凡人勇者、誕生秘話?
あれはちょうど半年前の出来事だった。
「「「「かんぱーい!!」」」」
酒場で行われた祝勝会。
【冒険者:ロバート】は、同じパーティーの仲間たち三人と共に、その日の勝利を祝っていた。
「苦節一月……俺らもようやく一階のダンジョンボスの討伐に成功した!これで俺らも冒険者として胸を張れるってもんだ!!」
冒険者としては駆け出しの彼らは、本日ようやく最初のダンジョンボスを倒し、一階を踏破する事に成功した。
これはその祝いの席であった。
「いやぁ……冒険者に転職した時には、色々と不安もあったもんだが…ようやく軌道に乗り始めたな」
「そうだな……特にロバート何かはへっぴり腰過ぎて不安しかなかったが、まさかお前に救われるとはなぁ……」
「今回一番の功労者は間違いなくロバートだな!」
「そ…そんな事ないさ!俺はただ運が良かっただけだ」
日頃から気の小さいロバートは、恐縮して縮こまっていた。
「運も実力のうちさぁ!お前が居なかったら俺らは全滅してたんだ。そもそもここ一番の勇気が無くちゃ、あそこで立ち向かえもしねぇ!お前に勇者の片鱗を見た気がするぜ!」
「勇者か、確かに勇者だ!」
「俺らを救いし勇者様……いいねぇ!」
酒も周り色々とはっちゃけだした面々は、ロバートを勇者と祭り上げる方面に流れていった。
「勇者ロバートかぁ……もしかしたら本当に勇者なんじゃね?」
「マジか!」
「仲間内から勇者が……いいねぇ!」
「いやいや、そんなこと絶対にないから!!」
否定するロバートの声は、酔っぱらい三人には全く届かなかった。
「「「勇者っ!勇者っ!ロバートは勇者~♪」」」
三人揃って歌って踊りだす始末。
するとその時、ロバートの体に異変が起きる。
「え…なに?まって!何この光!」
ロバートの体が光り出したのだ。
光はだんだんと強くなり、そして視界は塞がれる。
その眩い光が収まると、ロバートの右手の甲には〔とある紋様〕が現れていた。
「何これ!?」
戸惑うロバートに、仲間の一人が答えを提示する。
「まさか……間違いねぇ!これは〔勇者の紋〕だ!!」
「何!?これがそうなのか?」
「お前なんでそんな事知ってんだよ?」
「俺、昔から勇者のお話が好きなんだよ。何度も絵本を読み返していた。本によって話は別々だったが、勇者の話に出てくる〔勇者の紋〕は、全部共通してこの紋様だった。だからこれは〔勇者の紋〕に違いねぇ!」
〔勇者の紋〕は勇者である証。
勇者に選ばれた者に出現する紋様。
「でもあれって、王様が任命した奴が勇者になるんじゃないのか?」
「そういう時のほうが多いが、たまにだけどこうして自然と紋様が浮かび上がってくる奴もいるらしくて、そういう奴を〔神命勇者〕と呼ぶらしい」
「神命……神様に命じられた勇者ってやつか!」
王様に任命された勇者は〔王命勇者〕。
こうして自然と浮かび上がった勇者を〔神命勇者〕、つまりは女神様に選ばれた勇者と呼ぶらしい。
「てことは何か?ロバートは本当に勇者になっちまったのか?」
「……そういう事になるな」
「マジか!すげぇじゃん!!本物の勇者様じゃん!!」
その後、酒場お祭り騒ぎ。
そして勇者の誕生を聞きつけた王城からの使者に連れられ、正式に勇者として〔聖剣〕を授かったそうだ。
「――ちなみにその時僕は、あまりの出来事に立ったまま気絶していました」
「……え、もしかして誕生秘話ってそれで終わり!?」
「はい。その後は訓練の一環として、この〔魔境の森〕の探索を任じられました」
「訓練のハードル高過ぎない?」
勇者ロバートによる回想も終わり、舞台は再び魔境の森奥地のカイセの自宅へと戻る。
子龍であるジャバに襲い掛かり、そして見事に返り討ちに遭い、そしてそのままジャバに戦利品として持ち帰られた青年〔ロバート〕。
カイセはそんなロバートをひとまず保護し、アリシア同様にベットに寝かせた。
そして目覚めたロバートに事情を聞いたところ、今のような説明が帰って来た。
「……ボソッ(アリシアはどう思う?)」
「……ボソッ(信じ難いですが事実かと)」
〔鑑定〕が使えるカイセとアリシアには、ロバートが自称勇者ではなく、〔勇者適性〕と称号を持った本物の勇者である事は理解している。
だがどうしても信じ難かった。
その理由がロバートの〔ステータス〕にあった。
個体名:ロバート
種族:人間(男)
年齢:21
職業:勇者
称号:強運の勇者
生命 100
魔力 060
身体 120
魔法 060
魔法(聖) Lv.1
魔法(火) Lv.2
特殊項目:
勇者適性 Lv.1
強運補正 Lv.7
ハッキリ言ってしまうと、勇者に選ばれたにしてはステータスが平凡過ぎるのだ。
冒険者として駆け出しのロバートは、それ相応の一般人に毛が生えた程度のステータスしか持っておらず、勇者に直接は関係の無い〔強運補正〕以外に特筆するべき点が一切ない。
〔王命勇者〕は元々実力と実績のある者が任じられ、〔神命勇者〕は素質や才のある者が任じられる。
「ボソボソッ(このステータスだと、元々適性があってその時に覚醒した訳でもなく、本当の本当に、その酒場で得たばかりだったのだと思います)」
〔勇者適性〕により得られる恩恵は、〔聖属性の適性付与〕と〔成長数値の倍化〕。
後者の場合、鍛錬の末に身体項目が1上昇するとしたとき、倍化が働き上昇値が2になるといったものだ。
つまり未成熟だが伸びしろの多い時に得れば最終的な数値も高くなるが、こうして大人になり、伸びしろが少なくなった後ではそこまで多くの恩恵には繋がらない。
その性質上、神命は生まれながらや幼少に与えられるのが通常らしい。
王命のように元々の強さがある者ならまだしも、目の前のロバートでは話にならない。
「……ボソボソッ(元聖女候補から見て、彼に強くなる才能というか、伸びしろがあるように見える?)」
「……ボソボソッ(正直そういう目には自信が無いですけど、どう見ても普通の方…冒険者としても怪しいくらいに見えます)」
カイセも同意見である。
仮にロバートに本当に強くなる素質が無かったとして、これから必死に鍛え上げて倍化が働いたとしても、一番元の数値が高い物理でさえ200に届くか怪しいと思う。
二人に理解できていない何かがあるのならまた別だとは思うのだが。
「……ボソッ(そもそも勇者のステータスを、私程度の鑑定レベルで全て看破出来てしまっているのが不自然なのです)」
カイセとアリシアは共に〔鑑定〕を持つ身ではあるが、その性能はレベルによって大きく異なる。
カイセはレベル10と最高値なのでほぼ全てに対して有効であるが、アリシアのレベルは3。
本来は〔勇者適性〕による守りで、閲覧できないはずだ。
だがロバートの持つ適性は最低値の1。
とりあえず持っているだけ程度だ。
「――もうぶっちゃけて聞いちゃうけど、そのステータスでどうやってここまで来れたの?」
繰り返すが、ここは魔境の森の奥地。
世界有数の危険地帯だ。
例え勇者と言えども、こんな平凡なステータスではエンカウント初戦で一撃死確実である。
にも関わらず、どうやってこんな奥地まで辿り着けたのか。
「――あ!聖剣がない!?」
そこでロバートは、自身に与えられた聖剣が手元にない事に気が付いて慌てだす。
「(……ジャバー)」
「(なにー?)」
例の如く発見者のジャバに《遠話》で確認する。
「(咥えてきた人間って、何か剣みたいのを持ってなかった?)」
「(持ってたよー。邪魔だから置いてきたー)」
「(それどこ?)」
「(この前と同じとこー)」
この前……アリシアの転移地点か。
ジャバのエンカウント率100%の特異点と化してないか?
だが手間が省ける。
カイセは前回同様、その座標から《転送》で引き寄せる。
「――なるほど、これの力か」
【聖剣イクスカバー】
〔全ステータス+250〕
〔魔法適性(全)付与〕
〔全レベル+2〕
一般的な武具のステータス補正は二桁台。
一流の武具でも+100ちょい行けばいい。
ましてレベル3スタートの〔魔法適性(全)付与〕など破格も破格。
要するに〔聖剣〕の強化のおかげでここまで来れたということだ。
「それは僕のです!返してください!!」
気弱そうに見えたロバートから、初めて怒気を感じた。
「ほれッ」
カイセは聖剣を投げて寄越す。
「うわっと…良かった……これが無かったら僕は……」
大事そうに聖剣を抱きしめるロバート。
その表情が…ちょっとやばかった。
「……ボソッ(これ聖剣に依存しきってない?)」
「……ボソッ(このステータスだと仕方ないかなと)」
魔境の森に足を踏み入れた凡人が生き延びるには、聖剣のチート性能に縋るしかない。
おかげさまでバッチリ残念な勇者が出来上がっていた。