3 懸命に。1
大道芸を見ていた場所は、確かに正しい道だったが、それでももう少し距離がある。
またアリコスはリドレイと手を繋いで歩く。
そうこうしているうちに、あっという間に孤児院の、グレー屋根の建物が見えた。
「アリーお姉様、ここ?」
「うん」
アリコスは少し黙って、立ち止まり、どうしてこれまで気付かなかったんだろうと、後悔する。
(でも平気、まだ間に合う)
「リド、あのね?」
(ああ、そうだ。どうやって説明すれば、私の悪評がこの子の耳に入らずに済む?)
「ニックネームを考えなきゃならないの。これから会う子たちに呼んでもらうために」
「へぇ。どんな風なのなの?」
「えっと、私はこないだ来た時リコに決めたわ。リドレイはどうしたい?」
「僕は…リドがいいな。いっつもアリーお姉様に呼んでもらってるから。あれがいい」
「そうよ、そういえばそのお姉様呼びも、ダメ。貴族の子ってバレちゃいけないの」
「なんで?」
なにも説明しておかなかったことが悔やまれる。
「えっとね…」
アリコスがいいよどむと、リドレイはしまったという顔をして、「わかった」と言いかけたが、アリコスの声に遮られた。
「だからそのつまり…ね?」
その言葉で始まった、ひとつひとつ選んで紡がれる文章は、このひとつめで既にただならぬ気配をまとっていて、リドレイは気付かないはずもなかった。
アリコスは続ける。
「…私は、良くない子なの。きっと身分を明かせば、みんな怖がって、二度と近づいてきてくれないかもしれない。…私、ね…」
さっきのイネックの姿を見たときのことが、何度も何度も思い出される。
目に涙が溜まるが、上を向いてごまかさんとする。
「…弱いの……」
声を絞り出した時には、涙が頰を伝った。
恥ずかしい反面、正直になれたのが救いだった。
「知ってたよ。でも、僕、アリーお姉様のこと大好きだから。それでいいでしょ?」
リドレイは言いきってしまった。
それからリドレイはまた強く、アリコスの手を握る。
アリコスは胸に熱く波打つものを感じた。
それはアリコスを、生きよう、と奮い立たせるものでもあった。
(リドレイからなにも奪わせない)
その決意とともに。
リドレイの見た目以上の力強さで、二人の両手で出来上がった大きな拳は、何度も揺れを繰り返す。
マッチは後ろから見ていて気が付いていた。アリコスお嬢様の手が震えているのを、力を込めて握ることで気がつかせまいといているのだということに。
そうして誰も何も言わず、ただたまに行き交う人が通り過ぎていくだけで、リドレイはアリコスの震えが止まるまで握り続けていた。
「じゃあ僕、リーレスにするね?」
「うん」
「それじゃ行こう。リコお姉ちゃん」
「そうね、リーレスっ」




