あたらしい宿題ができてしまいました
アリコスになってからのアリコスにとって週末が期間を測る指標だった。
監禁されている感覚を感じたくなかったから尚更日付を書かないようにしていた。
レイシアの滞在は一週間よりも長かったそうだが、その習慣を野放しにしていたら、その事までわからなくなってしまった。レイシアの到着と共に、夕食は毎日屋敷にいる家族全員で食べるようになっていた。そのせいで週末の感覚もなくなってしまったからだろう。
(誰に聞けばすぐに調べてくれるのだろうけど、そこまですることではないわね)
「メイト、紙に書くからクッキーの種類を教えろ」
「メイト、レイシアお嬢様にお伝えするからクッキーの保存方法を教えて」
「だめじゃないの。ここは王都に近いけれど、1日半はかかるのよ。王都に持っていけるのは日持ちをするものだけよ」
「メイト、僕が持つよ」
「メイト、一体何枚作ったんだ?」
「メイト、」「メイト、」「メイト、」……
前日、当日。ハレルド、エティ、アリコスに散々話しかけられて、使用人とリドレイ、アリコス、フィオラがレイシアの見送りをする間、メイトは目に見えてくたびれてしまっていた。しかし一昨日から二週間まえよりもずっと生き生きしている、とおもうのは厨房にずっといたメンバーだけだろう。
現に馬車が出た今、メイトは立っているのがやっとという具合で、雇い主の家族のお見送りだから礼儀を守っているという様子だ。メイトほどではないが疲れの色が見えるエティに代わり、今はハレルドが彼を支えている。
「それじゃあね」
「はい」
リドレイがぎっと手を握りしめている。
「リドも」
「っ…はい!」
「気を付けてね」
「はい、お母様」
そしてレイシアは馬車に足をかける。
それは貴族的な空間でアリコスはまるで自分が昔から貴族であったような心的既視感に襲われた。
「アリーお姉様!」
「なぁに?リド」
リドレイの言葉でアリコスは現実に引き戻された。
「僕はアリーお姉様ともっと遊びたいです!」
「リド。リドはレイが行ってしまって悲しくないの?」
「それはもちろん悲しいですが……」
「ではレイにまたきてもらえるようにお手紙を20通り書いてきなさい」
「でも僕そんなに書くこと……」
「リド。国語力よ」
「ご存知でしたか」
マリコッタが言う。
「リドレイお坊っちゃまはまだ型式に嵌めて文章を書くことが苦手でいらっしゃいます」
以前、リドレイの書いたアリコス宛の手紙をマリコッタが封を開けたとき、その場にいたフィオラもマリコッタの言うことがわかる気がした。リドレイは文章が極端に長く、言葉の意図を読み取りにくいような文章を書くことがある。
「それ以上に、他のお嬢様に読んでもらう文章を書くことが苦手でいらっしゃいます。ですから20通り書いても私が添削をすればすぅぐ2、3通りに減ってしまいますよ」
「えぇ!」
「そうですね。手始めにルードリックお坊っちゃまにも5通りほど書いていただきますかね」
「うぅ……きっと読んでくれないよ。ルーお兄様はお忙しいもの」
そうでなくても伝わることを、それではいけない、とひとつひとつ矯正していかなくてはならない。
貴族の幼少期間の大半はその作業に当てられる。カルレシア公爵家が貴族の長、もとい威厳をもって貴族の尊敬を集めるにはより高い精度も求められる。
(リドがかわいそうだけど、姉としてそれを受け入れられるように手助けするより他ないわね)
「リド、あとで厨房にいくわ。クッキーを届けさせようかと思うの」
「クッキーはいいです。もう沢山食べました」
「メイトが?」
「いいえ、ハレルドさんが。だからもうお腹一杯です」
まあ、と言ったのはマリコッタだろうか。
「ではお夕飯はどうなさるんですか?」
「ああ…、食べなくては…」
「食べないのであれば明日から1か月はお菓子は差し上げられませんね」
「そんなぁ」
「ではお菓子は3分目に留めるよう、心がけるべきですね」
「…はい」
(ああごめんね、リド。他に私にできることは…)
「私相手になら」
マリコッタさんが振り向いた。
「20通り書けるかしら?」
「アリーお姉様に?」
「………うん!がんばる!」
じっくり考えたあと、リドはパッと顔をあげた。
天使の笑みでちいさくガッツポーズをしている。
(か、かわいい)
圧倒されながらアリコスはセサリーと顔を見合わせているマリコッタに聞いた。
「私も書いてよろしいですか?」
「えぇそうですね、添削いたします。アリコスお嬢様は文語体でおかきになったあと、旧魔法語体、新魔法語体で同内容を箇条書きにお書きになってください。お嬢様の苦手な単語テストですよ」
(ああ、マリコッタの笑みが怖い。けどリドの笑顔が見たい。リドにこんなひきつった顔をさせるなんて!)
「…わかりました」
週末もなくただでさえ忙しいというのに宿題が増えてしまった。




