイメージとはほど遠い。
「それに今回の形式上は〔神命勇者〕なんだよな?となれば何かしらの〔神からの使命〕が与えられてないと……いつもなら〔魔王討伐〕とか〔邪龍討滅〕とか……けど今は居ないよな?」
〔王命〕つまりは王国・王様が指名した勇者ならば、役割は戦争や魔物討伐。
〔神命〕つまりは神様が指名した勇者ならば、その役割は人外の……〔魔王〕や〔邪龍〕を相手とするために任じられるのが通例……歴代の勇者の役目だ。
だが現在、この世界に魔王も邪龍も存在しない。
邪龍はちょっと前までは居たが、カイセが浄化してしまった。
そして人の手に負えないような魔物も、戦争状態にもなっていない。
勇者と言う特別な武力が必要な状況が無い。
にも関わらず、〔神命〕という形で勇者が誕生してしまった。
「そこはまぁ大丈夫です」
女神曰く、今回の神命勇者の選定に関しては目的を〔魔王討伐〕などの武力としてではなく、「静穏な世を維持するための象徴として任じた」と、《神託》により知らせたらしい。
平和のための象徴。
魔王も邪龍も関係ない。
だからこそ、過度な実力・武力を持った勇者である必要はないと。
「……それって誤魔化して――」
「しー!カイセさん、言っちゃダメです!」
この場において、他に聞いている者など居ないだろうに。
要するにこの女神は自分の失敗を、「世界の為に行った予定通りの行為」として誤魔化したようだ。




