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第6話 魔道リーヴァ発動

「20年前、この土地に突如現れたショウヘイという男は、紛争で苦しむ国境沿いの人々をうながし団結させた。人々はショウヘイをリーダーと仰ぎ、武器を手に取り、ヤツギとダゾンの両国相手に、独立を勝ち取るための闘争を挑んだのじゃ」


「もう俺たちの土地に入ってくるな!」


「今日から俺たちは、ヤツギ人でも、ダゾン人でもねえ! 俺たちは俺たちの国を建国する!」


「激しい戦闘の末、人々はついに独立を勝ち取ったのじゃ。ヤツギ王国とダゾン王国の狭間に突如、コオローンという独立国家が生まれたわけじゃな」


「そういう意味ではショウヘイは建国の祖であり、王ともいえる」


「コオローンの王……!」


「そうなるべき男であった。だがヤツには分っていたのじゃ。真の独立を勝ち取り、平和を取り戻すには、ヤツギやダゾンと交渉しても無駄だということを」


「アデルセンと、ガナハがその背後にいるからですね」


「そうじゃ。ちょっとは分かってきたようじゃの。この両国の野望がある限り、いつなんどき再び始まるかも知れない戦争に怯え続けねばならん」


「ショウヘイはどうしたんです?」


「17ヶ国同盟じゃ」


「そのショウヘイって異世界から来た男が17ヶ国同盟を作ったんですか!」


「うむ。コオローンを独立国家として世界中に認めさせ、ヤツギやダゾンがおいそれと手が出せないようにするため、17カ国同盟という史上初の世界的組織を作り上げたのじゃ」


 ユーリクの言うところによると、ショウヘイは、コオローンを離れ、世界中を旅した。各国の首脳や実力者を説き伏せ、世界的同盟設立の機運を盛り上げていったのだ。アデルセン共和国とガナハ王国は最後まで同盟への参加を渋ったが、ショウヘイが七賢者からの具申ぐしんをとりつけると、その趨勢すうせいに逆らえなくなった。そしてついに世界の主要17カ国による歴史的な同盟が結成されたのだ。この17カ国同盟によって、すぐさまコオローンは完全な独立国家として認められた。


「時期も良かったのじゃ。あの頃は、魔王どもの攻勢が激しく、世界が一丸となる必要があったからの」


「ショウヘイはその17ヶ国同盟を率いて、魔王との戦いに臨もうとしたんですか?」


「違うな」


「え?」


「魔王どもじゃ」


「魔王……ども? ちょっと待ってください、魔王どもってなんですか? 魔王が何人もいるんですか?」


「当たり前じゃろ。世界に王が何人も存在するように、魔王も一人ではないわい」


 眩暈がした。


(なんだ、そりゃ? いったいこの世界はどうなってやがる? たくさんの国を同盟させる? それを率いて複数の魔王と闘う? え? 俺はいったいこの世界で何をすればいいんだ?)


 その「ショウヘイ」とかいう異世界から来た先人は、なんというスケールの人物なのだろうか。根本的な部分で俺と違い過ぎる。この世界で勇者になれるかも知れないと一瞬でも思っていたのが恥ずかしい。むしろ異世界に行きたい……。


「もっともショウヘイは、その戦いの前に突然、姿を消してしまったがの」


 ユーリクは小さくため息をついた。 


「ゲンゴ、ユーリク!」


 ルヴィ―様の声がユーリクとの会話を遮った。彼女は手招きして俺たちを呼んでいる。


「準備が出来たようじゃな」


 ユーリクはそそくさと立ち上がった。俺も半ば呆然としながら付き従う。


「ルヴィ―様がことを始めるにあたって話があるそうじゃ」


「ルヴィ様が?」


 撤回、撤回。異世界になんかに行きたくない。またルヴィ―様とおでこをこっつんこ出来るのなら、それ以上に何を望むというんだ。まったくもう!


(ルヴィ様…! 息が、彼女の息がかかる! ああ、もう死んでもいい!)


「何を考えている。念話中は集中してもらわねば困る」


「す、すいません!」


(邪念は伝わってしまうのか。気をつけよう)


「ユーリクから聞いていると思うが、私はこれからこの森を消滅させる。これにはリーヴァという魔道を使用する。ここ数年かかって防衛研究所が開発したものだ。リーヴァの効果は、生物を本来あるべき姿にするため、破壊と再生を行うというものだ」


「意味はさっぱり分からないけど、すごいですね」


「実はまだ研究所内で小さな範囲にしか試していない。つまり実験段階だ」


「じゃあ本格的に使うのは今回が初めて……?」


「そうだ。これが成功すれば、人類にとって大きな希望となる」


「ず、随分大きな話ですね。頑張ってください!」


「実はそのことについて話がある」


「なんですか?」


「誠に言いにくいことなのだが」


「遠慮せずに言ってください! 俺がお役に立てることなら、なんだってしますよ!」


「そう言ってくれるとありがたい。この術理公式を使用するにあたって助けが欲しいのだ」


「と、言いますと?」


「お前には、この森に残って欲しい」


「は?」


「魔道を発動するとき、この森に居て欲しいのだ」


「つ、つつつまり、なんですか? 俺に森に残って、森を消滅させるという、あなたの魔道をくらえと?」


「簡単に言えばそうだ」


「そ、そ、それでは俺も消えちゃうんじゃ?」


「大丈夫だ。研究所ではネズミで実験したところ、なんら変化はなかった」


「ちょ~っと待っててください! 俺はですね、一応、ユーリクと雇用関係を結んでいてですね、彼に聞いてみないと勝手なことは……」


「大丈夫だ。ユーリクも了解済みだ。だが、覚悟のほどをお前に直接、確かめたかったのだ」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」


 俺は、慌ててルヴィ様から額を離した。


「あのジジイ、俺を実験動物として売りやがったな?」


 これはもはや一宿一飯の義理では賄えない話だ。辺りを見回すと、ユーリクは難しい顔をして地面をのぞき込んでいる。先ほどルヴィ様がヒカリシダの種子を用いて描いた術理公式を眺めているらしい。


「ふーむ、なかなかのものじゃのう。さすが防衛研究所が数年をかけて開発しただけあるわい。かなりの複雑さじゃ」


 それは俺の知っている(もちろん、アニメ、ゲーム、挿絵他の知識だが)いわゆる魔法陣然とした円形ではなく、複雑に入り組んだ巨大な紋様だった。紋様を構成しているのは、この世界の文字や数式だと推測される。


 いやいや、そんなこと言ってる場合か!


「ユーリク!」


「なんじゃ?」


「俺を売ったな? 俺はモルモットじゃねえぞ!」


「すまんの、人手が足りんのじゃ」


「すまんで済むかっ! 下手すりゃ死ぬんだぞ?」


「心配いらん、大丈夫じゃよ」


「いやいや、ユーリク、言ったよな? 森に残ったら消滅するって言ったよな?」


「ふむ。確かに言った。しかしその後、再生することは言っておらんかったな」


「さ、再生だと?」


(どういうことだ? いっぺん消えてまた復活するってことか?) 


「いやいや、死んでるって、それいっぺん死んでるって!」


「なんの心配もいらん。ワシが請けあってやる」


 ジジイはニヤニヤしながら自信たっぷりに言った。


「はあ? あんたが請けあったところで何になる?」 


 俺たちが言い合っているとルヴィ様が困惑顔で俺に話しかけてきた。もちろん意味は分からないが、もう騙されんぞ、この赤鬼女! 綺麗な顔して人を死に追いやる魔性の女め! 人が惚れてるからって命まで奪う権利はない!


 ルヴィ様の腕が強引に俺の頭を捉え、自らの額に押し付けた。ああ、うっとり。


「すまない、だが、話は最後まで聞いてくれ」


「お、俺にネズミの役目をしろって言うんでしょ?」


「そうではない。私も森に残るのだ」


「へ?」


「これほどの術理公式は、本来、何人もの魔導士が協力して発動するものなのだ。それほどまでに使用者の負担が大きい」


「それをルヴィ様一人で行うんですか」


「そうだ、それに今回は遠隔操作の準備もない。安全圏から魔道を発動させることが出来ない」


「さ、最悪の条件じゃないですか」


「やむを得ない事情がある」


「その事情とは?」


 まさかユーリクと同じで人手不足とか言うんじゃないだろうな。


「…………」


 無言のうちにルヴィ様の深い苦悩が伝わってきて、それ以上訊くのが躊躇われた。ここまでして遂行しなければならないこととは何なのだろうか。


「この魔道を行う際、私はどうなってしまうか分からない。そのときお前は、何が起こったか見届けて欲しいのだ」


 ルヴィ様は本当に命がけらしい。俺は初めてそういう人を見たが、その迫力、その明瞭さ、死を賭してなにかを成し遂げようとするものは信頼するに足る。


「お、俺、やります」


「そうか、頼めるか」


「その代わり条件があります」


「おお、私に出来ることならなんでもしよう」


「死ぬ気でやれ」という言葉があるが、「死ぬかも知れない」という状況も、結構な瞬発力を生むものだ。


「彼女いない歴=年齢」のままで死にたくないっ! 


 この一心が、とてつもない冒険を生んだ。


「俺のお嫁さんになって下さい」


 言葉にしてみて分かったが、どうやら俺はルヴィ様に一目惚れしていたらしい。


「あはははは! 分かった、考えておこう」


 ルヴィ様はプロポーズを冗談と受け取ったようだ。同時に、しゃれた言い回しでの承諾だと思ったらしい。


「ゲンゴ、ありがとう」


 そう残して、彼女は額を離した。


「考えておく、か……」


 少なくとも拒絶はされなかった。俺のような美男子でもなく、なんの取り柄もない男が、ルヴィ様ほどの美人にプロポーズして、断られなかった。


 これはもう、オリンピックの決勝戦で、激闘の末、惜しくも敗北したのと同じことだ。こういう場合、人々は感動し、勝者敗者の区別なく温かい拍手が送られ、称えられる。


(ようし、死んでやる! 立派に死んでやるよ!)


 目を見開き、拳を握りしめる俺を見て、


「どうじゃ、ルヴィ様と話はついたか?」


 ユーリクはニヤニヤと笑っている。なんて意地の悪いジジイなんだ。俺の窮地が楽しくてしようがないのだろうか。だが、構っている暇はない。


「ちょっと待っててくださいっ」


 俺は小屋まで駆け戻ると、ミノムシ装備を装着した。何もつけないよりははるかにましだと思ったのである。ついでに長柄の槍など、自分の持ち物といえるものは全て持ち出した。


「ん? そう言えば小屋はこのままでいいのか?」


 森の開けた場所に戻るなり、ユーリクにそのことを尋ねると、


「むしろ消滅してくれた方が都合がいいのじゃ」


 なるほど、分らん。分らんが、もうどうでもいい。俺は覚悟を決めたのだ。ルヴィ様に「いつでもいいですよ」というつもりで目線を送り、何に向けるともなく槍を構えた。


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