6 ノートはなかなかまとまらない
「セサリー、大丈夫?」
「え?ああはい。なんでしょう、何か忘れてる気がするんですが」
「多分これのことじゃないかしら。ほら、早く着替え終わってしまいたいのだけど?」
「ああ!はい、すみませんっただいま」
セサリーは慌ただしくショールを持って来て、肩にかけてくれた。
全く便利なシステムだ。
セサリーが着替えさせてくれている間、アリコスは考え事をしていた。
鏡にはもう、ステータスの青い光はない。
それにしても、鏡がないとステータスが開けない、という事は少し難点だ。でもカルレシア公爵家はお金持ちだから等身大の鏡がある。これさえ普段使いにできるなら、今後も問題ないはずだ。
とするとこれから幾度となく、どうやってセサリーを騙すか。それならいっそ面倒なので明かしてしまおうか。
だけどステータスというものを深く理解しないうちに、誰かに教えてもいいものだろうか。
(カルレシア家の人間はみんな信頼しているけど)
このところどころ抜けているメイドを、鏡越しに見つめる。
たまたま目があってしまい、浮かれない顔のアリコスにセサリーはきょとんとして、途端に不安に襲われた。
「また具合が悪くなりましたか?」
「ううん、そういうのじゃないの」
一番当たり障りなく答える。するとセサリーはとりあえず見守ろうかと決めたようで、それ以上は言及してこなかった。
(うん。他の人ならまだしも、こんなちゃっかりした人物に教えて秘密が漏れないとも限らない。ひとまずは黙っておこう)
「はいできました」
アリコスは一周回って、鏡に映る自分の姿を見てみる。
いつものような、少し派手な色のドレス。ちなみにセサリーのセレクトだ。
アリコスはアリコスで地味なものも探したけど、何故か───ワンピースもなかったけどドレスは一層ない。
「ありがとう」
セサリーはひたすら感謝の言葉に慣れず、感銘を受けている。
「さて。今日はノートを何回か読むつもりなの。セサリーはどうする?」
「そうですね、アリコスお嬢様は何か欲しいものがありますか?」
「そうね……」
必要そうなものがないか、あたりを見回してみる。
この部屋には、というかこの屋敷自体、不要なものばかりで不足がない。
が、そういえばここには本がない。正確には小説がない。私好みの娯楽が抜けているのだ。テレビやスマホがないのは100歩譲っても、本がないのはちょっと困る。
「小説ってある?」
「ああ、ありますあります。でも第一倉庫ですね。ちょっと時間がかかりますがよろしいですか?」
アリコスはどこで遮ろうか少し悩んでいたところだった。
すっかり忘れていたが、そういえば第一倉庫には【あいうえお】があるのだった。あれもトレースして見ておきたい。
それにしても第一倉庫はどのくらい広いのだろう。実は本だらけだったりするのではないか。とにかく何にしろ、自分の足で行って、自分で本を選びたい。
そういえば前世では、家には本を置きたくない分、図書館は本をただで借りられる宝石箱のように思っていたのだ。
「いいわ。私、自分で行くわ。ほら、早く早く」
「え…」
セサリーはいつからか、アリコスの手に抱えられている二冊のノートに目を向けたが、アリコスは相手にしないでどんどん歩いて行こうとする。
「セサリー、早く」
「はい!」
朝起きた時はノートを覚える勢いでいたが、どうやら今日は目を通して終わりそうだ。