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06 変わらないところ

――状況を再現したところで、十年前に戻れるわけじゃないのになぁ。

「この庭園で遊ぶとき、いつも目印にしてた樹って、これだよな?」

 生い茂る枝葉を見上げ、幹を平手でペチペチと叩きながらフレデリックが言うと、ブリジットはギンガムチェックのクロスがかかったランチバスケットを根元に置いてから、同じように上を向いて言う。

「たぶん、これで合ってると思うわ。もっと大きな樹だと思ってたんだけど、こうして改めて見ると、そうでもないわね」

「そりゃあ、そうだろう。ここまでくる道のりだって、ガキんちょの頃は、もっと長く感じたぜ? ――まぁ、座ろう」

「そうね。そういうものかしらね」

――この庭園自体も、もっと広々とした場所のように感じたのよね。小さいときの記憶って、意外と曖昧なものだわ。

 フレデリックは足を投げ出した形で、ブリジットは揃えた脚を曲げて腰を下ろす。 

「はぁ。昨夜は遅くまで起きてたから、今朝は、なかなか起きられなくてさ。ろくに食べないで出てきたんだ。あぁ、腹が減った」

「はいはい。いま、用意するわよ。――あら?」

「どうした? ――わっ!」

 クロスやバスケットからもれ出ている甘い匂いに誘われて、一匹のリスが樹の(うろ)から顔を出した。それに、まずブリジットが気付いて声を上げ、次いで気付いたフレデリックは飛び上がって距離をとる。そして、リスを指差しながら、情けないほど弱々しい声でブリジットに懇願する。

「そ、その凶悪なケダモノを、追い払ってくれ。頼む!」

「あらあら。一国の王子たるものが、可愛らしいリスに怯えるなんて、みっともないわよ?」

 ブリジットがリスの首をつまんで持ち上げ、反対の掌に乗せてフレデリックに歩み寄りながら言うと、フレデリックはブリジットから逃げ回りながら言い返す。

「なんとでも言え。猛獣だろうが猛禽だろうが、人間に害をなすとあれば怯まず闘う覚悟がある。だけど、リスだけは噛まれたトラウマが蘇るから、駄目なんだ。――って、言ってるそばから、こっちに来るな。そいつを持って、あっちに行け!」

――フフッ。怖がってるところは、十年前と変わってないわ。時の流れとともに外面は変わっても、中身は、案外そのままなのね。面白い反応が見られたから、そろそろ許してあげよう。

「逃がしたから、もう大丈夫よ、フレディー」

 ブリジットは、クスクス笑いながらリスを草むらに放すと、ハンカチを出して手を拭きながらフレデリックに近付き、ひと声かけた。すると、フレデリックは決まり悪そうにブリジットから視線をそらしつつ、再び根方に腰を下ろし直し、頭を抱えて呟く。

「こういう女々しいところを直そうと、この十年、必死に頑張ってきたのに。ビディーの馬鹿」

――あらあら。そんな無理をしなくても、昔のままのフレディーで良かったのに。

 バスケットを手元に引き寄せつつ、ブリジットは、そっとフレデリックの横に座る。

「馬鹿は、どっちよ。私は、素直で優しいフレディーのほうが好きよ?」

「俺だって、男勝りなビディーのほうが、変にしおらしくしてるより似合ってると思う」

「えっ?」

「あっ!」 

 二人は、お互いが迂闊に本音を吐露したことに遅れて気付き、半ばパニック状態になって顔を背けて赤面していたが、すぐにフレデリックの腹から、グ~ッという間抜けな音がした。それをキッカケに、ブリジットはバスケットの中からフルーツサンドを取り出し、フレデリックに笑顔で差し出す。フレデリックは、それをハニカミながら受け取ると、反対の手の小指を立てて、囁くような声で言う。

「もう一度だけ、約束してくれないか?」

――もう。素直じゃないんだから。

 ブリジットは、小指を立ててフレデリックの小指に絡ませると、静かに微笑みを返しながら、同じように声を抑えて言う。

「あなたみたいな少数派には、私以外にお嫁になってくれる人が現れないし、私みたいな少数派にも、あなた以外に迎えに来てくれる人が現れないわ。だから、――んっ!」

 ブリジットが喋っているあいだに、フレデリックはフルーツサンドを一口齧ると、顔を近付けて強引に唇を奪った。

――まったく。私が話してる最中に、何にも言わずに、いきなりキスをするなんて、どういう神経をしてるのよ。口の中が、甘酸っぱいわ。

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