希望
丘の上から戦況を見守っていた貴也もそれを見ていた。
突如現れ、爆砲であの触手を粉みじんにするコーゼオの姿を。
しかし今の爆砲の威力は貴也が知っているものよりも、格段に向上しているように見えた。
「以前教えて頂いた技術『ライフリング』を施しましたのですよぉ!!」
貴也の姿を見つけたコーゼオが、言いながら走りよってくる。
そのまま抱きつかれるのではないかと警戒する貴也だったが、さすがにそんな非常識なことはせずに、だが両手をブンブンと握り振り、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「お久しぶりです我が親友!
なかなか会いに来て下さらないので、こちらから参上いたしましたよぉ」
先ほどの爆砲の威力に驚き、振り返ってこちらを覗うフォルスボア軍などお構いなしに、テンション高くコーゼオは踊る。
だがこの短期間にライフリング技術を確立させるとは、さすがに貴也も驚きを隠せない。
現実世界でのライフリング技術は提唱されてから実用化に至るまで、実に三百年も要しているのだから。
それをコーゼオは、人指し指を立てて振りながら、少し違うと説明した。
「えぇえぇ、実際のところはそこまでの加工技術に至っておりません。
ですので今のは裏技。
魔法石に風魔法を付与して砲弾と共に筒にいれ、その力で回転させているのですよ」
貴也が与えた中途半端な知識をコーゼオは自分なりの研究で再検証し、正しくジャイロ効果の活用にまで至っていたのである。
見た目や言動からは窺い知れないこの勤勉さこそが、コーゼオがラングドルの元帥として認め続けられている理由でもあった。
「しかし魔法とはやはり便利なものですねぇ。
わずか一門とはいえ、こんな遠い距離を苦も無く爆砲ごと転移させられるのですから」
「苦がないわけではないぞ。
そのための巨大転移陣を敷くのに、貴重な人員を割いているんだからな」
駆けつけた援軍を迎えるために、触手の破砕を確認してからロイツが丘を登ってきていた。
「その甲斐は十二分にあったようだが」
そして爆砲を見やるロイツ。
正直な話、ロイツはラングドルからの援軍にはまったく期待していなかった。
魔法を使えぬ軍がやってきたところで弓や槍では戦力にならず、無駄な犠牲が増えるだけだと考えていたのだ。
だから早伝鳥で巨大な転移陣を用意して欲しいと伝えてきた時も、かなり渋った記憶がある。
しかしその既成概念が、今目の前で根底から覆されてしまった。
この鉄の塊が自軍の一個大隊に匹敵する威力の攻撃を放ったことに、驚愕と恐れを抱かずにはいられない。
「えぇえぇ、ロイツ大将。
お会いするのは、ボードレイドでの式典以来ですかねぇ」
そんなロイツの思いを鑑みることなく、いつもの調子でコーゼオが手を差し出す。
実はこのふざけた男はそう見せているだけで、とてつもなく有能なのではないかと訝しみつつロイツは応じた。
いつか両国で戦端が開かれた時、目の前のこの男こそが自国にとっての脅威になるのかもしれないと思うと、知らず握る手に力が入る。
「魔法だけでは足りません。
機械技術だけでも足りません」
ロイツの未知への恐れを払拭するかのように、握られた手に貴也も手を重ねていた。
「協力することで、初めて世界の未来は切り開かれるんだと思います」
ロイツの思考を読み取っていたわけではない。
ただ、あの化け物を倒すためにはそれが必要だと貴也は思っていただけである。
しかしその言葉はロイツの心から暗雲を払い、未来への光を示してみせたのだ。
「あぁ、そうだ……。そうなのだな」
ロイツはもう一度目の前の男、コーゼオを見た。
嫌味なく、ただ勇者の役に立てた事を純粋に喜ぶこの男が危険人物に見えたとは、どうかしていたとしか思えない。
無論その役職を考えれば、彼も自国の利益や外敵を排する為に戦う軍人なのだろう。
だが進んで武力をひけらかし、無用に他国を侵略することを是とする人間には見えないではないか。
国交が薄くなり、いつしか疑心暗鬼に捕らわれていた自分を恥じるとともに、この世界を守るための戦いが、両国が歩み寄るための第一歩になるのかもしれない。
貴也の言葉にそこまでの意味があった訳ではないが、しかし間違いなく、ロイツがそう思うに至った切っ掛けにはなった。
「よろしく頼む、コーゼオ元帥殿!」
その未来の為にも助力を頼むと、先ほどとは違う意味でロイツは握る手に力を込めた。
それを正しく受け取ったかどうかは分からないが、それでも力強く握り返し、コーゼオはいつもの調子で応える。
「えぇえぇ、もちろんですとも!
このコーゼオ、親友とその奥様のためでしたら、努力も尽力も惜しみませんよぉ!
新型爆砲で、あのウネウネを見事に爆破、爆砕、大粉砕してご覧にいれましょう!!」
両国にとっての歴史的な邂逅を切っ掛けに、ここから戦況は一変した。
触手の粉砕をコーゼオに任せることで、ロイツは防衛及び触手凍結へと役目を変える。
手が空いた隊が邪魔な触手を誘導し、その間に標的の触手をロイツとルーナが凍結させた。
そしてトドメにコーゼオ率いるラングドル軍が、爆砲で触手を粉砕するのだ。
足りなかった最後の歯車を得たように戦術はガッチリと組み合い、次々に触手を粉砕していく。
回復が間に合わぬと知り、化け物は触手の回復を放棄して変わりに新しい触手を生み出すことに専念するが、しかし生まれたての細い触手ならばと、他の隊が火力を集中して潰していった。
そうして休む暇なく、休ませる余裕を与えず、倒した触手の数が十五を超えたところでロイツは振り返り、世界の明日を貴也に託した。
「勇者どのッ!」
ロイツの言葉で貴也は一つ、大きく息を吸い込む。
触手がうねり遠く見えていた化け物までの道のりは、今や整備された街道のように真っ直ぐ切り開かれていた。
ここからは勇者の仕事だと、貴也は大きく吼えてついに駆け出す。
「今行くぞッ! ルーインッ!」
丘を駆け下り、前線にいた第一大隊の横を走りぬける。
疲れた顔の兵士達が、それでも希望を胸に『頼んだぞ』と声を枯らして貴也の背中を押した。
少し前までは踏み入ることすら出来なかった化け物の領域へ到達すると、雨後の筍よろしく次々に新触手が地面から湧き出してくるのが見える。
それらが一斉に貴也を穿とうと先端を尖らせ向かってくるが、届く前に片っ端からバラバラと寸断されていく。
「止まるなよッ!」
横から合流したサハテオが、阻むものを切り捨てんと貴也の前へ躍り出ていたのだ。
そうして化け物の足元まで近付き見上げれば、てっぺんが見えないほどの巨大な異形。
その腹に小さな火矢が突き刺さる。
「そこ」
ノゥがルーインの捕らわれている場所を貴也に示したのだ。
そこを切り裂かんと貴也は飛び上がり、気合とともに剣を振り下ろす。
――ガキンッ!
だが突如氷の壁が出現し、貴也は大きく跳ね返された。
見覚えのある光景は、吸収したナコラの力を使ったのだと理解する。
「ここまで来たのにッ!」
突破出来た試しのない氷の壁に絶望し、一瞬貴也に隙が生まれた。
それを見逃さず、足元から触手の槍が突き上げる。
腕、足、脇腹とを刺し貫かれ、思わず膝から崩れそうになった貴也は、しかし剣を支えになんとか堪えた。
すかさず触手がトドメを刺しに来るが、瞬時にそれらは炎に包まれ燃える。
遠くで魔女がウィンクしていた。
その顔で懐のポーションを思い出しグィッと呷った貴也の体は、回復と同時に身体強化が施される。
魔女に感謝し、再び駆け出す貴也。
もう一度と飛び込んだ先を、またもや氷の壁が立ちはだかったが、貴也の剣より早くエンカが蹴りを見舞っていた。魔女の強化魔法を受けて威力の増したそれが、分厚い氷を打ち砕く。
「行きなさいッ!!」
貴也の目の前で粉々になっていく氷の壁。
飛び散る破片の中を突き進み、そして貴也はついにそこに到達した。
「うおぉぉぉぉぉッ!!」
固く握り締めた剣は化け物の腹。ノゥが打ち込んだ火の矢と同じ場所に突き立てられ、そのまま真っ直ぐ縦に斬り裂く。
ぐぱぁっと開いたその向こうに会いたかった顔を見出し、貴也は腕を伸ばし入れた。
「ルーインッ!!」
意識がないのか返事がない。
しかしガシッと、ようやく掴んだルーインの腕から暖かさを感じ取り、そのまま力任せに引っこ抜く。
勢い余ってルーイン共々後ろに転がるが、転がった先で待ち構えていたリュシアナが、ルーインの体をしっかり抱きとめていた。
「大丈夫ッ! 生きてるッ!」
その言葉で、フッと貴也の体から力が抜けた。
――が、その致命的な隙を化け物は見逃さない。
ルーインがいなくなったことで闇の加護は再び暴走を始め、その回復力を一点に集中して触手を蘇らせていた。
たちまち巨大に成長したそれは、貴也を足元から打ち上げる。
痛みに声を上げる間もなく、回転しながら天高く舞う貴也の体。
なんとか剣を手放す愚は犯さなかったものの、化け物の頭上より更に高く舞い上がった体が、重力に引かれ落ち始める。
ルーインを助けることは出来たが、このままでは墜落死は免れない。
そうなれば、世界は滅びる。
勝ち誇るかのような化け物の目。
肥大化し、真っ赤に熟れたそれを落下しながら睨み付けた時、不意に頭の中で声が聞こえた。
『――今の君なら出来るよ』
なんのことか分からない。
貴也の魂がその意味を探す前に、体が動き出していた。
回転し、落下しながら剣の柄を握り締める。
途端、感覚が研ぎ澄まされた。
下で息を飲むサハテオ、絶望に呆けるノゥ、数秒後の未来から目を背けるリュシアナ、落下する貴也から目が離せないエンカ、そして抱きかかえられ意識のないルーイン。
さらに遠くでは、それでもと願う兵士達、ロイツ、ルーナ、コーゼオの顔までもが、はっきりと見える。
その全ての人々の思い、願い、希望が、剣に集まっていくのが分かった。
『闇の加護が負の感情なら、光の加護は――』
相反する特性を持つそれは、確かな力となって剣を光輝かせる。
そして、かつての勇者がそうしたように、貴也もまた解き放つ。
「喰らえぇぇぇぇぇッ!!!」
貴也の声に呼応するように、剣は天をも貫く光の柱へと変わっていた。
それを真っ直ぐに振り下ろす。
長く尾を引く光の軌跡が、化け物の体を縦に両断し、そして全てを包んでいく。
「ぐごぉぉぉぉぉッッ!!」
まばゆい光の中に化け物の絶叫が響き渡る。
爆発するような光の奔流。
その中で、紫色の石が砕け散るのを貴也は見た。
『――ありがとう』
消え行く化け物の絶叫に混じり、そんな声を聞いた気がした。
負の感情に呑まれながら、最後に残った一欠けらの自我。
そうであるならばなんと悲しく残酷なのだろうと思ったが、返す言葉が浮かばず、貴也は小さく呟く。
「馬鹿やろう……」
それに満足したかのように光は収束し、また弾けるように拡散した。
そのあとには、キラキラと粒子を放ち、風に溶けていく化け物の姿があった。
それを尚も落下しながら貴也は見届け、そして目を閉じた。
――終わった。
この世界を守りきることが出来た。
ルーインを。初めからずっと貴也と共にあり、ずっと支え、支えられてきた少女を守りきることが出来たのだ。
ならば次の瞬間、自分の体が大地に叩き付けられて死んでしまうのだとしても、それでも笑っていられるほどに、貴也の心は充足感に満たされていた。
走馬灯にも似た刹那の瞬間が過ぎ、仲間達の悲壮な叫びが届いた時。
――ふわり。
貴也の体は地面スレスレで羽のように軽くなり、ふわりと着地した。
何が起きたのかとゆっくりと瞼を開く。
「貴也さんッ!!」
瞬間、目が合ったと思った時には、もうルーインに抱きしめられていた。
耳元で自分の名を呼び続ける彼女の声で貴也は何が起きたのかを悟り、ようやく自分が生きていることを実感した。
「貴也!」「小僧!」
周りにはエンカやノゥ、魔女にサハテオ。
それにフォルスボアの兵達、ラングドルの兵達も、皆が笑顔で駆け寄ってくるのが見える。
その誰もが勝利に沸き、誰もが奇跡を喜び、誰もが未来を明るく迎え入れていた。
――が。
貴也の名を呼ぶ声が、歓喜から狼狽へと徐々に変わる。
「た……貴也さん……?」
目の前にあるルーインの表情が、驚きと不安に揺れていた。
どうしたのかと貴也は自分の体を見る。
「光……?」
輝いていた。
それはキラキラと風に溶けるように。
何が起きているのか理解出来ず、しかし本能的にそれが良いものではないと直感して、ルーインは助けを求めるように視線を彷徨わせる。
「消滅しきれなかった魂が元の体に還って……」
老婆の震える唇が、ルーインにとって聞きたくない言葉を紡ぐ。
「小僧の魂が押し出されておるんじゃ……」
聞きたくなくても耳に入り、知りたくなくても理解出来てしまう未来。
それが何かの間違いではないのかと老婆を振り返り、だが老婆は静かに頭を振る。
「恐らく、小僧の魂とその体の繋がりは断ちきられる。
全てはあるべき場所へと――」
「嫌ですッ! 行かないで下さいッ!」
絶対に行かせないと、涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、ルーインは必死に貴也を抱きしめる。
か細い腕の中で、呆然と見守る仲間達の顔を見渡しながら、しかし貴也は抗えないことを自覚してしまう。体の中身だけが後方へと強く引かれる感覚は、こちらとあちらを行き来する眠りによく似ているのだから。
だけど後悔はない。
守りたいもの、守るべきものは守りきったのだ。
だから貴也は『ごめんな』とルーインに笑いかけ、頭を撫でてやる。
「――ッ!」
貴也を包む光が一層強くなり、視界が真っ白になった時、貴也は唇に暖かい感触を得た。
流れ落ちた涙が混ざり、少ししょっぱいその感覚を最後に、貴也の世界はぐるりと反転したのだった……。




