1 大量のクッキー
【作者より】
気がついたら、投稿予定日から随分日があいてしまいました。遅くなってすみません。ここから数ヶ月分はもう書き上がっているため、遅れはないと思います。今後ともご愛読頂けたら嬉しいです。
「だめです、アリコスお嬢様。お嬢様は荷物を持ってはなりません」
おそらくジルの呼び止める声がして、アリコスが厨房に入ってきた。
「そうだったわ!ジル、お願い。そんなに重くはないのだけどね?手を離すわよ」
「はい」
フィオラによるとレイシアはこのクッキーを絶賛していたらしい。アリコスは大量に作られてしまったクッキーを見ている。
(もったいないわ。100個?一体どれだけの数があるのかしら)
「ハレルド、あなた一体どれだけの使用人がこの屋敷にいるか知っている?」
申し訳なさそうにするハレルドにアリコスは手を振って聞かせた。
「大丈夫、今日マリコッタさんに聞くわ」
「はい。ただ厨房に6名、他の管轄でも15人程勤めていると把握しています」
「分かったわ。メイトの具合は?少しでいいの。話せるかしら」
「はい、おそらく」
「どこにいるの?」
アリコスはなんでもないようにハレルドを見つめた。
アリコスの後ろでセサリーが首を振っている。
「……まさか。っ」
(21人…。5×21で100枚くらいならみんな食べちゃうんでしょうけど、砂糖は高級品だったかしら?)
ハレルドの目に映るアリコスは、表情に出さず考え込んでいる。
「私がお連れします」
「え、だけど…!!」
「メイトは平気です」
まもなく厨房にメイトが呼ばれた。ハレルドが彼を支えて来た。
その様子は明らかに平気ではないが、心なしか先程よりシャンとしているように見えた。
「お疲れ様ね、メイト」
「いえ」
声に張りがあるように感じられる。
「それで、聞きたいことはたったひとつだけなのだけど。一体あなた何枚焼いたの?」
アリコスは申し訳なさと呆れが半々といった様子でメイトに聞いた。
「それがもともと300枚だったのですが、少なくなって種を作り直したのです。それで自分が作った分が600枚」
「え!?しかも、自分が作った分って…、エティもつくったの?」
「いいえ、僕は」
いつの間にいたのだろう。いて当然ではあるがエティがセサリーの後ろから声をかけた。
「え?」
「誰だと思いますか?」
ハレルドが笑いを含むような顔でいった。
「だれだと思うって…」
(この言い方はハレルドしかいないわね)
「…もしかして、ハレルド?」
「アハハハハハ」
(つまり……?え、誰?)
「やっぱり笑いをこらえるのは難しいですね、俺にはダメだ。ハハッ。リドレイ坊ちゃまですよ」
「あー、え、リド?」
ハレルドは無言でうなずいた。
「でもそれならそうと……」
(なぜ言わなかったのだろう?私を驚かせるために練習をした?それならハレルドがこんな風に言っていいのだろうか)
「孤児院へ配るために作っておいででした」
「あー、なるほど!」
メイトとエティが不審な顔をしている。
「……え?」
「それがもう大層評判で」
と、ハレルドは心地良さそうに話続ける。
「ハレルドさん、それってつまり…」
「つまり、兄ちゃんの大事なクッキーの種をとったのは…」
「うん?リドレイ坊ちゃまだが?」
「あーーーーー!怒るに怒れないじゃないですか!」
(雇い主だものね……。)
「あ、それで、また頼みたいと」
「無償で?」
「あたり前だ!」
「僕らの苦労は!」
「それは孤児院に言っても仕方ないだろうが」
「……度し…がたい」
メイトは力が抜けたようになっている。
たしかにそんな600枚にも及ぶ量を、魔力を使いながらとはいえ混ぜるのは辛かっただろう。