第十一階層+α⑤/ハッキング
「――ないわね。このフィールドの何処にも見つからない」
第十一階層から二十階層までを纏めて一つのフィールドとしたこの大海。
その階層群のボス、中ボスとされていた巨大イカ【キングクラーケン】は倒した。
となれば次は、この先の階層へと進むための〔扉〕の出現を待つことになる。
だがしかし……待てども探せどもその扉は見つからない。
カイセの物理視野での探索に魔法感知。
その上でシロの力を持ってしても、この階層群の何処にも〔次への扉〕は見当たらない。
扉が比喩である可能性も考慮し、転移陣や穴など、それっぽい可能性があるものも一通りチェックしたはずだ。
しかしやはり見つからない。
そして天使シロが出した結論は――
「――不具合みたいね。次に進む扉が出現しないって言う、致命的な問題」
色々と滅茶苦茶なこのダンジョン。
正直不具合だのバグだのの話は今に始まった事では無い。
仕様に無いフィールドやモンスター。
聖剣のようなドロップアイテム。
おかしな事は今までいくつも存在した。
だがそのいずれも、本来あり得ないものではあったがダンジョン攻略そのものを行き詰らせる事はなかった。
グリフォンの脅威は大半には詰みになりかねないが、少なくともグリフォンより強い何かがあれば撃破し進むことが出来る難易度の問題なら完全なる詰みとは言えない。
……だが今回はそうは行かない。
今回の問題はゲームに例えるなら〔進行不能バグ〕。
個々のステータスや技能に限らず、そもそもクリアが不可能な状況。
攻略の為には次に進まねばならないのに、その〔次に進む道〕が存在しない行き止まり。
999のステータスですらどうしようも無い、明確な詰みだ。
「いつかはそうなるかもとは思ってたけど……早かったなぁ」
大海全域の探索に二時間程掛け徒労に終わったカイセは、流石に疲れを見せるものの特に慌てた様子はない。
状況はシステム的に詰んでいる。
だがそれは言わばプレイヤー視点でのお話だ。
「これはシロの出番って事で良い?」
「そうねー。それじゃあ準備しちゃいましょうか」
この階層群のスタート地点である浜辺に戻った一同。
カイセはシロが日光浴に使っていたビーチチェアに腰を掛け、追加で出現したパラソルの下で水分補給をしつつ一休み。
対して天使シロは砂浜に何かの紋様を描き出す。
「魔法陣?」
「やってる事は似たようなものね。中身はこの世の理解の外だけど…あ、あまり見続けない方がいいわよ?無理に理解しようとすると脳が壊れる可能性があるから」
「怖い注意を後回しにするのやめてくれない?」
マジックアイテムの作成や転移魔法陣の設置も含め、《星の図書館》からそれなりに知識を学んでいるカイセにも一欠片も解析理解が叶わない、そもそも物理的な理を越えているようで、緻密過ぎて人の目には全容の目視すら困難なその紋様。
この世の理とは法則の違う別の何か。
神様や天使の世界の術。
流石にこればかりはあくまでも人間であるカイセにもどうしようもない。
「下地は完了っと。次はこれ」
そう言ってシロが取り出したのは、以前にも見た〔天使の輪っか〕であった。
「輪っか?それも使うの?」
「これって色々な機能があるのだけど、今回は情報処理に特化させて使うわ。パソコン、いえスパコンってところかしらね?大雑把に言っちゃうと」
いわゆるスーパーコンピューター。
これからアクセス不可の領域をこじ開けるするのだから、確かにそう言うものも必要になって来るのだろう。
「さて…それじゃあ、ちょっとハッキングして来るわね」
本来は女神の権限と設備で自由に干渉出来るはずのダンジョンのシステムだが、今は外部からは女神と言えども一切の操作も解析も受け付けない。
しかし内側なら幾分かやりようがある。
現に今までもシロは、階層毎の構成情報などを簡易的ではあるがカイセに伝えてくれている。
あれはそのまま、ダンジョン内部からであればある程度のシステム干渉を受け付けると言う証明でもあった。
勿論問題の解決に至るほどのものではない。
表面の、比較的触れやすい部分から基礎的な情報を少し得られたのみ。
内側から天使の権限を持ってしても通れない、このダンジョンには未だ強固なセキュリティが存在する。
「『アクセス、スタート』」
紋様の真ん中に立つシロ。
その紋様が、そして頭上の輪っかが光を放ちだす。
外野から見ればシロ本人はただ立ったままのように見えるが、どうやら内実は異なるようだ。
――シロが行っているのはダンジョンのシステムへの侵入。
表面だけでなく、開けた穴からより深い位置に無理矢理潜り込み操作をする。
目的はバグにより出現しない〔次への扉〕の生成・出現。
そもそもハッキングで全てが解決できるならそれに越したことはないと思うだろうが、下手に刺激すると余計な問題を生みかねない〔爆弾箱〕のような状態でもあるらしいので、今回のような詰みの状況までは控えていた手段だ。
最悪の話、シロが一手誤るだけでこのダンジョンが大爆発を起こす可能性だってある。
それでも進めなくなった以上は、多少リスクを負ってでも手を出さざる得ない。
「……来るわ」
次の瞬間、浜辺に描かれた紋様が消え去り、シロの足元に真っ白で大きな〔穴〕が生まれた。
どうやらシロは無事に完遂してみせたようだ。
「軽減と短縮の為に簡略化したから扉の形はしてないけど、この穴の先が次の階層よ。ちなみに開いてるだけでも微妙な負荷になるから、なるべく早く飛び込んでくれると助かるわ」
「分かった。それじゃあ先行く」
シロの指示に躊躇なく動き出すカイセ。
ゴーレムも《アイテムボックス》に仕舞い、ついでにシロの用意した浜辺セットも代わりに回収し、そして即座に目の前の穴に飛び込んだ。
「――おっとッ!?」
カイセは飛び込んだ穴の先で、顔面で地面の感触を得る。
どうやら出口側は普通の扉の位置通りだったようで、結果としておかしな向きで出現したカイセはそのまま地面に転がる事になった。
「――あ、ごめん。その忠告は忘れてた」
次いで役目を終えたシロがこちら側にやって来たのだが、本人は当然のように把握していたらしく、サラッと体制を変えて着地する。
そうして二人の通過が完了すると、開かれた穴はゆっくりと閉じて消滅した。
後には本来の閉ざされた扉が残されていた。
「……まぁいいよ。それよりもお疲れさま。それでここが次の――」
土汚れを払いながら立ち上がったカイセ。
そして目視する新たな階層の姿。
しかしそれは……
「ここって、ウチ?」
ようやく進めた次なる階層。
数字としては二十一番目。
だがそこにあったのは、見覚えのある建物の姿。
いやむしろ既視感しかない。
――そこにあったのは、魔境の森にあるはずの〔カイセの家〕の姿であったのだった。