05 メイドと執事の計略
『だからスチュアートさんには、理屈でも膏薬でも付けて、フレデリック王子に庭園に行くように仕向けていただきたくて。出来るかしら?』
「フゥム。承知いたしました。しかし、我々が出来るのは、例えるなら、馬を水辺に連れて行くまでであって」
『そこから無理やり水を飲ませることは出来ません、でしょう? 重々、立場をわきまえてますよ。それじゃあ、お願いしますね』
「そちらも、ご健闘をお祈りします。それでは、失礼」
スチュアートは一旦、受話器を戻したあと、交換手を呼び出し、通話が終了した旨を告げる。そして、手回しハンドルが付いた本体に再び受話器を置いたとき、フレデリックが姿を現す。
「おや、どうされましたか? ここは、使用人長の部屋ですぞ」
スチュアートが用件を訊くと、フレデリックは、したり顔で職務怠慢を指摘する。
「そんなことは、百も承知だ。いくら紐を引いても来ないから、うたた寝してるかと思ってさ。起きてるのに聴こえてないんだから、すっかり耳が遠くなった証拠だな」
フレデリックに言われた直後、スチュアートは部屋の片隅をチラリと見て、そこに並んでいるアルファベットのうち「エフ」の文字の上にベルが鳴ったことを示すサインが出ているのを確かめると、渋い顔をして謝り、再度、用件を尋ねる。
「大変申し訳ないことをいたしました。何か、お急ぎのことでもありましたでしょうか?」
「いや、急ぎってほどでも無いんだけどさ。すぐに寝付けそうにないから、溜まった仕事を片付けようと思い立ったんだけど、どう処理していいか判断に困る書類が多いから、あとでやり直す手間が増えないように聞いておこうと」
「さようでございましたか。それでは、すぐに書斎に移動することにいたしましょう」
*
「ここは、このまま書き写しておけば良いのか?」
「あぁ、そうですねぇ。そこは、そのままでもよろしいでしょう」
飴色に輝くマホガニーの天板が目を惹く大きな書き物机に向かい、フレデリックは溜まった書類に羽根ペンを走らせ、スチュアートは、その傍らに立ち、時折モノクルを光らせながら仔細を検め、助言している。
「よし。これは、これで良いな」
そう言って、フレデリックはペン先をインク壺に浸けて置き、書類の上にキラキラと輝く吸い取り砂をまく。スチュアートは、真面目に王子としての責務を果たしているフレデリックに感心しつつ、疑問を投げかける。
「それにしても、フレデリック坊ちゃん。今日は、どういう風の吹き回しですか? いつもなら、私に仕事を丸投げして外出されるところですのに」
「何だって良いだろう。ともかく今は、こういう単調な作業をこなして、余計なことを考えずに済ませたい気分なんだ」
フレデリックは、紙の両端を持ってユー字に曲げ、砂皿に余分な砂を落すと、その紙を処理が済んだ書類の山に乗せる。
「ははぁ、なるほど。さては、ブリジット王女のことが、頭から離れないのでございますね?」
隠しても無駄だとばかりに、どこかネズミをいたぶる猫のような嗜虐さを含んだ表情でスチュアートが心裡を見抜くと、フレデリックは、羽根ペンに伸ばしかけた手を戻し、バツの悪い顔をしながら白状する。
「向こうの宮殿から戻ってくる道中に、夜風に当たりながら冷静になって考え直してみたんだ」
「ほほぅ。それで、どういう結論に至ったのでございますか?」
野次馬根性にも似た好奇心で、スチュアートが話を促すと、フレデリックは、立ち上がって小窓に向かいながら言う。
「会えなかった十年のあいだに、お互いのことを美化しすぎてたんじゃないかって。理想と現実のギャップに戸惑ってる場合じゃなくて、もっと素直に受け入れれば良かったんじゃないかって。そんなところ。まぁ、いくら後悔したって時間は戻せないんだけどさ」
そこまで言うと、フレデリックは振り返り、スチュアートのほうを向いた。するとスチュアートは、これ幸いとばかりに、さきほどの電話口での作戦を話し始める。小窓の外では、叢雲が風に散り、再び月が輝きを見せだした。




