風穴
貴也の声に、兵達の士気が上がる。
だが反撃の準備が整うまで、やれることは多くはない。
次から次へと飛来する鳥達を薙ぎ払っていく。
インプが指示を出しているのだろう、敵は的確に弓手や砲手を狙いうちしてきている。
そこは帝国側の生命線。
遠距離攻撃の手段がなくなれば、空を飛ぶ魔物達への対抗手段はなくなってしまうのだから。
必然、守る帝国側は弓手や砲手を重点的に守る。
そうなると数で圧倒している敵は手薄になった箇所を攻め、兵士達に死傷者が増えていく。
「おらッ!撃てぇッ!」
ドルオスの号令一閃。
直後、城壁にずらりと並ぶ爆砲が一斉に火を吹いた。
だが当たらない。
高々と放物線を描き、遥か先の草地にクレーターを作るだけだ。
「おめぇ、アレ使えねぇのかッ!?」
業を煮やしてドルオスが貴也に詰め寄った。
(アレ?)
なんのことか分からない貴也。
「アラニスが使ってた必殺技だ。
こう力を溜めてだな、剣の風圧?真空?
ああッ!なんかわっかんねぇけどよ、そんなんを飛ばして遠くの敵を斬ってたぞアイツは」
「やれるもんならやってるッ!」
と、一応ドルオスの見様見真似で剣を横一文字に払ってみる。
「でねぇじゃねぇかよッ!」
「だから出ないってッ!」
そんな益体もない会話をしながら、やってくる鳥の群れを叩き落し続ける。
ドルオスの武器はバイキングの代名詞のような戦斧。
当たった時の攻撃力は凄まじいが、その分重く取り回しが難しい。
空飛ぶ敵には相性が最悪で――
「うおぉぉりゃあぁぁッ!!」
そうでもないようだ。
一目で重量級とわかるそれを、ドルオスは棒切れを振り回すように軽々と扱っている。
「とんでもねぇ……」
あの筋肉は伊達ではなかった。
「ッてぇぇ!」
今度は弓矢隊の一斉射撃。
が、鳥達はそれを見越して、いつのまにか射程ギリギリまで下がっていた。
「なんなんだよ、魔物のくせによぉッ!」
「それが加護持ちの恐ろしさだ。
あいつが統率した時、魔物はただの群れではなくなるんだよ」
「みてぇだな。
ありゃ群ではなく軍だ」
その統率のとれた動きに舌を巻く。
ともすれば、あのインプの知能はコポ村を襲ったオーガより高いのかもしれない。
そこに、漸く現状を打開する為の手段が到着した。
「言われたものを持ってきましたよぉ!
このコーゼオ・レックサー元帥をアゴで使うとは、さすが我が友ですねぇ!」
皮肉なのかなんなのかは分からない。
ただ、最近『我が友』推しがうざいなと感じながらも、貴也は到着した品々を検分する。
「これなら大丈夫そうだ。
ありがとうコーゼオ元帥」
「いやですねぇ!コーゼオで構いませんよぉ我が――」
「手の空いてる人は、この袋にこの球を詰めてください!」
コーゼオに構っている暇はない。
貴也はネットで調べた知識を頭に思い起こしながら、指示を下していく。
「あぁん?なんだそりゃ」
ドルオスも興味深げに見てくるが説明は後だ。
準備が整うと、貴也は注意事項を伝える。
「射程は短くなってます。
なので、十分に引き付けてから撃って下さい」
そう言って、一度弓矢隊を下げさせる。
爆砲は警戒されていないが、弓は警戒されているからだ。
彼等がいては、鳥達は距離を詰めない。
「ギャッギャギャ!!」
だから、弓隊が下がったのを見ると、インプはここぞとばかりに指示を下した。
同時、一斉に鳥の大群が突撃してくる。
それはあの森で見た光景に似ていた。あの空が落ちてくるようなおぞましさに。
「おいおいおいッ!大丈夫なんだろうなぁ!」
さしものドルオスも怯えを隠せない。
真っ黒い空が迫ってくる。
80……50……30……。
「今ッ!撃てぇぇぇッ!!」
爆砲という名の通り、一斉に爆発音が響き渡る。
ほぼ同時に発射されたそれは一つに重なり、まるで空に風穴を開けるかのような轟音を奏でた。
――事実。
―――風穴は開いた。
真っ暗だった空は斑状に貫かれ、希望の光が差し込んだ。
頭を、胴を、足を、翼を。
場所を問わず千々に吹き飛ばされ、無数の鳥が地に堕ちる。
一度に半数以上の魔物が落とされ、慌てて鳥達が後退していく。
「うおぉぉぉぉッッ!!!」
兵士達から大歓声があがる。
無論その興奮は、ドルオスやコーゼオ、エンカやノゥも例外ではない。
「すっばらっすぃぃぃぃですぅ!!!
さすが我が友!我が親友!」
不本意なランクアップを遂げた貴也の手を、ぶんぶんとコーゼオが握り振り回す。
だが貴也は浮かれない。
インプを倒すまで気を抜いてはいけないことを、コポ村の戦いで学んだのだから。
「次弾装填急いで!」
その言葉に兵達も気を引き締めなおす。
半数以上を落としたとはいえ、まだ敵の数は多い。
貴也が指示して作らせた予備の弾袋を見て、ドルオスが頷く。
「袋ん中に小せぇ弾を詰め込んでんのか」
「えぇえぇ、そのようです。
それが発射時の力でバラけて飛び出す仕組みですねぇ」
さすがに飲み込みが早い。
そう、これは通称『ぶどう弾』
現実世界では16世紀から使われはじめ、主に海戦での近接射撃に使われた代物である。
丈夫な布で袋を作り、その中に小さな弾を詰める。
発射と同時にバラけるため射程距離は短いが、その分広範囲を攻撃出来るいわばショットガンの大砲版だ。
もっと時間があれば、爆砲の改良や、さらには手持ち用の銃の開発も出来たかもしれない。
だがあまりにも時間がなく、以前見た爆砲を有効活用する方法を選んだのである。
ともあれ、秘策は大成功をおさめた。
次の攻撃で、全滅に近いまでのダメージを与えられることだろう。
――が、来ない。
思わぬ痛手に警戒し、鳥達は近寄ってこなくなった。
ただの魔物であれば、頭に血が昇って玉砕覚悟の特攻をしてくるか、逃げるかである。
しかし加護持ちが指揮している場合は違う。
勝機を見出すため、今の攻撃の質などを分析、打ち破る方法を模索しているのであろう。
「やはり、奴を殺すしかないか」
「みてぇだな。
すっかり膠着しちまった」
次弾は装填済みだが、敵まではあまりにも遠い。
向こうは射程を測りかねているのか、実際の想定射程距離を大幅に上回って距離を取っている。
通常の弾であれば十分に届く距離だが、ぶどう弾では確実に届かない。
「水を入れるにゃいい頃合でもあるな。
おいてめぇらッ!警戒しつつ交代で休んどけッ!」
すでに開戦から二時間近くたっている。
疲れが見えている兵士達に休むよう指示し、ドルオスも戦闘が始まってから初めて腰を下ろした。
「っしょぉ。
老体にゃぁ堪えるなぁ」
全然そうは見えないが。
「父上も一度下がって休まれてはいかがですかねぇ」
さすがに普段よりも幾分丁寧な口調で、コーゼオが気遣う。
ドルオスは懐から酒瓶を取り出し、それをあおりつつも視線は敵から外さない。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。
この国、この国の人間、この国にあるもん、全部がワシのもんだ。
それをワシが守らんで誰が守るってんだ」
それがドルオスが最前線で戦う理由。
皇帝という立場にあっても、海賊の流儀を貫き通す漢なのである。
そこにエンカとノゥもやってきた。
多少傷が増えているようにも見えるが、大事はなさそうで安心する。
「さっきのは貴也の発案?
ようやく反撃らしい反撃が出来てスカッとしたわ!」
と、やや興奮気味である。
「上手くいって良かったよ。
だけど、もう通じないかもしれない」
依然として遠巻きな魔物の群れ。
射程は短いし対個では威力を発揮しづらいため、先ほどのような戦果は望めないのではないかと貴也は考えていた。
「えぇえぇ、確かにこのままでは決定打に欠けますねぇ。
なにか射程を伸ばす術はないのでしょうか」
ネットで調べた知識を頭の中に呼び起こす。
用不要問わず、大砲に関することはかなり調べた。
だから、射程を伸ばす方法ならなくはないと、貴也は知っていた。
「おやぁ?なにか思いつきましたかぁ?」
貴也の表情の変化に、目ざとくコーゼオが食いついた。
「いや、なくはないんだが、今すぐには無理なんだ」
そう前置きしてから、ライフリングについて説明する貴也。
砲身の内部にらせん状の溝を掘ることで、発射する弾に回転を加える技術である。
回転が加わった弾は、精度、速度、距離が飛躍的に上昇するのだ。
「そんな技術が……ッ!
しかし、確かに今この場でやるのは難しいですねぇ……」
それに、ライフリングを施した砲身ではぶどう弾は使えない。
布製の袋では、回転に耐え切れず発射する前に破れるか、摩擦が増えるだけで逆に飛距離が落ちるかである。
考え込む貴也の肩を、チョンチョンとノゥが突いた。
疲れは見えるものの、まだ戦う姿勢を崩さないノゥは、手の平に乗せた石を貴也に見せる。
「これは?」
「それは使用済みの爆石ですねぇ。
爆砲は、その石の爆発力を利用して弾を飛ばしているのですよ」
どうりで火薬の匂いがしないわけだと貴也は納得した。
しかし爆石?
聞きなれない単語だが、なにか可能性を感じる。
恐らくノゥもなにかを閃いてこれを差し出してきたのだろう。
頭の中に詩乃の言葉がフラッシュバックする。
『知らない世界なら、知ろうとしなきゃダメ』
そうだ。知らないままではなんの可能性も見出せないのだ。
「使い方を教えてくれ」
「えぇえぇ、簡単ですよ。叩くだけです。
叩いた強さで反応速度が変わり、強く叩けばすぐに、弱く叩けば……そうですねぇ、10秒後くらいには調整できるでしょうか。
で、ボカーンといきますですよぉ」
ハッとしてノゥを見やる。
先に同じ方法を思いついていたであろうノゥは、グッと親指を立ててサムズアップ。
『どうだ凄いだろう?』と言わんばかりの不遜な態度に、どこか森の魔女の面影を見る貴也。
ノゥは、正しくあの魔女の娘なのだ。
そう感じ、貴也はノゥの頭をクシャリと撫でた。
「よし、やるぞッ!」




