1 昔のスケジュールが始まろうとしている
ノートがいくらか高級品だからだろうか、机に置かれていたのは紙の束だった。
その横に、メイトがここにレシピを書いたらしい広げられた紙があった。
メイトのレシピは完璧だった。
十分に実現可能で、見た目や味のイメージだけでなく、量も食べやすさにまでこだわった、愛のある焼き菓子だった。
「綺麗ね」
漏れた言葉に自分でも驚く。
挿絵はうまいが、綺麗とは言えない。
いくつもの消した後も消えきってはいない。
だがこういうお菓子が長く残り続けるのかもしれないと思わされた。
「アリコスお嬢様は?」
「ううん、なんでもないの。まだ未完成だから見せられないわ」
アリコスはノートを背に隠す。
「?そうですか」
「それで…メイト、それを完成させて頂戴」
メイトの顔が輝く。
「じゃあ完成したら呼んで」
「え?」
エティが間の抜けた声を出した。
「私、マリコッタさんにもうそろそろ元のスケジュールに戻そうかって言われちゃったの」
アリコスは笑って見せる。
「そうですか」
「そういうことだから、じゃあね」
「はい」
こうしてアリコスは厨房を出た。
「さてさてさてさて?」
部屋に戻って真っ先にやることといえば、ノートを開くことだ。
手に持っていたノートの、文字の書かれたページの一番上に、【開業してからイベントとして】と書き加える。
そして今度は『1冊目』を開いて、
【・魔法と剣術の練習
・スキルのレベルを上げる
・ダンジョンについて知る
・本をたくさん読む】と書いた。
いくら今のカルレシア領が平和だからといっても、今後もそうかというとわからない。そしてなにより貴族は街で襲われる、という印象が前世より根深いのだ。
次にダンジョン。これは何があっても外せない。生き残るためには強さが必要。強さといえば実践だが、こないだみたいに街でそう何度も遭遇したくはない。
そして本。これはもちろんこの世界への好奇心でもあるが、ノエタールに負けたくないのだ。
(なんて。次いつ会えるか分からないのにばっかみたい)
「アリコスお嬢様、今日から毎日お勉強。お作法、筆記に、ダンスに、魔法基礎、剣術基礎の授業です。体調が悪くなったら私が気が付きますからね」
それは…なんとも…恐ろしい。
休みがないってことではない?
「マリコッタさん、あの、もうすこーし減らしてもらえたりは…?」
「しません。アリコスお嬢様は、カルレシア公爵家のご令嬢。国でも指折りのご令嬢ですよ?その上こんなにお綺麗なんですから。努力を欠いて品位を落とすなんてもったいない‼︎」
「ま、マリコッタ?私…」
ふいに元のアリコスの記憶が流れ込んできた。
課題を難なくこなすアリコス。それを終えたら、休んで外へ出て、昼寝して…
(もしかしてこれは時間の無駄なのでは?)
「マリコッタ、授業を振り替えてって、何日か休みができない?」
「ええ。これまでの1.8倍の量にして、3日間と半日。1.2倍の量にして1日休みができますね。ですがどうかしましたか?」
「ちょっと、キツいなって思っただけ。そういうわけだから週1の休日を私に頂戴」
「はい。ではそのように」
こうしてアリコスは休日と午後のいとま《自由時間》を手に入れた。
「そういうわけだから、棚ごとに本を持ってきて、セサリー」
アリコスは楽しみでならないというような笑顔で告げるのである。




