01 十六歳になった少女
それから十年の月日が流れ、少女は十六歳になった。
「ブリジットお嬢さま。……まぁ、何ですか、その恰好は!」
中年の恰幅の良いメイドは、ワードロープに足を踏み入れた途端、そこにいる少女の姿を見て、驚きと呆れの入り交じった調子で、そう叫んだ。
「着替えなら一人で済んだわ、スーザン。だから、ベアトリスのほうを、――キャア! 何するのよ、スーザン」
「今日は、武道場に剣術の稽古に行くんじゃないんです。舞踏会で、数多の殿方や婦人とお会いする社交場に行くのですよ」
紳士用のジャケットやウエストコートを手際よく剥ぎ取りながら、メイドは懇々と説き伏せていく。
「だって。あんなビラビラした窮屈な恰好をしたら、いざというときに動けないじゃない」
「言い訳は結構です。良いですか? 一国の王女たる人間が、身体を張る必要は無いのですよ。――さぁ、サスペンダーからお手をお離しください」
「こ、ここから先は、自分でするわよ。コルセットをする段階になったら呼ぶから、向こうに行っててちょうだい」
ワイシャツとスラックスだけになった少女は、これ以上脱がされてなるものかとサスペンダーを死守しつつ、片手を振ってメイドを追い払う。
「はいはい。はじめから、そうやって素直にお召しになれば良かったのです。まったく。頼もしさを勘違いして成長したものですね」
メイドが腰に手を当て、大きく溜息をつきながら言うと、少女は噛みつくように言い返す。
「うるさいわね。これからは、女の時代なのよ。そこらへんの軟弱な男なんかに負けてられないんだから」
「そうですか、そうですか。それは、ご立派な心意気でございますね。――小一時間ほどしたら戻りますから、それまでにお召し替えなさいまし」
そう言って、メイドはワードロープから出て行った。少女は、耳を澄ませて足音が遠ざかったのを確かめると、隅に置いてある木製のスツールにボスッと腰を下ろし、剥ぎ取られたジャケットやウエストコートを見るともなしに見ながら、ひとりごちる。
「泣き虫で頼りない王子さまを、私が支えてあげるって決めたんだもの。おかくれになったお父さまにも、私がこのバーバラ王家の血を引き継いで、決して途絶えさせないって誓ったもの」
そして少女は、ワードロープに並ぶドレスを見て、ため息まじりに呟く。
「どうして私は、女に生まれちゃったんだろうなぁ」
そう言って、少女は重い腰を上げ、おもむろにスラックスにボタン留めしてあるサスペンダーを外しはじめる。