第十一階層+α④/イカスミ領域
【キングクラーケン 脅威レベル6】。
宝箱から直接出現するという非常識さの割には、些か常識的な程度に収まった脅威レベルの巨大イカモンスター。
一般的な話をするならレベル6という時点で充分過ぎる程にヤバイ相手ではあるのだが、先のグリフォンがレベル9だったのを鑑みれば、やはり常識的範囲と言っても間違いではないだろう。
そしてグリフォンを倒した一行であれば、レベル6のキングクラーケンは数字の上では余裕の相手だろう。
だが、そう簡単に行くわけもないのが戦いと言うものだ。
『これは…イカ墨!?』
出現した巨大イカことキングクラーケンは、周囲に黒い液体をばら撒く。
イカの吐く黒い液体…要するにイカ墨なのだろう。
その黒い液体が海水を侵食、巨大イカの周囲を完全に黒い闇が覆い隠した。
更にそれだけに飽き足らず、侵食を続けてカイセ達も暗闇に飲み込まれた。
『視界が……感知も効かない』
黒に染まって視界が見通せないのはこの際は仕方がない話だろう。
だが問題は、こういった状況にこそ必要になる気配感知の類が全て反応しない事だ。
『魔力的な繋がりがあるはずのゴーレムすら居場所が分からない。繋がりは確かにある。あるのにその先が特定できないか』
ステルスやジャミングのような影響は、イカ個体を覆い隠すに留まらず黒い空間全域に影響し、味方の存在すら隠してしまった。
そこに――
『うぉおぁ!?後ろ!?』
後方からの衝撃で押し流される。
どうやら足による打撃がカイセに叩き付けられたようだ。
威力そのものはグリフォンの突撃に遠く及ばない為、きちんと防御は役目を果たしている。
だが足場が無く踏ん張りが利かない為、押されて流され姿勢を崩しかける。
『……天使なら誤射っても大丈夫だよな。とりあえず試しに…《水弾――ん?』
カイセはひとまず牽制がてら、叩かれた方向に一発の《水弾》を放とうとした。
だがその魔法が発動しない。
『マスター。この黒い水は通常手段では制御下に置く事が出来ないようです』
神剣からの指摘。
基本的に属性を持つ魔法には二通りの発動方法がある。
水属性の魔法を例に挙げるなら、〔魔力から水を生み出し放つ〕か〔水を魔力で操り放つ〕だ。
前者は水のない環境でも水魔法を放てる反面、水を作り出すのにも魔力を消費する。
後者は水のある環境でしか有効ではない上で操作に幾分か技量が必要になるが、出来合いのものを操るだけなので魔力が節約できる。
そして今しがたカイセが使おうとしたのは後者。
ここは海中、水など辺り一面好きなだけ存在する。
その海水を必要な分だけ纏め上げて放つ。
大量の中から必要な分だけきっちりと量を区切ると言うのもまた技量が必要ではあるのだが今は置いておこう。
問題はその魔法が不発に終わった事だ。
『それならいつも通り……』
次は前者、魔力から水を生み出し放とうとする。
しかしこちらは――
『あれ、黒く染まった?』
カイセの手のひらから出力された水弾。
それが一瞬で黒く染まり、そのまま周囲の黒い海水と一体化し区別がつかなくなる。
『飲み込まれた?……水魔法は駄目っぽいな』
理屈は不明だが、この黒い海水の中では水魔法が役に立たない。
ならば他の属性となるが、正直この状況に身を置き続けるのは拙い気がした。
『……一度上がろう。上下の位置取りは間違ってないよな?これ』
『大丈夫です。姿勢制御に関しましては常に把握しております』
何も見えない暗闇の中、海中とは言え自由に動き回れるのがあだになり、下手にバランスを崩すと上下感覚すら見失いかねない状況。
カイセ自身も一応注意はしていたが、目印が無ければ意識しててもズレる時はズレれ、それに気付く事も出来ない。
しかしそこは流石の神剣。
担い手の身体情報のトレースは何も言わずとも完璧なようだ。
『大きくずれたら指摘してくれ』
『了解しました』
そうして海上を目指して浮上するカイセ。
その間二度ほどイカの打撃を喰らいはしたが、防御が割り切られるほどでは無かったので状況からの脱出を優先して無視する。
そして辿り着く。
「――ふぅ…空が青い」
「おかえりなさい」
海面にまで浮上し、頭部を黒い領域から脱したカイセ。
そこに待っていたのは一足先に浮上していた様子の天使シロであった。
今は翼も無いのに浮いている。
「いつの間に?」
「カイセくんが黒に飲み込まれた直後。こちらからはちゃんと補足出来てたんだけど、そっちからは見失ってるみたいだったし、何より戦闘中は干渉できないじゃない?だから一足先に上がって来たの。多分こっち来るだろうと思って」
黒い領域の影響も、天使であるシロにまでは及ばなかったようだ。
そしてカイセが手を拱いて浮上するとこまで先読みして先回りしていたようだ。
「……とりあえず足場をっと」
右手を海中から引き出し、天に向けて掲げる。
そしてその手先から魔法によって水を生み出し瞬時に凍らせ氷塊と化す。
予想通り、黒い領域に魔法の発生点が振れていなければ水系の魔法でも影響を受けずに済むようだ。
出来上がった大きな氷塊は幾つかの破片に砕いて海に落とし、改めて黒の侵食を受けていない事を確認してからその氷の一つを足場として海から上がる。
「これでひとまず脱出完了っと。後はゴーレムは……」
周囲を見渡すと、ちょうどそのタイミングで姿を現すゴーレムの姿があった。
若干不安だったがゴーレムへの浮上指示もきちんと通っていたようだ。
そちらも勿論、周囲の氷の一つに上らせ、これで海中から全員が逃れた。
「何撃か受けてるな、やっぱ無傷とはいかないか。まぁ致命的な損害は無さそうで良かった。それじゃあ……」
ひとまず味方の把握は完了。
これで遠慮は必要ない。
するとそこに――
「――ちょうど良い。探す手間が省けた」
獲物を追って来たのか、巨大イカがわざわざ海上に姿を現した。
起きた波で足場の氷が揺らされるが、氷そのものがひっくり返ることは無かった。
「わざわざ有利な領域から出て来て……戻られても面倒だし、魔力惜しまずここで仕留めよう」
そしてカイセは一発の魔法を放つ。
「《極雷稲妻》」
晴れた空から予兆鳴く落ちた一筋の落雷。
その被雷先は目の前の巨大イカ。
ここは海上、海水を考慮して味方側に守りも張ってはいたが、雷撃は余所に流れる事も無く、ただ標的のみを確実に貫いた。
「討伐完了。だけど…扉はどこだ?」
キングクラーケンは光の粒子となって消えた。
しかし肝心要の次の階層への扉が、見渡す限り何処にも見当たらないのであった。