休息階層②/新たな同行者
「――準備は?」
「大丈夫だと思います」
休息階層に複製されたカイセ宅で一夜を明かした一行。
そして翌朝、ダンジョン攻略の二日目。
アリシアを加えた一同は、出発の時間を迎えていた。
「……ちゃんと発動してるな。気分が悪くなったとかはある?」
「いえ特にはないですね」
「なら良いな。道中シロが守ってくれるけど、万が一もあるからそれは絶対に外すなよ?」
「はい勿論です。私だって痛いのは嫌ですし」
アリシアが身に着けた複数の装備。
カイセが持っていた使えそうな装備をアリシアの負担にならない程度に手当たり次第に盛っていった。
おかげで一撃二撃程度なら、使い捨てにはなるもののカイセが不意を打ったグリフォンの突撃と同程度の攻撃もバッチリと防げる。
だがこれはあくまでも保険だ。
アリシアの本命のお守りは、天使シロそのものであるのだから。
「シロも、ちゃんとアリシアを守ってくれよ?ガバガバな制約で大事な時に駄目でしたとかは本当にやめてくれ」
「大丈夫よ。私が一緒に居る限り、アリシアちゃんには傷の一つも付けさせはしないからっと」
そう言って背中からアリシアに抱き着く天使シロ。
対してアリシアは、少し困った表情を浮かべる。
「えっと…あの、よろしくおねがいします」
昨日の一件でシロの〔天使の姿(全裸ver)〕を目撃したアリシアには、シロが本物の天使である事も本人の口から説明された。
その結果…こうして反応がよそよそしくなった。
元とは言え聖女候補の聖職者だったアリシアは信仰そのものを捨てた訳では勿論無く、そんなアリシアに対して〔神様に次ぐ崇高な存在(?)〕である天使を前にしていつも通りで居ろと言うのも流石に難しい話だろう。
恐らくそのうちに慣れてくるだろうが、しばらくこんな感じになるのも仕方ない。
昨日の騒動。
アリシアは元々、いつも通りにカイセ宅にお米を届ける為に《転移》したはずだった。
しかしその出口は本来のカイセ宅ではなく、何故だか複製されたダンジョン内のカイセ宅になっていた。
そこにどういう混乱があったのかは判明していないが、実際ここに来てしまった事と、直後にこちらの魔法陣が崩れた事は変えようのない事実であった。
そしてこの事件においての一番の問題点は、アリシアは〔ダンジョン本来の手段〕でも帰ることが出来ないという事だ。
――そもそもの話だが、本来ダンジョン内では既存の転移魔法は使う事が出来ない。
ダンジョンに出入りするための転移魔法は成立せず、ダンジョンに踏み込むには正規の手段である入り口からの入場しか手段が無いはずだった…にも関わらず、アリシアはこのダンジョンに転移する事が出来てしまった。
その結果に起きた不都合。
意図せず不正な手段で入場してしまったアリシアは〔緊急脱出の指輪〕を与えられておらず、ダンジョン本来の仕様に存在する『指輪を使った緊急脱出』は勿論のこと、この休息階層にもわざわざ設置されていた〔帰還魔法陣〕も使用することが出来なかった。
そして〔帰還魔法陣〕が使えなかったという事は、最下層の攻略後に行う地上帰還も根本の仕組みは同じらしく、これもアリシアには使えない可能性が高いと言う。
ダンジョンは基本的に下りの一方通行。
一度下の階層を降りてしまうと上の階層に戻れない。
つまりアリシアはダンジョン内に完全に閉じ込められた状態であるのだ。
『アリシアちゃんを帰すには、女神様に力を借りるしかないわね』
カイセ達のダンジョン攻略に同行し最下層まで降りて、目的通りにこのダンジョンを正常化させる。
そして遮断された外部のぽか女神と連絡を取り、女神の権限を持ってして脱出させるしか現状では可能性のある道は見当たらない。
しかし非戦闘員であるアリシアはダンジョンで戦える程の術を持たない。
ゆえに下まで同行させるには些か不安があるが、この休息階層に残していくのもここがデタラメなダンジョンである事を思えば正直不安しかない。
目先の見える位置に、直ぐに対処できる場所にアリシアを居させたいのが本音であり危険を認識してでも同行させる理由。
だが危険は危険。
そこで天使シロの出番であった。
事この一件に関しては、神様由来の事件の純粋な被害者であるアリシアを守ると言う名目で、有事の際には本来ある天使の制約を受けずにアリシアの身を守る事が出来る。
〔天使の守護〕ともなれば、カイセが攻略と同時進行で行う守りなどよりも圧倒的に安全性が高い。
とは言え天使の制約には、アイテムは受け取れないのにデザートは受け取ったり、ビーチチェアやパラソルなどのやり取りは当たり前のように出来たりとイマイチ基準が曖昧なガバガバ感をカイセは感じ取っているので、アリシアに盛った装備はもしもの時に天使の守護が機能しなかった場合への保険の意味を持つ。
結果として、突飛な性能の道具と、天使そのものによる両面保護。
今のアリシアは守りの硬さだけで言えば世界最高と言えるだろう。
――そうして準備を整え出発する、ダンジョン攻略二日目の旅路。
目指す目標は変わらずダンジョン最下層だが、そこには新たにダンジョンの正常化に加えアリシアの帰還も加えられる。
そして……カイセ達はこの二日目にして今日中の目標達成を迫られる。
『え、今日がいつもの配達日ですよ?』
そもそもの転移の発端。
カイセの感覚では、アリシアがお米を持ってくるのまだ数日先であるはずだった。
しかしアリシアはいつも通りに届けたと言う。
その認識のズレの原因は、どうやらダンジョンの内側と外側で時間の流れがズレているようだった。
これも本来はあり得ない現象。
しかも実在するそのズレに当てはめると、カイセ達が当初目標にしていた攻略日程を達成するには本日中の最下層到達が要求されていたのである。
【ダンジョン公開式典】
カイセ達が目安としていた締め切りは、その式典に合わせたものであった。
冒険者にとっても、国や最寄りも町にとっては大きな稼ぎ場となるダンジョン。
そのお披露目の式典の開催は、ダンジョン出現に追従する為におよそ三百年に一度の周期。
世界全体でなく一つの国内でともなれば更に大きな間隔の開く出来事であり、ゆえに一部の貴族や他国の要人も呼び寄せて盛大に行われる。
そこで動く人もお金も大きい。
……しかし現状、このダンジョンは問題しかないデタラメなダンジョンのままである。
となると神様としては、式典そのものの開催は問題ないがメインとなるダンジョンへの初陣をこのままの状態では許可できない。
ゆえにもしも、カイセ達がこの式典までに問題を解決出来なかった場合は《神託》によって式典の制限や延期が人々に要請される事になっている。
だがそれは多くの問題を生む。
開催直前になっての延期は、それだけで大きな損失を生み出す。
神様達の失態によって現世の人々が損害を受ける大問題に発展するのは、神様達からしても更なる大問題。
仮に後から補填するにしても、傷ついた信用は補填など出来ない。
それは人々の間での信用も勿論だが、神様に対しての信用にも影響する。
ゆえにカイセ達には可能な限り、理想としては今日中の目的完遂が求められている。
人々にはこのダンジョンの問題、神様の失態など知られぬままに全てを片付ける。
そんな努力目標が定められていた。
(……それプラスで、今は俺の信用も危ういからなぁ)
加えて今はカイセの信用に関しても揺らがされている。
それは状況を〔アリシアのご家族視点〕で考えれば一目瞭然だ。
――荷物を届けに行った娘が、次の日になっても帰って来ない。
そこに事件の懸念や余計な勘繰りをしない者など居ないだろう。
更にシスコン兄の存在もある。
十中八九騒ぎと面倒が起きる。
実際のズレを計算すると最速攻略をこなしても既に手遅れではあるのだが、その日程はカイセにとっても被害を最小限に抑える為の大事な目安となっていた。
「……さて、準備が出来たのならそろそろ出発しよう」
そんないくつかの思惑を持って、カイセ達は攻略二日目の行動を開始した。
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一部誤字修正しました。
ストーリーに変更はありません。




