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千年の結界

作者: 津辻真咲
掲載日:2018/06/29


――この見えない結界を維持する為、眠り続ける母。

――いつかは私もそうなるのだろうか?



「おじいちゃん、いってきます」

 九頭星くず ひかりは祖父の俊頼としよりに挨拶をして神社の階段を駆け下りて行った。

 彼女は、神社の娘。それに加え、その神社の巫女でもある。そして、祖父は神主をしていた。

――今日も空は晴れ。私の張った結界も完璧。きっと、今日も何も起こらないはず。きっと。


 ざぁっと強い風が吹いた。星は揺れる木の枝を見る。すると、ある一人の少年がその木の下に佇んで空を見上げていた。

 星は思わず、彼から目が離せなくなった。

――あの人、きれいな……

 すると、高校のチャイムの音が聞こえて来た。星は慌てた。

――大変、急がなきゃ。

 星は一目散に高校へと走って行った。


この街には、大きなドーム型の結界が張られている。それは、この地にある鬼門の崩壊を狙う妖怪たちから街を守る為である。そして、この結界を張っているのが、星の母だった。彼女は、結界を張り始めてから10年間、一度も目を覚ました事がない。ある意味、植物状態である。そんな母の能力を受け継いだのが、星だ。



教室では生徒たちがそれぞれ会話をしていた。それにより、少しざわついていた。すると、そんな状況のところへ、担任の男性教諭が入って来た。

「みんなー。席に着け」

 クラス中にガタガタと音が響く。生徒たちが席に着いていくのだった。

「今日は、転校生を紹介するぞ」

 教諭の言葉に生徒たちはざわめく。

「入って来ていいぞ」

「はい」

教諭の手招きに従って、その転校生が教室に入って来た。彼は背が高く、きれいな顔立ちをしていた。

「千葉から転校してきました、夏鬼流げき りゅうといいます。よろしく」

彼は笑顔でそう挨拶をした。

――この人、人間じゃない。教室に合わせて結界を張っていて、良かった。けど……。

星は少し青ざめた。彼女は通り抜け可能な結界を張る事が出来る。それは、結界に入って来た者、もしくは通過した者の正体を知る為の結界なのだ。

――この事、絶対言えない。私の結界を通過させたのは、まずかったかな。気付かれなければいいが。



チャイムが鳴り、休み時間となった。

――どうしよう。おじいちゃんは、もう歳だし、私がなんとかしなきゃ。

星は彼の後をつけた。もし、万が一のことがあったら、自身が対応しなくてはいけないのだ。すると、流が理科室へ入って行くのが見えた。星はささっと素早く動き、ドアの隙間から中を覗いた。


「用って何だ? お前のような堕式神だしきがみのくずと話をしている暇はない」

――堕式神!? 巫女から破門された式神。

 星は思わず、両手で口元を押さえた。

「取引しましょう?」

 堕式神が話す。

「取引だと?」

「あなたなら、もう気付いていらっしゃいますよね? この学園の巫女に」

「あぁ」

「あなたの計画を手伝う代わりに、鳥居引きをお願いしたい」

――え!?


鳥居引きとは、堕式神が破門された神社を、つまり神々や巫女たちを攻撃し、その神社を乗っ取るというものである。


「鳥居引きをしてまでも、裏切られた神社への復讐か?」

――あの人、鳥居引きを知っている!?

「堕式神の様な中途半端な妖怪が神にのし上がっても、こちらとしては、気分もよくないが。まぁ、いい。お前ら堕式神は数が多い。十分に利用させてもらうよ」

「幸運を祈ります」

堕式神はにやっと笑うと消えていった。

「そこで聞いているんだろ? 結界の巫女さん?」

流は笑顔で彼女の方へ振り返った。

――しまった。気付かれていた。

「何がしたいのかな?」

 彼は口角を上げて、笑顔を崩さない。

「鳥居引きはさせない!!」

「僕の真の目的は、鳥居引きじゃないよ? 鳥居引きは、あくまであの堕式神との取引の為」

「それじゃ……」

 星には、真の目的が分からなかった。が、しかし。

「鬼門」

――え!?

 星は驚いた様子で、彼を見た。

「知ってるみたいだね」

「君の結界で、鬼門を封鎖してくれないかな? そうすれば、誰も傷つかないよ? もちろん、君の母親も」

――なぜ、母のことまで知って。

「でも、人間を襲う妖怪もいるでしょ!? だから、結界を」

 星は声を少し荒げた。

「あぁ、いるよ。妖怪は元々、神々と敵対している。神々を脅す目的でただ人間を襲っていたんだよ。鬼門を封鎖しろとね」

――母の張っている結界は意味がなかったの?

ぱしっと部屋に音が響いた。流が星に頬を平手打ちされたのだった。流は思わず、叩かれた頬に手を当てた。

「人類は、神々やあなたたち妖怪の道具でもないわ!!」

星は慌てて、立ち去っていった。

「覚えてるわけ、ないか……」

 流はつぶやいた。

――千年も前の話だし。



放課後の教室。夕日のオレンジに照らされて、星は佇んでいた。

――鬼門、それが全ての原因か。

すると、突然、ひゅぅっと空気が揺らいだ。そこには奴がいた。

「あなたは……」

「えぇ、お思いの通り、私は堕式神です。早速ですが、鬼門を封鎖して下さい」

「破門されたくせに、何を」

 星は怒りをあらわにして、言った。

「そうですか、ならば」

 ばばばばっと堕式神の仲間が現れた。

――囲まれた!?

堕式神たちは星の周りを取り囲む。

「これでも、封鎖を拒むのなら」

堕式神が笑う。

――しまった。

堕式神はかっと目を見開く。そして。

「ここで一生苦しめ!!」

堕式神はそう言うと、星へ攻撃を放った。ばりばりばりと攻撃は音をなす。すると、しゅうううと白煙が昇るのが見えた。

目の前には、星をかばい、攻撃を受けた流の姿があった。


「やっと、根を出したか。堕式神」

 彼は堕式神を睨んだ。

――どうして、ここに!?

 星は戸惑った。

「……鬼族」

――鬼族?

 星は耳を疑った。人類と敵対をしているあの鬼族が目の前にいるのだ。

「我々が本音を出したところで、お前らに勝ち目はない。黙って鳥居引きをしてもらう!!」

 堕式神は表情を幾重にも変化させて叫んだ。

 すると、星は目を閉じた。

――本当は、使っちゃいけない、あの結界の張り方。

――攻撃のための結界。

星は目を開き、力を使った。

すると、堕式神たちに針状に折り曲げられた結界が次々と突き刺さっていった。

「貴様!!」

 堕式神の歪んだ表情の顔から血液が滴った。

「皆、鳥居引きだ!! 巫女を討ち、神社を乗っ取るぞ!!」

堕式神たちは一斉に二人へと襲い掛かった。すると。

「来い!!」

流が星の手を掴む。

「君には手伝ってもらおうか」

「え、何を!?」

「君の神社に神獣鏡があるはずだが?」

「どうして、それを?」

「それが鬼門だ」

「え!?」

「案内してもらう。いいな?」

「えっと……」

「鳥居引きされてもいいのか?」

「良くない」

星と流は鬼門へと走って行った。



 がたっと扉が開く。星が神獣鏡のある場所へと流と共にやって来たのだ。

「ここに神獣鏡が」

――あ。

「光ってる!?」

「きっと堕式神たちが近づいてきているからだな」

「どうするの?」

「大丈夫だ。鬼門の引力内に妖怪が入れば、自動的に地獄へ落とされる。来た」

堕式神たちは、ぐぁぁぁと奇声を上げて、二人の方へと追いかけて来ていた。すると、パリンッと音が鳴る。星が球状の結界を張ったのだ。

 堕式神が扉を押し破る。すると、次の瞬間、鬼門が開いた。堕式神たちは次々と鬼門に吸い込まれていく。ぎゃぁぁぁと堕式神たちは悲鳴を上げる。堕式神を全て吸い込んだ鬼門は閉じた。そこには流と星の二人しか残らなかった。


「あれに結界を張ってくれないか?」

「え?」

「神獣鏡をこの人間界を形作っているもの全てから隔離する。それが鬼門の自然消滅への条件だ」

――全てから隔離する。

――もしかして、神獣鏡を包み込めば。

星は再び瞳を閉じた。そして、目を開いた。

パリンッと音が鳴る。目の前には結界によって隙間なく包み込まれた神獣鏡が出来上がっていた。

――出来た。

 すると、ごごぉっと地響きが聞こえて来た。

「な、何!?」

 星は少し動揺して、辺りを見回した。

「この街の結界が壊れていっている」

 流が説明をした。

「え!?」

「大丈夫。君の大切な人が目を覚ますんだよ?」

流は微笑んだ。

――もしかして、お母さん?

「星?」

 すると、後ろの方から声がした。星は振り返る。そこには、星の母親の姿があった。星は涙を溜めた。

「お母さん、目覚めてよかった」

 涙はそのまま、頬へと伝い流れた。



 神社の赤い鳥居の下、星と流は話をしていた。空には雲一つない快晴が広がっていた。

「今回の事は、ありがとう。おかげで母の意識を取り戻す事が出来ました」

 星は、少し微笑んだ。

「いいよ。こっちも鬼門のついでにそうなっただけだし」

 流も微笑み返した。

「さよなら」

星の涙が少し瞳にたまり、光を乱反射させていた。

「堕式神がまた暴れるような事になったら、頼れよ。手伝ってやるから」

「うん。それじゃ」

星は手を小さく振る。

すると、流には、前世の星の笑顔がフラッシュバックした。

《忘れないで。来世でも、必ず鬼門を守っているから》

「どうしたの?」

「いいや。なんでもないよ」


結界のない空の下、それぞれの世界が始まる。


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