2 道化師
降りた場所は大通りではない。
ジムによると、大通りは人通りが多いのが普通らしく、大通りから少しそれた場所に止めてもらった。
「じゃあ、四時にここで」
「わかりました」
待ち合わせの約束をして、孤児院へ歩いていく。
「ねえ、アリーお姉様。僕、お友達できるかな?」
リドレイは必要以上のラメの入っていない落ち着いた服装で、アリコスの手を握る。
「大丈夫よ、きっとできるわ。みんな良い子だもの」
この中世びいた景観と後ろからついてくるセサリーとマッチさえいなければ、日本のただの少し裕福な家庭で美少年の弟とお使いにいくような気分なのに。
そう、少し残念に思う。
本当に嫌気が差すくらいに、スティラの事が思い出されてしまったのだ。
そこから連鎖して、イネック王子へと向かう。
(ああ。フラグは立てちゃダメだよ。うん、きっとなにも起こらないよ。私は、リド…ああっかわいい!)
「本当に?」
「うん」
「アリーお姉様がそういうならそうなんだよね」
上機嫌に笑みをたたえてリドレイが隣を行く。
大通り、というのは本当に人が多い。
人が波のように多くいる箇所もあって、リドレイに連れられて見に行くと、大道芸をしていた。
「あの人、おもろいね!」
あははっと軽快に笑うリドレイが、もう一度「おもしろいね」と言った時、それにかぶさるように「おもしろいな」という声が聞こえた。
リドレイの向こう側、よく顔が見える場所にいたのでつい、見てしまった。
「……っ…はっ…」
声は、出そうと思って出したわけではない。
ただ反射的に、誰かに存在を知らせたかった。
私がここにいる、ということを。
ーーーー誰に?
そう私が自分に問いかけている。
ジーンとした、太いギターの弦が体で響くような感覚がして、手足が痺れる。
あまり強く握られていなかったリドレイの手から、手がすり抜ける。
リドレイはまだ気が付かず、大道芸に見入っている。
浅い息を繰り返す。
手足の痺れが、感覚的に反芻し出したと感じ取った時、耳鳴りが始まった。
軽い吐き気、否、それに似た気怠さだ。
気怠さが全身を襲う。
「イ…っ!」
声を出そうとした。
私ではなく、体が。反射的に。
でもなにを言おうか気付いた途端、息を止めた。
深呼吸をしようと試みるが、上手く息ができない。
「イネッ……」
リドレイが、手を握った。
「アリーお姉様?」
雑音、大道芸人のカランコロンとした鉄琴のような音が耳に戻る。
リドレイがこちらを見上げている。
そう、思うのは視界に入っているだけで、ぼかされた焦点は合う事がない。
合わせなくては顔が見えないという考えさえ、ゆっくりとしか流れていかない。
まだ私は、イネックを追っている。
目で追ってしまっている。
ふと、消えた。
誰かの背中を通ってイネックがこちらを向いていた。
逸らそうとした。
が、一瞬遅かった。
目があってしまった。
しかし私の焦点はぼやけたり、治ったりを繰り返している。
すぐ、私が声を発することもなくイネックは体をこちらに向けたまま、振り返るように後ろの人を見た。
(背の高い男。ああ、ドルマンは知っている。流行好きでチャラい情報屋としてイネック王子と行動を共にしていた、キースのいとこ。褐色の肌でアラジンみたいな軽装。ファンにはそこそこ人気があったキャラクターだ)
とっくにリドレイが何度も話しかけている。
聞こえるのに、私はじっくりキャラクターの分析をしている。
イネックがその場を離れていく。
見えなくなっていく。
見えなくなってしまうのが、嫌なわけではない。胸が苦しいわけではない。
なのに見えなくなるまで、目で追っていた。
「アリーお姉様?」
何度目か、アリコスには分からなかったが、もう何度も呼んでくれていたのだろう。
耳鳴りは治っていた。
「ん?大丈夫よ」
胸の動悸を悟られないよう、できるだけゆったりとした声でリドレイに言って聞かせる。
危険だ。イネックは危険な存在だ。会ってはいけない。
アリコスがそう決めるまでもなく、とうに歯車は回り出していた。




