8 ビックアント
「卵はどうしますか?」
「1ダースは絶対よっ」
「俺たちもどのくらい入れるかとかわかってないので、3ダースくらいは欲し…」
「そんなことないわ。2ダースで十分」
「そうですか?」
「でも…」
「2ダース!」
目潰しのポーズをしてみる。
「だってさ、メイトにいちゃん」
エティの言葉に何か言おうとしたのか、完全にマクスの方向を向いていたメイトが、エティの方を向いて、後ずさった。
なんといっても、向いた方向から両目に指が向いているというのは、一種のホラーだろう。
「これ以上、譲れないわ」
「わ、わかったから。いや、わかりましたから」
「では2ダースの用意、ということでいいですね?」
「はい」「ええ」「うん」
「あの、ビックアントは本当に…」
「入れるわよ?」「膨らみますよ?」
「ふふふっ」
エティとハモってしまった。
笑いが込み上げる。
「ベーキングパウダーが何わかるまで試すかないじゃない」
「そうですよ」
「でもあんな…」
そういえばビックアントに限らず、モンスター全般が嫌われている。
悪さをするし、醜いので女性からの人気は全然よくない。
ただし、フェンリルやケンタウロス、ドラゴンなど、伝説級のA級、S級のモンスターは崇拝というか、好かれる対象にある。
ちなみにアリコスの知識で知る限り、ルィフラスティラエル国にもその近辺にも宗教は存在しない。
「仕方ないですよ、セサリーさん。アリコスお嬢様がこういってるんですから」
「そうでした!申し訳ありません」
「謝ることないわ」
セサリーは腰を90度におっている。
(綺麗な礼だ)
確かにそうだが、そんなこと思っていられない。
「顔を上げて。綺麗に洗えば大丈夫。ね!」
「まあ、はい。魔法で作る水は綺麗ですから」
(鑑定。魔法でつくる水)
ガラスの透明なコップに入った水が思い浮かんだ。飲料水、ということだろう。
「そういうわけで、ビックアント。えっと…2つ?」
「1つ?」
「初めてつくるものは失敗しやすいしな。2つくらいだろ」
「いや、あんま取れませんでしたよ。あのパンの型に入れるのに1個の半分は無くなるでしょうね」
「じゃあ…10個とか?」
「そうなりますね」
「そんなに…」
「大丈夫ですよ、そんなにかかりません。ざっと見積もって、銀貨1枚で足りるでしょう」
「そんなに!」
まあでも確かにそんなもんか。
牛乳が100円で買えた世界がおかしいんだ。
「どうしました?」
「ううん。なんでもないわ。今はまだ現金がないの。ろうそくで換算してもらえる?」
「わかりました。あとで計算します。発注は今日しますから、届くまでは倉庫のを使ってください」
「わかりました、マクス様。では。お父様もありがとうございました」
扉を閉めると、エティがそわそわしている。
どうしたの、と声をかけると、メイトが代弁してくれた。
「もうそろそろ厨房が忙しくなるんです」
もうそんな時間かと思い、彼らを拘束した時間の長さを感じた。
いつもいつも夕食直前、直後に人を拘束してしまうが、どうしたものか。
まあ今日はもう仕方ない。
「レシピは預けるわ。じゃあまた明日、パンケーキ…はダメだから、クレープがうまく出来たら教えて」
「はい!」
「わかりました。それでは」
さてさてさて?カイに運んでくるよう言いましょうか。
あ、早速だ。
でもこれは急を要することだろう。
部屋に戻るとセサリーにカイ探しを任せ、アリコスは勉強に勤しむ。
すっかり楽しんでしまったが、幼少期のアリコスの本望は勉強だったはずだ。
家族に見放されないために、またいつまでも管理権を許してもらうには、遅れを取り戻さなければならない。
こうして夕食までの時間、睡眠までの時間が過ぎていく。
そして夜になって眠る。
正直勉強なんて、嫌いだ。
キャンパスライフの方がずっと好きだ!
が、魔法が一番胸が踊る。




