ノゥとお買い物
思えばノゥと二人きりになるというのは、あの森で出会った時以来のことではないか。
いきなり走り出して見失わないように手を繋ぎ、手のひらで少し高めの体温を感じながら貴也は思った。
中央広場を離れてからは、ノゥが手を引く方向へ歩く。
お互いに土地勘はないのだが、それでも的確にお菓子屋がある道を選んでいるのは魔女の技か?
はたまた飽くなきお菓子への渇望が起こす奇跡か。
「匂い。甘い」
そのどちらでもないと言いたげに、ノゥはスンスンと鼻を鳴らしてみせる。
貴也も真似して鼻を鳴らしてみるが、甘い匂いを感じるどころか、少しくすんだ空気のせいでくしゃみが出た。
それを楽しげに眺めてからノゥは
「嘘」
と年相応のいたずら顔で笑ってみせた。
妹がいたらこんな感じなのだろうか?
暖かいものに心を満たされながら、二人は洒落たレンガ道を進む。
ややあって、本日4軒目のお菓子屋を発見するノゥ。
だが4軒目ともなると、保護者のほうはお菓子を見ただけでも胸焼けをおこすほどである。
『ゆっくり見ておいで』と手を離して送り出すと、ノゥは一瞬の逡巡のあと、それでも誘惑には勝てずに店内に突入していった。
店外の窓際にあるベンチに腰を下ろし、窓越しに店内のノゥを観察する。
やはりというか、これまでの3軒と同様にというか、ノゥにとっては大きすぎるウィッチハットが、時折棚に陳列されてある商品にぶつかる。
1軒目では木細工の箱、気をつけていた筈の2軒目では、目を離した隙にガラスの小瓶にぶつかり落としてしまった。
もちろん買い取り、店を出たあと『店に入る時は預かるよ』と申し出たのだが、固辞されてしまった。
ルーインからも聞いていたが、ノゥはあのウィッチハットを片時も離そうとしない。
それがノゥと魔女の繋がりを強く感じさせると同時に、やはり寂しいのだなと貴也は思っていた。
それゆえに、今更ながら貴也は不思議に思う。
寂しい思いをすると分かりながら、それでもノゥはこの旅について来たのだ。
そして恐らく魔女も、ノゥの気持ちは重々承知したうえで送り出した。
子離れ親離れの通過儀礼のようなものといえばそれまでだが、少し強引な気がする。
と、窓越しにノゥが何か言いたげに目配せをしてきたので、貴也の思考は中断を余儀なくされた。
ノゥが手に持っているのは、これまでの3軒ではお目にかかったことのないような豪華な包装のお菓子。
今まで選んで購入してきたものは、クッキーのようなものであったり、飴玉が詰まった袋であったりの比較的安いものばかりであった。
しかしどう考えてもあれは今までとは違う。
金色の包装紙に包まれた中に重厚な木箱が納まっており、ガラスで中が透けて見えている。
そこには一つ一つが精巧に作られた、美しいチョコレート的なものが整然と並べ納められているのだ。
端に値札が見える。
貴也にはこちらの貨幣価値がまだよく分かっていなかったのだが、それでも分かることはある。
(いつもより0が二つも多いんですが……)
お金はボードレイド王から支給されたものと、コポ村の件でもフォルスボア国から報奨が出ているので困ることはない。
だが今ルーインに渡されている金額はさして多くはないはずだ。
『お菓子を買うだけなので、そんなに持っていく必要はないと思いますよ。
ノゥちゃんがどれだけ買うのか分からないので、これでも少し多めですけど』と、そのようにルーインは言っていた。
将来良い奥さんになりそうなしっかりした子だと思う。
仕方ないので貴也は窓越しに、両手で大きく×を作ってみせる。
実際のところは不明だが、手持ちでは足りない公算のほうが高いのだからしょうがない。
しかし、そんな台所事情を知らないノゥは大げさに、いや大げさすぎるほどに絶望した表情を作ると、天を仰ぎお菓子を持ち上げて膝から崩れ落ちる。
「いやいや、それは大げさすぎるだろ」
とツッコんでみるが、そのままノゥはうな垂れて立ち上がらない。
見かねて店員がノゥを介抱しはじめ、その矛先は当然のごとくこちらへ向く。
「お兄さんですよね!?こんなに欲しがっているんだから買ってあげるくらいの甲斐性をみせたらどうです!?」
無茶を言う。
というか高額な商品を売りさばきたいだけじゃないのか!?
だが押し黙っていると、事態はますます悪化していく。
絶望に打ちひしがれるノゥ。こちらを責め立てる店員。同調し始める野次馬。奥でほくそ笑む店主。
いったい俺が何をしたのかと、貴也は泣きたい気分になってきた。
結局あのお菓子を買うには手持ちでは足りなかった。
あとで連れが支払いに来ますとツケにしてもらい、ようやく事態は収拾をみたのだ。
そうして二人、宿屋へ向う。
ツケとはいえ手持ちを全て渡したので、買い物の続行は不可能になってしまったからだ。
隣にはお菓子を大事そうに抱えてノゥがはしゃいでいるが、貴也はふと疑問に思った。
ノゥだって、あれを買えば他のお菓子が買えなくなることは分かってた筈だ。
まだ半分しか埋まっていないリュックサック。
それを満タンにすることを諦めてまで、あのお菓子を優先させたのはなぜだろうかと。
「昔。バァと食べた」
心を読んでかノゥが言った。
バァというのは魔女のことだろう。
遠い異国の地で、偶然に出会った老婆との思い出。
なるほど、それならあれだけ固執するのも肯ける。
「にぃと。皆と。食べたかった」
そして新たな思い出を作っていきたいのだと、そうノゥは言っている気がした。
貴也はクシャリと頭を撫でてやる。
こうやって子供は大人になっていくんだなと、感慨深いものがあった。
「だからといって無駄使いしていいわけじゃありません!」
宿屋でめちゃくちゃルーインに怒られた。




