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新たな旅立ち

 現実世界のことを適当に流して、貴也は夜を待つ。

 いつもと変わり映えのしない現実よりスリリングで、そして頼られる立場である異世界が楽しくなってきていた。

 必然、異世界のことを考える比重が多くなる。


 心の奥では分かっている。本来自分がいるべき日常はこちら。だから勉強も付き合いも、こちらを重視するべきだと。

 しかし見るもの全てが新鮮で、魔法という素晴らしい力がある異世界に抗いがたい魅力を感じる。


 激戦を乗り越えた今、その手にあるのは戦えるという確かな自信と、甘美なる勝利によって得られた称賛。

 そして仲間達からの厚い信頼である。


 時刻は23:10分。

 いつもより一時間近くも早くベッドに潜り込む。


 今日の予定はなんだったか。

 そうだ、機械帝国ラングドルに向けて旅立つのだった。

 そこはどのような国だろう。

 機械帝国というくらいだから、機械技術が発達した国であると予想出来る。

 ひょっとしたら魔法と融合した技術で、ロボットなんかもいたりするかもしれない。

 期待に胸が膨らむ。


 期待に反してなかなか寝付けなかった貴也だが、ベッドに入って三十分ほど経つとようやく眠気が襲ってきた。

 そして、ぐるりと世界は反転する__。


 *******************************************


 異世界での目覚めはいつものようにルーインの声だった。

 だが「おはようございます」と挨拶をするルーインの隣に、もう一人いる。

 見慣れたウィッチハットで顔が隠れているが魔女ではない。

 黒一色のゴスロリチックなドレス。胸元に輝く美しい青い宝石。


「ノゥ?」


 ノゥはウィッチハットのツバを持ち上げ、コクリと肯定の意を示す。

 しかし周りに保護者である魔女の姿が見えない。

 それにウィッチハットをノゥが被っているのもおかしい。

 どうした訳かとルーインに尋ねると


「それが、ノゥちゃんはそろそろ独り立ちしなきゃならない年齢だから、しばらく預けると……。

 世界を見せてやって欲しいと魔女様はそうおっしゃって、一人で森へお帰りになってしまいました」


 なんと勝手なばあちゃんだと憤る。

 ノゥもあの戦いを潜り抜けた一人とはいえ、危険が伴う旅路である。

 犬猫を預けるのとは訳が違うだろうと。


 が、当事者であるノゥをよくよく見れば、服とお揃いのリュックサックを担いでいる。

 そこに形状が歪になるほどパンパンにお菓子を詰め込み、臨戦態勢。

 瞳には『一緒に連れていけ』と強い意志を宿しているではないか。


「ノゥ。ひょっとしてノゥは一緒に行きたいのか?」


「ん」


 一も二もなく答える。

 貴也は考えてみた。

 ノゥを置いていった場合ノゥはどうなるだろうか?と。

 一人であの森の中を無事に小屋までたどり着けるのだろうか?

 魔女はちゃんと森の小屋に帰っているのだろうか?

 あの性格だと、ここぞとばかりに遊び歩いていてもおかしくはない気がする。


 と、ノゥはトコトコと貴也のもとまで歩みより、ウルウルとした瞳で貴也を見つめる。


 なんという破壊力だろう。

 まるで雨の日に捨てられている子犬のような。

 親からはぐれてフルフルと震える子猫のような。


 圧倒的なまでの庇護欲の高波に、理性やら道徳やら、なんもかんもが飲み込まれる。

「幼女趣味はいかんぞ」と魔女の高笑いがどこかで聞こえた気がした。


「分かった。一緒に行こうノゥ。

 ルーインとエンカも構わないか?」


「はい、貴也さんがそうしたいのでしたら」


 と静かに成り行きを見守っていたルーインが答える。

 さらに、ちょうど今しがた戸口までやってきていたエンカも


「仕方ないわね」


 と渋々ぎみに了承。

 反対する者がいなくなり、ノゥは一層瞳を輝かせた。

 その小さな手のひらに『断られそうになったら目を潤ませて小僧にしがみつけ』と書かれた紙切れを、人知れず握りしめて。


 話がまとまったところで、エンカが貴也の部屋を訪れた本来の要件を伝える。


「ところで、軍の移送準備が出来たみたいよ。

 出発準備が整ったら降りてきて」


 そう言い残し、自分は一足先にと外へ向かった。

 残された三人は互いを見やり、支度が出来ているか確認し合う。

 と言っても持ち物はノゥのお菓子を除けば多くはなく、ほとんど手ぶらに近かったが。


「じゃあ二人とも準備は良さそうだし、俺たちも行くか」


 と貴也が促す。

 そのあとを「はい」「ん」と可愛らしい二つの声が続いた。





 外に出るとルーナ中佐がてきぱきと指示を飛ばし、移送隊の最終確認をしているところであった。

 見たところ編成は、中央に移送用の馬車が1台、その前後に騎馬隊が3名ずつ、左右にも2名ずつ。

 馬車を操縦する御者とルーナ中佐を合わせ、総勢12名での護衛となる。


「おはようございます。

 といってももう昼過ぎですが」


 こちらを見つけたルーナが挨拶をしてくる。

 空を見れば太陽はすでに真上よりも大分傾いていた。


「遅くなってしまい申し訳ないです」


 出発が遅れた原因が自分にあると、貴也は謝罪する。

 もっともこればかりはどうにもならないことなのだが。


「いえ、申し訳ありません。

 今のは皮肉でもなんでもなかったのですが。失言でした」


 ルーナは慌てて謝罪すると、手振りで馬車に乗るよう促してきた。

 中にはすでにエンカが乗り込んでおり、足を伸ばしてくつろいでいた。

 そこにノゥ、ルーインと続くが、広さだけで言えばまだまだ十分な余裕があった。


「物資輸送用のものを少し改良しただけですので、乗り心地はあまりよくないかもしれません。

 そのぶん十分な広さは確保できておりますので、いつでもおやすみになれますよ」


 先ほどの失言といい今の説明といい、ルーナは貴也の眠りについて知っているような口ぶりである。

 その答え合わせは、続くルーナの言葉でなされた。


「勇者様の体調については伺っております。

 魔王討伐時に力を使いすぎたため、今では一日の半分以上を体力回復の為の眠りに使わざるを得ないとか。

 機械帝国までは我々が全力でお守りいたしますので、どうぞご心配なくお休み下さい」


「そうか。ありがとうルーナ中佐。

 じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」


 事実とは異なるものの、うまい言い分だなと感心した。


「お任せください。

 それと、私のことはルーナで構いません。

 勇者であり、村を救った英雄に、敬称をつけて呼ばれると落ち着きません」


「あぁ、分かったよルーナ」


 一瞬『モンモン』と呼んでみたい欲求に駆られたが、上官である自国の総大将にすらあの態度である。

 三文字目辺りで氷の柱が自分の胸を貫いてる姿が容易に想像でき、貴也は思いとどまった。




 かくして一行はコポ村を出発する。

 機械帝国に対する期待と、共に旅が出来る喜びと、姉の手がかりがあるかもしれないという希望と、たくさんのお菓子を携えて。


 そしてこの後、貴也は再び思い知る。

 この異世界が決して楽観できるものではなく、その命の灯は常に風雨に曝されているのだということを。




 ************第1章 旅立ち編 了***********



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