2 お夕飯
「アリコスお嬢様、そろそろ」
「わかったわ」
暇だからと、もう一度読み直していたカタログ達を置く。
ついさっきまで作業をしていたはずのセサリーは、もう扉の前で待っている。
昨日と同じように、階段と長い廊下を進み、私の館の出口を目指す。
そういえば、子供にも自分の館がある事自体おかしいのだ。今度、見取り図を作ってみたい。それで何をするというわけでもないから、不必要ではあるんだけど。
「もうすぐです」
出入り扉の茶色と、金具の金が反射して見える。
そこからは2、3分で母屋に着き、食卓につけた。
「アリー、元気になった?」
「はい」
「レイ。まだ元気になるわけないじゃないの。病み上がりなんだから」
「あぁ、やっぱりそうよね」
「ううん。あの、ほんとに元気ですよ?完全復活ではないですが」
顔色が悪かったのか、完全復活の言葉が悪かったのか、お母様は顔をしかめた。
「油断は禁物よ?」
「はい、気をつけます」
「わあ!アリーお姉様だ!」
「リドっ」
リドレイがダッシュで駆け寄ってくる。
腰に手を回してにっこりとする弟に、当然悪い気はしない。
「リド?走っちゃダメって何回言ったらわかるの?」
「だってアリーお姉様が…」
お母様の声にびくりとして、リドは腰から手を離し、直立する。
「アリーが?」
「いたから…」
犬のように、しゅん、と耳がさがるように見える。
かわいい。天使だ。
きっとまた埃がたつから、とか、廊下は走るな、とかそういう正論で叱っているのだろうけど、助けてあげたい。話していたい。でもずっと見ていたい気もする。
「廊下は?」
「走っちゃダメ」
「これからリドは?」
「走りま、わからないです」
「リドったら」
私の後ろに隠れたリド、10歳のかわいい天使(少年)相手に、お母様が持て余しそうになっている。
普段三人でご飯を食べているときは、こんな感じだ。
いつもリドがちょっとやらかして、改善の余地がないので、お母様が困る。
そこで私の登場だ。
「リド?これからは走っちゃダメよ?」
「うん」
「絶対よ、わかった?」
「うん」
でも私のリド好きは少し増したかもしれない。
手を開いてスタンバイする。
「おいで?」
「やったー!」
身長はまだ私の方が頭半分くらい高いけど、いつか越されて、立派な騎士様になるんだな。リドが本当に守ってくれたら、と思うと、今でも嬉しくなる。
「リドは私とアリーのどっちの方が好きなのかしらね?」
「さあ?」
「怖くて聞けないわ」
「どちらにせよ、私はきっと三番目ね」
可愛くて仕方がないけど呆れ気味な、お母様とレイお姉様の声が聞こえる。全くどっちの方が好きなんだろう。アリーお姉様!とかわいく言ってくれたら嬉しいけど。
「アリーじゃないか」
「ルーお兄様!」
「ほんとだ、ルーお兄様だ!」
「おおリドっ、またくっついてるのか?」
「うん!アリーお姉様がいいって。ね?」
「うん」
「そうか。でもお父様が来たら二人とも席につけよ?」
「はい」「はーい」
「あ、お父様だ」
「あっ」「あっ」
「ん?呼んだか?」
「ううん。お兄様と遊んでたの」
「お父様が来る前に席につけたな。二人共、偉い偉い」
ルードリックお兄様の手が、アリコスとリドレイの頭へと伸びて頭を撫でる。
身内とはいえ、兄がこんなにイケメンだと、ドキドキしてしまうものなのか。
「ああっ!僕がなでなでするっ」
「はいはい」
ルードリックお兄様が両方の手を引くと、リドレイが頭の上に乗る。そして四方八方にゴシゴシする。
リドは撫で撫でをなんだと思っているんだっ。
でもそんな子供っぽいリドは、すっごくかわいい。
「もぉ、わしゃわしゃしないのよ?」
せっかくセサリーがハーフアップに整えてくれたけど、髪をおろしてそっと撫で付ける。
「もうご飯にしよう、リド?」
「えー、うん」
それにしてもリドはみんな集まって嬉しいのだろう。すごくはしゃいでいる。
「さてリド、今日のご飯は何かな?」
「オムレツと、マーマレードのパイ!」
「さあ、どうかな?」
「ふふん」
リドレイはもう確信したみたいに得意げだ。
そしてその後、他にも品数はたくさんあったけど、この二品も出てきた。