第二十二階層+α/記憶の森
休息階層を出て〔第二十二階層〕へと足を踏み入れたカイセ一行。
そして新たな階層で、最初に口を開いたのはアリシアであった。
「……この匂い。覚えがある香りですね」
なぎ倒された木々の中心に立つ三人と双子ゴーレム。
周囲からは草木の香りが漂ってくる。
「どうやらここも〔心象投影〕で読み取られて作られた場所みたいね。そしてここは――」
「魔境の森ですよね?この匂いは」
休息階層でも使われた〔心象投影〕による、カイセの記憶情報の再現。
この第二十二階層は、カイセの記憶から再現された〔魔境の森ラグドワ〕が先の大海のように〔自然領域型ダンジョン〕として存在していたのだった。
しかもその中でもこのスタート地点は――
「いや、魔境の森なのは確かだけど…ここは過去のラグドワだな」
その光景をカイセは知る。
周囲のなぎ倒された木々は、カイセ自身が巻き込んで倒したものだ。
カイセにとっては異世界人生のスタート地点。
転生直後に女神のポカで上空スタートとなったカイセが、一番最初に着地して地面に足を付いた場所。
それが今三人が立つこの場所だった。
「ここの倒された木とか、俺がこの森に来た直後に倒しちゃったやつなんだけど……後々家の建材として持って行って撤去したし、代わりに植樹したりして今は元の森の景色に戻ってるはずなんだよ」
「それが倒した時そのままの光景って事は、確かに過去の記憶が再現情報として使われてるって事になるわね」
「昔の…今と昔で、何か大きな違いはあるんですか?」
「ウチの家の有無、地形の変化、生態系を参考にするならモンスターの種類や質や生息域にも違いが出るかな?後は……」
今のラグドワには既に存在せず、昔のラグドワにはあったモノが大きなもので二つ存在する。
それは【邪龍】と【神剣】だ。
「たださ、今の光景は確かに昔の森の景色なんだけど、俺の記憶を参考にしたなら当時の再現そのままじゃなく、昔と今の情報を混在させて再現している可能性もあるんじゃないのか?良いとこ取りとか都合よく」
「可能性はゼロじゃないわね。だからカイセくんの記憶にあるラグドワのあれこれは、全部出て来る可能性があると思って挑んだ方が良いかもね?」
つまり現在は討伐済みの魔物も、最近になって生まれた魔物も、この場では混在した生態系がモンスターとして再現されている可能性があると。
もしかしたら邪龍とも何処かで遭遇するかもしれないし、同一人物であるはずの子龍との共演もあるかもしれない。
神剣が再現されているかもしれないし、一時とは言えここに存在した…たまたま来訪した光龍が再現される可能性も……
「……正直、俺のラグドワ絡みの記憶から掘り起こすとだいぶ混沌としてくるんだけど」
「まぁ深く考えずに臨機応変に動ければいいんじゃない?本命の宝箱が置かれそうな所を手当たり次第に漁っていって、道中はその都度対応で」
「宝箱…分かりやすいとこだと、あのどっちかかな?」
ひとまず目指すべき場所の候補を二つ思い浮かべるカイセ。
ボス部屋の鍵なりボスそのものなりが納められた宝箱。
フィールドダンジョンの探索の目指すべき地点。
それにふさわしそうな場所を、手前から順に追っていく事にした。
……そしてその過程で理解する。
「あ、うん。時代混ざってる。こいつらがこの辺りに巣を移したのはつい最近の話で、俺が初めて出会った時はここじゃない場所に巣を作ってた」
移動の過程で遭遇したモンスター。
それはラグドワに存在する蜜蜂の魔物【ロイヤルビー】を模したモンスターであった。
ロイヤルビーはカイセが手に入れる〔ハチミツ〕の供給元。
カイセの魔力とハチミツの物々交換の取引相手である。
ただ…ここに居るのはあくまでもモンスター、本物では無い上に容赦なく襲い掛かって来たので、双子ゴーレムが手当たり次第に斬り伏せてる最中である。
「もしかして…これの本物があのハチミツの?」
「そう、あのハチミツの生産者たち。まぁあくまでもこいつらは偽物だし、肝心の女王蜂が見当たらないけど」
「偽物でも、せっかくの機会なので拝んでおきます」
ゴーレムが斬り伏せ倒されていく蜂たちに向けて手を合わせるアリシア。
カイセ経由でそのハチミツの恩恵を受けているアリシアなので、こうして偽物相手でも感謝の意を伝えるのは悪くはない行動だとは思うのだが……元聖女候補の聖職者の拝み祈りにしては、何やら食欲の気配を多分に感じる。
これも日頃の行いの結果なのだろうか?
「お、宝箱。こいつらダンジョンモンスターだと集団全滅で討伐判定になのか」
「ハチミツですか?」
「いやここの宝箱って必ずしもそのモンスター由来のアイテムが入ってる訳じゃないし、まして食べ物だと決まってる訳でもないから。今開けるからちょっと待て…よいしょっと」
そうして開いた宝箱からは、何やら液体のような何かが入った瓶が出て来た。
「ハチミツですか?」
「いや、これは〔蜂毒入りの瓶〕だな」
「食べたら死ぬじゃないですか」
食欲を裏切られたアリシアは放っておいて、そんな物騒なドロップ品をしまいカイセ達は再び進み出す。
そうして着いた一つ目の場所は――
「こっちはハズレみたいだな」
「ここは何か特別な場所なんですか?」
「ジャバの寝床」
聖剣作りの際に素材採取にも訪れた洞窟。
ジャバが普段寝床として寝泊まりしているジャバの家であった。
この森唯一の龍種の、しかも元邪龍の寝床なら候補になるかとも思ったが、どうやらハズレだったようだ。
「ここじゃないとするともう一個が大本命になるんだろうけど……」
「何か問題でも?」
「あっちの洞窟は物理的手段では行けなかったはずなんだよ。それに立ち入る為の資格も……」
カイセがより可能性が高いと考えているのはもう一つの洞窟、〔神剣の洞窟〕だった。
神剣が安置されていた洞窟。
ただしそこへは通常の手段では立ち入れない。
そもそもが〔迷いの森現象の霧の中〕に踏み込んだ〔資格者〕が〔光虫〕に導かれて辿り着く場所。
カイセがあの場に辿り着けたのは、勇者ロバートに巻き込まれた結果だった。
神剣の所有後は洞窟そのものが完全に閉じ、霧も発生しなくなったその一連の入場者選別ギミック。
それが何処までこのダンジョンで再現されてるのか……そもそも洞窟そのものがここには存在しない可能性もある。
「……まぁ行くだけ行ってみよう」
ひとまずはその神剣の洞窟を目標にして、あの時に勇者が霧と光虫に遭遇したその場所にまで向かってみる事にする。