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歓迎式典

 歓迎式典は盛大に行われた。

 だが豪華な食事や華麗なダンスに興じる列席者達の中において、貴也の気は重い。


 ポラの説明が本当ならば、この世界の平和は貴也の双肩にかかっていることになる。

 そして勇者の身体をもちながらも、今の貴也の戦闘能力は皆無に等しい。

 それを大広間に来る前に訓練場でまざまざと見せつけられてしまったのだ。


 本日の主役がボコボコに腫らした顔で来るわけにもいかず、慌てて治癒魔法をかけるルーインのあたふたする様に、多少は心も癒されはしたが。


 周りを見渡す。

 国王は上座に鎮座し、挨拶にくる賓客に応えている。

 ポラは見当たらない。一通りの説明のあと、仕事が残っていると大広間には来なかった。


 代わりにルーインが隣に控えている。

 右も左もまだ分からず心細いだろうから、なにかあれば助けるようにとポラに言い含められていたようだが、今はオレンジジュースのようなものを飲んで顔を上気させている。

 真っ直ぐ立っていることも難しいようで、時折こちらの袖を掴んでバランスを取り直している。

 どうみても酔っ払いだが、この世界にアルコールがあるのか?設定上アルコール摂取に年齢制限があるのか?

 その辺りのことが不明なのでなんとも言いようがない。


 ポラの言いつけを守れそうにない時点で問題大有りではあるのだが。



 見知った顔が全滅していることを確認し、どうしたものかと思案する貴也。

 主役であるハズの自分がまたも放っておかれるという状況に違和感とつまらなさを感じはするものの、代わる代わる賓客が挨拶にやってきてそれに笑顔で応対するというのもゾッとしないなと思えば、この扱いで良いのかもしれないとは思う。


 だが所在無いのも事実であり、すでに半分目が閉じかけているルーインを介抱するという名目で、そろそろ抜け出してしまってもいいのではないかと考え始めていた時だった。


「あなたが勇者代行?」


 目の前に少女がいた。


 洋風ドレスやタキシード風な装いばかりの中で、異色を放つチャイナドレスのような出で立ち。

 現実の貴也と同い年くらいだろう。

 ボディラインがくっきり分かる服装では目立ちすぎるほど発育の良い乳房に、思わず視線が吸い寄せられるのをなんとか理性で押しとどめ


「そうだけど君は?」


 と平静を保って返す。

 引き締まったくびれから更に視線を下げると、スリットからスラリと伸びた脚がのぞく。

 だがカジュアルショートの黒髪が彼女の活発さを表し、全体の印象のベクトルは色っぽいではなく『格好良い』を指し示していた。


「あなた、これから色んな国へ行くのよね?

 なら私も連れて行って」


 はじめて視線を合わせる。

 端が垂れているので柔らかく感じる瞳は、やや縦長で猫科を思わせる。

 それも獰猛な部類。

 所作のしなやかさも合わさり、チーターや豹といった肉食獣のようだと貴也は感じた。


「返答は?」


 一段グイッと距離を詰められる。

 それだけで心拍数があがる。

 さながら非捕食者のような気分になるが、食べられてしまうわけにはいかない。

 いやいいのか?どうせ夢だし。


 舞い上がって思考が上手くまとまらないところに冷や水を浴びせるように


「遅くなってしまいましたが何か困ったことはありましたか?」


 とポラが背後から現れた。


「おや、ルーインはもう寝てしまいましたか。

 まったく困った弟子ですね。

 あれほどオルソーはまだ早いと言っておいたのに」


 オルソー?

 聞きなれない単語ではあるが、恐らくあのオレンジジュースのような飲み物のことだろうと察する。

 まだ早いということはやはり『未成年のアルコールは禁止』に近いなにかがあるのかもしれない。

 当の本人は辛うじて貴也の袖を握ってはいるものの、瞼は重力に逆らうことを放棄しており、足はつま先まで力が抜け切っている。

 むしろこの状態でよく袖を握り続けていられるものだと、逆に褒めてあげたいくらいである。


「ところで今の女性は?

 どこかで見覚えはあるのですが……」


 ポラの視線が少女を捕らえるより先に、ポラを一瞥した少女は背を向け歩きだしていた。

 一瞬、ポラに向けた視線に怒りの炎を見た気がしたが、すでに人ごみの中に消えた少女に問いただす術はなかった。


「まぁいいでしょう。

 私はルーインを部屋に運びます。

 アラニス君も今日は疲れたでしょうから、部屋でゆっくり休んで下さい」


 確かに全身に倦怠感を感じていた。

 というより――


(なんだ……これ……)


 倦怠感では足りない。

 催眠術にでもかかったかのように、急速に全身から力が抜けていく。


(あ、ダメだ。離れる)


 ぐるんと世界が回る。

 いや、回ったのは自分かもしれない。

 浮き上がるような沈み込むような、重力と無重力の間を反復横飛びするような不快感。

 そして溺れているような息苦しさにもがき、必死に水面から顔を出す開放感を感じた瞬間。


 ――三久川貴也は自宅のベッドで目を覚ました。


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