休息階層
新たな階層へとやって来たカイセ達。
待ち受けていたのは、周りを森に囲まれた一軒のログハウス。
それは見覚えのある…どころかとても見知った家。
ここに再現されていたのは、〔カイセの家〕そのままの建造物であった。
「また何でこんなところにウチが?」
「〔心象投影〕のシステムが流用されてるわね。ここは」
周囲の探索を済ませた天使シロが戻って来て、その心当たりを言葉にする。
「対象の心や記憶を読み取って具現化・再現するのが〔心象投影〕ってシステムなんだけど……これって普通は〔神の試練〕なんかの宗教儀式の一環で使われるもので、『具現化したトラウマとの対決』や『自分自身との戦い』とか、要するに〔物理的自己問答〕に使うものなのよね。本来はダンジョンで使う代物では無いんだけど何故かそれが使われてるみたい」
ダンジョン内に再現されたカイセの家。
その〔心象投影〕とやらによって勝手に読み取られたカイセの記憶から、再現されたのがこの建物らしい。
「……人んち勝手に複製した上にダンジョン化してるのか。そんなに大きな家では無いんだけど、こんな中でモンスターと戦うのか」
「いいえ、それは違うわ。ここの中…と言うよりも家だけじゃなくこの階層全体が、どうやらモンスターが出現しない設定になってるみたいなのよね」
「モンスターが出ない?そんな階層があるの?」
「元々の設定には無いはずだけど、ダンジョンのシステムとしては〔安全地帯〕とか〔休息階層〕みたいな感じに、ダンジョン攻略の休息所のような設定は存在するわね。ここがそれになってるんじゃないかしら」
ダンジョン内の安全地帯、休憩所。
小休止程度であれば各階層の各部屋でも行える。
モンスターを一度討伐してしまえば、その部屋は安全地帯になる。
ただしそれは《モンスター陣》の再設置までの時間か、後続パーティーの入室までの限られた時間まで。
文字通り小休止は出来ても、しっかりがっつりと行く事はない。
だがこの階層、何故かカイセの自宅の模造品が存在するこの場所は一切のモンスターが出現しない、滞在制限時間もない正真正銘の安全地帯。
ここであれば充分に休息を取る事が出来る休憩所。
この先の為に万全を期して余裕を作るための場所だ。
「散々一般人には地獄みたいな理不尽設定して来たのに…ここに来てその親切設計は何かの罠?」
「罠はなさそうだけど…まぁちょうど良いんじゃない?カイセくんも少し疲れてるでしょ?」
先の海の階層で、存在しない次への扉の捜索に結構な時間と魔力と体力を使った。
一応はこのまま次に進んでも問題ないとは思うが、それこそ万全をと言うのであれば確かにちょうど良いタイミングと場所だ。
今頃はダンジョンの外も夕暮れ過ぎる頃合いだろう。
ダンジョンに突入したのが夜の暗闇、まだ日が昇らぬ時間。
そこから休憩を挟みつつも結構な時間を行動し続けている。
確かにちょうどいい頃合いかも知れない。
「私は休まず行けるけど、あくまでも人間のカイセくんにはお休みもちゃんと必要だもの。せっかく見知ったおうちがあるんだから、ここで一日目を締めてもいいんじゃない?」
「何か強調された部分に含みがあるような気がするけど…まぁそうするか」
二人は攻略初日の締めを決め、目の前の複製された家に足を踏み入れた。
「……家具類は本当にそのままだけど、全部が全部再現されてる訳じゃないのか」
家の中を見てカイセは気付く。
基本的には本物瓜二つのこの家にも、いくつか無いものがある。
思えば外にも、魔法による《結界》や留守番ゴーレムは存在していなかった。
そして中でも、飾りの騎士甲冑、台所の刃物や冷蔵庫内の食料品など、武器や補給になりそうなものが一通り見当たらなかった。
ダンジョン攻略に使えそうなものは再現されてないのかも知れない。
裏技的に家そのものを材料に何かを作れなくはないだろうが…余計な事をしてまた別の面倒を引き起こしそうな予感がするので出来れば避けておこう。
「まぁ休む上での問題はなさそうだな……ってあれ?」
何やら声がしないと思えば、シロの姿がいつの間にか消えている。
気配を探ってみると……
「この位置、風呂に行ったのか」
そのシロの気配をお風呂場の位置に見つけた。
どうやら何よりも真っ先に向かったようだ。
「コピーだけど一応俺の家なんだから一声くらい掛けて欲しかったんだが……まぁいいや。俺も飯の後にでも入ろう」
カイセはそのまま一人でリビングに向かう。
しかしそこには、完全な想定外が待ち受けていた。
「ん……《転移陣》?なんで動いて――」
「――ふう。あ、こんばんはカイセさん。だいぶ遅くなっちゃいましたけど、いつものお米を持ってきましたよ」
設置された《転移陣》が輝く。
その上に現れた一人の少女。
カイセの見知った【アリシア】がそこに現れた。
「……アリシア?」
「はい、どうかしました?」
いつものように持ち込んだ米俵を、《転移陣》の上からどかしカイセの前に置くアリシア。
本人はここがどこなのかも、この状況の不自然さにも気付いてないようだ。
「アリシア、どうやってここに来た?」
「どうって、いつもの通り村側の魔法陣を通ってですけど?」
「……ごめん、ちょっとそこ退いて」
この家はあくまでもカイセの家の複製、模造品。
そしてこの家には本来あるはずの《結界》や留守番ゴーレムが再現されてはいなかった。
ゆえに順当ならばこの転移陣もここにあってはならないはず。
更に言えばこのダンジョン内部では、大前提として通常の《転移》は使えない。
だからこそあり得ないはずなのだが…しかしアリシアはここに確かに存在している。
「本物?」
「えっと、本物ですけど」
ダンジョンの生み出した偽物の、人型モンスターでもない正真正銘の本物本人である事は《鑑定》のステータスが示している。
となればこれは明らかな異常事態。
その原因となる《転移陣》を確認するためカイセは、アリシアを魔法陣から退かして、その場に設置された魔法陣の紋様に触れようとする。
だがしかし――
「え、なんで」
触れる前に転移陣がひび割れる。
「カイセくん退いて!」
するとお風呂に言っていたはずのシロが、水に濡れた全裸の姿のままに慌ててこの場にやって来る。
カイセはその指示に瞬時に行動し場を空ける。
シロは自身のあられもない姿も構わず、カイセと入り代わりでその場に跪き転移陣に触れる。
「逃がさない!」
叫ぶシロは一瞬で〔天使の輪っか〕と〔天使の羽根〕を展開する。
強く光り輝く輪っかと羽根は、カイセの目には全力で稼働しているようにも見えた。
「綺麗……」
アリシアはその光を見て言葉を漏らす。
天使らしい姿で輝くシロ。
その様子をカイセとアリシアは、訳も分からぬままに見守り続ける。
「……んッ!」
それから数十秒ほど経つと、転移陣は完全に崩壊し消え去った。
輪っかと羽根の輝きも静まり、天使の証そのものが消える。
そして振り向き二人に声をかける。
「はぁ……驚かせてごめんね。それで、大事なお話があるんだけど良いかな?」
当然断る理由は無い。
ただし、先に一つだけ指摘する。
「とりあえず服を着てくれ」