5 気付けば水遊びの季節
「飼ってもいいですか?」
リドレイのその発言は結構な衝撃を館に走らせた。
子供に甘いフィオラは、案の定快く許可したが、家に獣を入れて飼うという概念は使用人たちの間にはなかったらしい。
ましてリドレイの館にそれようの部屋が設けられ、リドレイの絹のベッドに寄り添って寝る、などとリドレイが言い出すいう現象は使用人たちを非常に驚かせた。
それが元となり、これからしばらくの間、フェルとフェルにまつわるリドレイの一挙一動は毎度使用人たちを賑わせることになる。
「フェル。お風呂入ろう」
フェルは最初水を怖がった。
アリコスは先程の路地での記憶がこびりついているのかと思い、リドレイも無理に強要はしなかった。
ただポーションの効果で出血は完全に止まったものの、毛にこびりついた血が固まってきているのが気になった。
そこでアリコスは妙案を思いついた。
「セサリー、優しい水を遠くまで出せる魔法を教えて」
アリコスはセサリーに教わった魔法をリドレイにも伝え、二人で並んで数分間練習をした。
その間フェルは、何事かとアリコスたちを一度見たきり、しきりに芝生に寝転び体を擦り付け、少しでも血を取ろうと頑張っていた。
「いくわよ?」
「うん」
「流水放射」
芝生に寝転んで、軽い休憩をしていたフェルは、突然体にかかった水の粒にひどく驚いた様子で飛び上がった。
きっとフェルは大真面目に警戒したのだろうが、アリコスたちにはとても愛らしく思われ、笑ってしまった。
「流水放射」
リドレイは完全にフェルを的にして水をかけたため、フェルはさっきより水かぶったが、まだ未熟なリドレイの腕前ではされてしまい、フェルが身震いするまでもなかった。
「リド!流水放射」
アリコスは悪ノリして、リドレイを的にする。
すると本当にもろにかかってしまった。
しまったと思って少し困っていると、肩に水がかかり、アリコスは軽く悲鳴を上げた。
「やったなぁ!流水放射」
リドレイはもう一度かけてきた。
「ふふふっ流水放射」
「流水放射」
海でなくても水遊びができる。
魔法はとても便利だ。
こうして何度も水を掛け合う。
もうわかるだろうが、アリコスの妙案とは水遊びにフェルを巻き込むということで間違いない。
しばらくそうして遊んでいた。
いつのまにかフェルも楽しんでいて、自ら水を被りに跳び上がったりもした。
夏と変わらない暑さと言っても、そうずぶ濡れでは風邪をひいてしまうと言うセサリーとマッチによって水遊びはお開きになった。
「フェルっ。ずぶ濡れだね。あはははっ」
「洗っちゃう?」
フェルは広い口角を上げて、舌を出して見せた。
そういえばフェルは、アリコスたちにはもうすっかり警戒していないように見える。
「フェルぅ…了解ってことだね?」
その直後フェルが身震いをしたせいで、リドレイ達は肩に羽織っていた大きな乾いたタオル越しに水をかぶった。
幼いアリコスたちにも、セサリーにもそれは愉快な事だった。もっとも一緒にかかったマッチはそうでもなかったが。
ともかく目的は達成されていた。
フェルはレイチェルに引き渡し、洗って、ブラッシングしてもらうことになった。




