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第4話 スライムへのリベンジ

「仕事と言うのは他でもない。この森のスライムを一匹残らず狩りつくして欲しいんじゃ」


「な、なんですと? それって労働ですか? 水汲みとか洗濯とかじゃなかったのかよ?」


「明日、やんごとなきお人が来るでのう。森の大掃除というけじゃ」


「やんごとなきお人?」


「お前さんが知る必要はあるまい」


 相変わらずユーリクは質問には答えない。


「狩った分の報酬は、お前さんのものじゃ。村のギルドに持っていくといい」


「お、お心遣い、誠にありがとうございます」


「わしの調査したところでは、やつらにも一応なわばりのようなものがあるらしく、群生はしておらん。森全体でせいぜい50匹といったところじゃろう」


(50匹っ! いくら何でもムチャブリ過ぎるだろっ、もう我慢ならん!)


「50匹も狩れるかっ! 俺は昨日、スライムに殺されかけたんだぞ?」


「なんじゃ、ゲンゴ、ひょっとして怖いのか?」


「当たり前だろ、無理、無理、無理、無理ィ!」


「残念じゃがこの仕事、お前さんには断る権利はないぞ。約束を忘れたのか?」


「忘れてはないですけどっ! 無理なもんは無理ですよ!」


「知を行うを『勇』と言う」


 老人は、あごひげをつるりと撫でた。


「自分の中にあるものを、初めて表現することはときに怖い。それを克服してこそ、先に進めるんじゃぞ」


 おいおいおいこのジジイ、なんか良いこと言ってるっぽいるぞ。


「知識だけ、口先だけのヤツはゴマンといるが、そんな奴は知など持ち合わせてはおらん。もちろん軽はずみな行動も勇とは言わん。知と勇が揃ってこそ、ことをなせるんじゃ」


 口先だけ? 軽はずみな行動? そうです、まさに俺のことです。


「お前さんには知を与えた。今こそ勇をもって行う時ではないか?」


「……」


「どうしても嫌だというなら、わしは構わんぞ。どこぞなと行けばいい」


 ぐっ! それを言われると弱い……!


「分かりましたよ! やりますよ、やればいいんでしょ?」


「ようやくやる気になったか。よろしい、小屋の裏に物置がある。そこに道具は揃ってるはずじゃ」


「トホホ」


 俺はトボトボと小屋から出た。陽が差し込まないこの森は、朝というのに薄ぼんやり、申し訳程度の明るさしかない。


「スライム50匹か……」


 憂鬱な気分で、物置の戸を開けると、槍や剣の武器、盾や鎧などの防具が無造作に立てかけられていた。


 俺はおもむろに剣を手に取ってみた。


「ほ、本物だ」


 鈍い光を放つそれはところどころ錆びついていて、見るからになまくらだがズシリと重かった。


「くうう、実際に持ってみないと分からないもんだなぁ」


 漫画やゲームでは、やたらめったらでかい剣を振り回す主人公がいるが、彼らは図抜けた超人なのだということがよく分かる。


 片手では構えることすらできない。俺は両手を使って、剣先を天に向けた。


「重いいいいっ」


 逆に言えば、この重みこそが正真正銘の武器だということの証なのだろう。


「うおおっ!」


 気合を入れて一振りしてみたが、あまりの重さに俺の腰は砕け、ぶざまに尻もちをついてしまった。


「なるほどな、ふふふ」


 俺は目を閉じ、小さく笑った。重要なことを悟ったのだ。


「俺に剣士は無理だな」


 この世界で選ぶべき道があっさりと一つ消えた。本物の剣は、それなりの体力と技量が無ければ、使いこなせるものではないらしい。適正も無いのにおいそれと自由な職業が選べるわけがないのだ。


 同じ理由で鎧一式も装着することが出来なかった。鉄の兜、鉄の胸当て、籠手、レガースなど全部で10キログラム以上あるのだ。こんなもん、体力の無い俺が長時間装着して動き回れるわけがない。


 ますます剣士など無理である。 


「仕方ない」


 次に本命である槍を手に取ってみた。


「こ、これは長い!」


 4メートルくらいはあるだろうか。これなら安全圏からスライムを攻撃できるかも知れない。


「ふふふ、我が槍を食らえっ!」


 格好いいセリフと共に槍を突き出してみた。


「おっ、いい感じ」


 柄が木で出来ているし、穂先も剣よりずっと小さいので軽い。これなら思う存分、スライムをぶっさせるだろう。



     ◆


 


「ぶわっはっはっは、なんじゃ、その格好は?」


 ユーリクが笑うのも無理はない。ボロ鍋を頭にかぶり、無数の分厚い大きな葉っぱで体を覆った俺は、巨大な緑色のミノムシだ。俺なりの急造の鎧である。


「まあ実用性は認めるが、それにしても……!」


 ジジイは涙まで流している。笑いたければ笑え、俺なりの完全防備なんだ。


「これを持っていけ」


 テーブルに大きめの麻の袋が置いてあった。中を覗くと干し肉や、リンゴなどの食料の他に、竹筒の水筒、筆記用具や地図が入っていた。


「おお、これは便利だ」


 地図を広げると、そこにはこの森の全容が記してあった。


「見ての通りじゃ。この森は東西に長く150メートルほど、南北は長いところでも50メートルくらいじゃ」


 小さいとは思っていたが、こんなに狭かったのか。それでも迷ってしまうのだから、確かに魔性の森だ。だが、ここまで来たら覚悟を決めるしかない。俺は麻の袋を背負い、皮の袋を腰に結わえ付けると、


「じゃあ、行ってきますよっ!」


 そう言って小屋を飛び出た。


「気をつけるんじゃぞ」


 背後からユーリクの声が追いかけてきた。



     ◆



 森に入るとすぐに最初の遭遇があった。腐臭を頼りに探せば、スライムを見つけことはわけもなかった。


「出やがったな、ひしゃげた饅頭め」


 プルンプルンのピンクの半透明の体は一見すると高級なデザートのように見えるが、とんでもなくファンキーな匂いがそういった楽しい想像を許してくれない。それどころか、こいつに殺されかけたわけで、俺にとっては恐怖と憎悪の対象なのだ。


 さあ、とにもかくにも戦闘開始である。俺は槍が届く距離まで、用心深く、用心深く、近づいた。今回は手があるとはいえ、昨日殺されかけた相手に接近するのは、さすがに足が震える。しかし幸いこのミノムシ装備は森の中では立派な擬態になるはずだ。もう槍の穂先が届くか届かないかという距離まで接近したが、案の定、スライムは俺にまったく反応していない。


 それでも俺は焦って攻撃はしなかった。うかつな行動は命とりである。最初の経験が生きてるんだ。このひしゃげた饅頭は溶解性の体液を浴びせてくるという、極めて下品な攻撃方法しか持ち合わせていないようだから、それをミノムシ装備で完全に防ぐことが出来るなら、勝敗は自明の理だ。


「当たらなければどうということはない」


 誰かの名台詞を反芻しながら俺ははゆっくりと槍を構えた。ひしゃげた饅頭の心臓の位置は、俺の右腕が覚えている。そう、正確に体の中心だ。


「そこだあああっ!」


 渾身の力を込めて、槍を突き出した。


 鎗の穂先は音もたてず、スライムの体に吸い込まれていく。確かな手ごたえがあった。スライムは一度、ブルンと震えると徐々にその形を崩し始めた。


「やった……!」


 俺は恐る恐る近づいて、スライムの死体を確かめた。地面に広がる液体の中央に、紫色の心臓だけがその姿を残している。


「うおおおおおおっ!」


 俺は槍を突きあげ、雄たけびを上げた。


(やった! 俺はやったんだ!)


 俺は確かに成長した。昨日、殺されかけた相手を、今日はなんなく仕留めたんだ。


 おっと、大切なことを忘れてはいけない。心臓を回収しなければ。日本円にして100円ほどの価値があるんだ。


 俺は、腰からぶら下げた皮袋の口を開けた。


「ん?」


 袋を逆さにすると、コロンッと小さな塊が転げ落ちた。


「なんだこりゃ?」


 俺はクルミにも似たそいつを拾い上げ、しげしげと見つめた。どうやら死闘の末やっつけたスライムの心臓のなれの果てらしい。


(乾燥するとこんなになるのか)


 持ち運びに便利である。俺はたった今仕留めたスライムの心臓に目を移した。新鮮な心臓は握りこぶし大の大きさで、それなりの重量がある。こいつを何十個も持ち運ぶのは骨折りだし、戦闘にも支障をきたすだろう。どうせ何日か経てばカラカラに乾いて、クルミのようになる。それから回収するのが賢明だ。


 俺はスライムの死体のそばに手ごろな枝を突き立てた。目印というわけだ。


「これでよし」


 俺はユーリクに貰った袋から水筒を取り出し、喉を潤した。


「ひゃあ、うめえ」


 ただの水も、勝利の美酒のかわりとなると、味も格別だ。


「やれる、やれるぞ」


 俺は適当な朽ち木に腰掛け、地図を広げた。いくら森が狭いとはいえ、無計画にやっていたのではスライムを討ち漏らす可能性がある。


「ユーリクは50匹くらいと言ってたな」


 俺は今、スライムを狩った場所を「×」と、地図に書き込んだ。これを続ければ、狩った数も分かるし、場所も重複しないで済む。なんと頭の良い俺!


 スライムよ、首を洗って待っていろ!


 ―いや、スライムに首はないな。


 


     ◆



 それからは順調な狩りが続いた。およそ10分おきにスライムに遭遇し、これをこともなく撃退していった。


「ふはははは! 見ろ、スライムがまるでゴミの様だ!」


 無人の荒野を進むがごとく、俺は森を蹂躙した。もともと人がいないからねっ!


 途中、一休みして干し肉とリンゴで腹をつくった。この時点で、俺は30匹以上のスライムを血祭りにあげている。俺は森の王者だ、無敵のミノムシだ!


「楽勝だ! よおし、後半戦だ! 張り切っていってみよう!」


 


     ◆



「はあ…、はあ…」


 腕が重い。ときおりプルプルと痙攣し、まるで自分のものじゃないみたいだ。鎗の穂先を持ち上げるにも一苦労だ。討伐数が40匹を超えた辺りから、日ごろの運動不足がたたったのか、敵はもはやスライムではなく、のしかかる深刻な疲労になってきた。


「急がないと……」


 もうすぐ日が暮れる。そうすれば辺り一面の闇に覆われ、スライムの捜索もままならなくなる。



 グジュルグジュル



 いた!


「出やがったな、ひしゃげた饅頭野郎」


 俺は槍を構えようとした。


「くそ、なんてこった」


 穂先が持ち上がらない。腕の痙攣が伝播して、穂先までプルプルと震えてやがる。俺はいったん槍を引いて、柄の中央を掴みなおした。テコの原理により、穂先が随分軽くなったが、槍の長さは半分の2メートルになったわけだ。はたして、これで安全が確保できるのだろうか?


「うりあああああ」


 委細構わず、俺はスライムに殺到した。心臓を貫くにはこれまでよりもはるかに間合いを詰めねばならない。果たしてスライムは俺の気配に反応してブルンと身を震わせる。


「ちくしょうっ!」



 ビュルルルッ



 スライムが音を立てて体液を飛ばしてきた。しかし俺のみのむし装備はそいつをなんなく弾き返した。葉のツルツルの表面は撥水作用があるらしい。


「ざまあっ! お前の攻撃など、蚊に刺されたほどにも感じぬわ!」


 俺はスライムの傍らに立ち、ゼリー状の体に槍を突きつけた。


「残念だったな。今の俺とお前とでは戦闘力が違い過ぎる」


 渋いセリフを決めると、静かに戦闘を終わらせた。残されたスライムの心臓の傍に木の枝をぶっ刺し、地図に「×」を書き加える。


「やった!」


 討伐数はついにユーリクの口にした数字、50匹に到達した。


(ようし、この分じゃもう狩りつくしたかもな)


 残っていても数匹だろう。ゴールを目前にいくらか力が甦ってきた。



♪「やったあ、やったあ、やりとげたあ」


 作詞作曲/俺



 クソみたいな鼻歌を歌いながら、俺は気分よく歩き始めた。


「ん?」


 例の腐臭だ。周辺に色濃く漂っている。


「ちっ、まだいやがったか。仕方ない、ちょちょいのちょいで終わらしてやるか」


 俺が槍を握りなおしたその時、



 ギョエ、ギョエ、ギョエッ



 甲高い吠え声が森の中に響き渡った。


「き、昨日のヤツだーっ!」



 ギョエ、ギョエ、ギョエッ


 ギョエ、ギョエ、ギョエッ



「な、な、何匹いやがるんだ?」



 ギョエ、ギョエ、ギョエッ


 ギョエ、ギョエ、ギョエッ


 ギョエ、ギョエ、ギョエッ



 四方から吠え声の大合唱だ。まるでドルビーサラウンドのように重複し、そいつがどこにいるのか、何匹いるのか、まるで分からない。


 「ひえええええええっ!」


 ついでに俺の悲鳴もそのアンサンブルに加わった。俺はなりふりかまわず足を全力で回転させて遁走を始めた。


 「なんだあ、ありゃあ?」


 もしもすばしこい系の奴だったら、勝てる気がまったくしない。というよりスライム以外の魔物には勝てません!


 俺は振り返りもせず走りに走った。そしてようやく異変に気付いた。もうかなりの距離を走ったはずだ。この森は最長部分でも150メートルしかない。とっくに森を出るか、ユーリクの小屋の明かりが見えてなきゃおかしい。


「やっちまったああああ!」


 俺は立ち止まり、頭を抱えた。この森で絶対にしてはいけないこと、つまり不安や恐怖を抱えながら、やみくもに走りつづけてしまった。


「これは迷った! 迷っちまったああ!」


 ユーリクの忠告がまったく生きていない。


「何をしておるんじゃ?」


 背後から声が聞こえた。


「へ?」


 ユーリクが馬鹿を見る目で、そこに立っていた。


「もう夜じゃ。やたらと大きい声を出すもんじゃない」


 なんのことはない、俺は小屋の前でジタバタしていたのだ。


「危っぶねえ~」


 小屋に向かって走っていたつもりが、危うくその小屋から遠ざかるところだった。


「は、ははは、帰ってきた、俺は帰ってきたんだ……!」


 安心したのもつかの間、



 ギョエ、ギョエ、ギョエッ!



 あの大合唱が聞こえてきた。声の大きさからして、ヤツはすぐそばだ。


「ば、化け物だあっ! ユーリク、は、早く逃げましょう!」


「あわてるなっ! あれはネズミじゃ」


「ネ、ネズミ?」


「吠えネズミといってな、ここらへんじゃ珍しくもないヤツじゃ。たくましいもので、黄昏の森でも繁殖しよる」


「ネ、ネズミね、あははははは」


 俺はがっくりと頭を垂れた。ネズミに怯えて悲鳴を上げながら逃げ回っていたのか。


「臆病にもほどがあるわい」


 ユーリクはさっさと小屋の中に入ってしまった。スライム50匹を狩りつくし、勇者になったはずの俺はたった今、ネズミ以下の存在になりはてた。勇者の株があるとしたら、急上昇の末バブル崩壊といったところだろう。


 いかんいかん、この森ではネガティブな考えは禁物だ。切り替えていこう、明日は明日の風が吹く、だ。


(明日といえば……)


 たしかやんごとなきお方が来るってユーリクが言ってたな。俺にはあまり関係ない話だとは思うが、この世界に来てからは数えるほどしか人に会っていないんだ。興味がないといえばうそになる。


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