2 失礼な子
たどたどしく話しかけると、青年はゆっくり、耳から手を離した。
顔に影が大きな影がなくなり、目が合うと、ルードリックお兄様に引けを取らない美少年とわかった。でももうイケメンだって驚かない。なんといってもこの数日ですっかり、家族と領民に、平凡な容姿というものを毒されてしまっている。
「悪いけどもう一回言ってもらえるかな。君のせいで耳が、ほら、キーンとして」
「ごめんなさい。お名前を伺ったんだけど」
「僕はノエタールだよ」
苗字を言わないのが、彼の礼儀なのかしら。
だが小綺麗な見た目から、失礼なやつだとは思えなかったので、ノエタールに合わせる事にした。
「アリコスよ。どうぞよろしく」
「よろしく」
手が差し出されたので、とりあえず握手をする。間違ってたりはしていないだろうか。
そう思ったのは、この世界での握手が初めてだったからだ。なぜかこれまでにも、女性が握手したところさえ見た覚えもない。
多少の男尊女卑があったから?それとも上流社会の話だったから?よくわからないけど。
とにかく、握手であっていたようだ。2冊の本の為に椅子をゆずらなかった私を許し、ノエタールは立ったまま話した。
「それでなんで叫んだの?」
「なんでっていきなり本が現れたからよ?」
「なのに独り言に答えが帰ってきたのは驚かないんだね?」
「独り言って分かってたの?いえ。そうよ、ノエタールさんっ」
「ふーん」
ノエタールは興味のないフリをして、またアリコスをからかおうとした。
「ノエタールさんはどうしてここに?」
ルードリックお兄様やリドレイより服装が地味で貴族っぽくない。とはいえアリコスの事をお嬢様とは言わないし、新入りの使用人でもアリコスの名を知らないはずがない。
一体なんの用事と権利があってここにいるんだろうか。
「ちょっと頼まれごとをされてね」
「そうなのね」
曖昧な返事すぎて、何も掴めない。
「アリコスさんは?」
「わ、私?私は本を読んでたの」
「知ってる。なんでここで読んでたの?」
「なんでって…」
ここは倉庫だが、あかりはあるし机もあるし、手すり付きの階段には腰をかけることもできる。
本を読む分に苦労はしない。そこになんでと言われても…家だし?暇だし?気になったし?
「気になった本があったからよ」
「『魔法の使い道』って本が?」
「ええ」
ノエタールがあんまり笑うので、ムッとして、何か問題でも?と言うと、ノエタールは『年版世界地図』と『年版貴族名簿』書かれた本を取って言った。
「アリコスさんはこっちを勉強した方がいいんじゃない?子供の使える魔法なんて限られてれるんだ。こっちのがよっぽど役にたつよ」
「あら、魔法も役にたつわよ?」
「そんなのルィフラエル学園でやってればいいじゃん。魔法が使える子より教養のある子の方が男は好きだよ?」
「なっ⁉︎」
私はどちらにせよ、イネック王子レベルとは付き合えるんです!形だけだけど…。
もちろんこういう雑学は役に立つには立ちますよ。
だから私だって貴族名は大体覚えてるし、地図も地形くらいはわかってる。
使用人でも知っておけば、尚いいような内容だ。
「ちなみに僕は全部暗記してるよ?」
「へぇそうですか。私も、大体…ならわかるわ」




