2 仕事です2
「失礼します」
ドアを開くと、真っ先に目に入ったのは、座高と同じ高さに積まれた書類を前にしたお父様と、もっとたくさんの書類の山に囲まれた眼鏡の美男だ。
この男がマクス。本人曰く、犯罪者(盗賊)と、自分勝手な輩(親の威を借る貴族とか貴族とか)、時間を守らないやつが何より嫌いだそうだ。
ただし新しい記憶が蘇らないので、ゲームには登場しなかったのだろう。たぶん。科学の学問さえないこのご時世、眼鏡は高価で金貨1枚。なのに執事といえばの期待を裏切らない。
そうそう、あのマクスに仕事を押し付けているくせ、頑張っている風にしているのがお父様だ。
(あーダメダメ!アリコスはそんなこと思わない子なの)
あきれ顔になろうとひき下がっていく頰を強引に引き上げる。
(そうよ、お父様だって仕事はできるタイプだし、それでもあの書類の山には勝てないってだけよ。だから大まかな書類の仕分けは任せて、最終決定でサインだけをしてるんだわ)
「お仕事、大変そうですね」
「ああ。しかし今日二人が見たような領民、しいては国民を笑顔にできるなら、私はいくら大変でも構わないさ」
かっこいい事言ってるだけにも聞こえるが、マクスの書類をめくる音の速さといったら。
この気の遠くなる書類の山を、一日とは言わずとも、数日かかって終わらせるには十分な速さだと思う。よく見ているとお父様も目は通しているらしい。疑っていたのも不思議だが、忙しいのは本当なようだ。
「あの…」
「なんだ?」
「今日はいっぺんに多くのことを頼むので申し訳ないのですが…」
「なんだ?」
「少しの間、マクス様から館の管理について伝授していただきたくて」
「いいだろう。しかしあまり拘束するなよ。一日二時間までだ。そうでないと私の仕事が、その、より大変になってしまうからな」
さすがは親ばかだ。ものすっごく優しい。
「はいっ!!ありがとうございます、お父様っ!」
今はかつてなくいい反応で、笑って感謝してくる愛娘にデレデレだが、主の過保護な父親っぷりのせいで、視界の端でただならぬ殺気を感じるせいで、マクスは息が持たない。
「そういうことなら、すぐにキリをつけます。それと明日までにマニュアルを作りますから、その後はわからないことがあれば聞きに来てください」
つまりこれは危機感からの、遠回しの出てけというメッセージである。
「ありがとうございます、マクス様。ただ一つ、急いでいることがありまして」
「なんでしょう」
まだなにか。という表情で、マクスは答える。どうやら今のお礼のせいで怒りを買ったらしく、やはり背後からの殺気のせいで冷や汗が流れる。
もし仮にアリコスが部屋の中まで来れば、位置的に、視線でセドリックに簡単な弁解ができる自信がある。しかし断定した、書類の紛失とを天秤にかけて、マクスは執務室への招待を断念して、返答を待つ。
「これまでの我が家の金銭管理と、我が家の現在の物の在庫が確認できる書類、そして私専用の貯金箱が欲しいのです」
「わかりました。ざっと用意に3日ほどかかりますが、いいでしょうか」
「もちろんです。ありがとうございます、マクス様、お父様。それでは失礼します」
扉を閉めると、ようやく深呼吸ができた。
なぜかお父様とマクス様、ふたりともピリピリしていて、すっかり、緊張がぶり返してしまったほどだ。
部屋に戻ると、カイがまだタンスを運んでいた。
「あとはろうそくを全部運び終えたら、戻っていいわ。明日も来てね」
「わかりました」
アリコスの笑顔に、カイはぞくっとしたものを感じて、タンスを運んびながら明日の予定を思い返した。
一方アリコスは早々に布団に潜る。外出といい、貯金と管理の件といい、忙しく体力も使い、相当疲れていたようだ。ほどなくしてすぐに眠ってしまっていた。