会議2
パンッパンッと二度柏手を打ち、ロイツが告げる。
「よし、ばあさんの件についてはまずは不問とする。
雷撃上位魔法についてもとりあえずは信用しよう」
ルーナ中佐が不満あり気に鋭い視線をロイツに向けたが、逆に『黙れ』と言わんばかりのロイツの目力に封殺される。
有無を言わせぬ力技のまとめ方は、彼の見た目通りであった。
「__分かりました。
ではオーガは上位の雷撃魔法でも死なない闇の加護持ちであった。
そして、勇者アラニス様がトドメを刺すことでようやく滅ぼしたということでよろしいですね」
まだ不満は燻っているだろうに、それでもしっかり自分の役割を淡々とこなすあたり、よく訓練された軍人であることが伺える。
「そういえば……」
と、ここまで沈黙を保っていたルーインが恐る恐る声をあげた。
「発言は挙手してからお願いいたします」
「ひゃいッ!」
「あなたはボードレイドから同行している魔術師の方ですね?
では発言をどうぞ」
見れば、ルーインはすでに涙目になっている。
人知れず貴也は(頑張れ)と心の中で声援を送った。
それが届いたのかは定かではないが、気を取り直してルーインが語り始める。
「わ、私たちが公会堂の外で戦っている時なんですけど・・・。
あ、まだ貴……アラニスさん達が到着する前の話です」
ひとつひとつ思い出すように語る。
若干ルーナがイラつき始めているようだが、あえて目を合わせないように続けた。
「あの魔物達は天候を予測し、それを利用してきました。
エンカさん達と『なんで一斉に攻めてこないんだろう』って話していた直後、雨が降ってきて……。
それで真っ暗になったのを見計らって……」
ルーインが言葉に詰まった。
恐らく詳細に思い出そうとしたあまり、その時の恐怖心まで思い出してしまったのだろう。
わずかに肩が震えている。
貴也がそっと背中をさすってやると、視線だけ貴也に向け「ありがとうございます。大丈夫です」と伝えた。
「あれは自分達の損害を最小限に留め、そして確実に私たちを皆殺しにするための戦術だったんだと思います。
結果的に、それまでの時間稼ぎが私たちに有利に働いたわけですけど……」
ルーインの言う通りである。
仮にあの時貴也達が到着していなければ、暗闇をものともしない魔物達は、反撃を受けることなく村人達を皆殺しに出来たのだ。
「たしかに魔物ってのは天候の変化に敏感だ。
自然に生きるものならではの感覚なんだろうな。
だが、それを戦術に組み込むとなるとにわかには信じがたいところではある」
とはいえ単純に否定もできない。
只者ではない魔女がいたり、オーガ程度が闇の加護を持っていたりと、すでにあの戦闘は規格外。
彼らの常識の外にある出来事で溢れているのだから。
既成概念が揺らぐが、それでもその中で仮説を建てなければならない。
そうしなければ国を守れないのだから、軍人として、国を守るものとしてロイツは考える。
考え、否定し、考え、否定し、だが結論には至らず時間だけが流れる。
そこに魔女が助け舟を出した。
「既存の加護持ちと、あのオーガには一つ共通点がある」
その言葉でロイツは暗闇に光明を見出し、急速に組み立てられていく仮説が口から零れる。
「……知能か。
__我々は闇の加護をもつ魔物は、その格、ある一定以上の強さが必要だと思っていた。
だがそうではなく、あの加護は一定以上の知能を持った魔物に与えられると」
「ふぇっふぇ。可能性の域は出んがのぅ」
「そういえばあいつ、人の言葉を話すほど高い知能を持っていたわね」
エンカも同調した。
しかしそうなると……と、貴也以外の全員が同じ疑問にぶちあたる。
『どうやって知能を得たのか?』
得体の知れない不安が静寂をもたらす中、押し黙っていたルーナ中佐がぽつりと漏らす。
「危険かもしれません……」
「なにがだ?」
いつになく弱気な部下の発言。
ロイツは先を急かす。
「先日、機械帝国ラングドル領内にて、人語を話すインプを見たとの噂話があったそうです。
町人のただの与太話だと思っていたのですが、これはもしかすると……」
報告をうけ考えるのも束の間、跳ねるように立ち上がりロイツは防寒具に手を通す。
「俺は至急城に戻り陛下に此度の報告をする。
その後調査隊を編成し、この異変が真に異変として脅威を向けるのか調べる。
隊は残していくのでモンモンは引き続き村の復興と、そして勇者どのの警護にあたれ。いいな!」
さすがに。どうしようもなく。仕方なく。嫌々ながら。
そういった感情をこれでもかと滲ませ、ルーナ中佐が応える。
「____はっ。
ですがロイツ大将、次にその呼び名で呼んだら、私の氷魔法が勝手に飛び出すかもしれない非礼を先に詫びておきます」
ニヤリと笑みを浮かべ「あいよ」と答えると、中座する非礼を詫びてからロイツはテントを飛び出した。
それを見届けてから、ルーナは今日初めて着席する。
「さて、我々軍の今後の方針は決まりましたが、聞いておきたい話などはありますか?」
さきほどまで纏っていた緊張感を和らげ、静かにそう尋ねてきた。
その言葉を待ってましたとばかりに、エンカが挙手をする。
「ああ、もう挙手は結構ですよ。
今は会議ではなく、余談と思って頂いて構いませんので」
「なら遠慮なく。
ひとつ聞きたいことがあるのだけれど、フォルスボアでは姉の行方に心当たりはありませんか?」
姉。今は消息不明となっている勇傑の7人の一人『竜殺の拳・レスタシア・クォルツ』のことだ。
その問いこそが姉を探すというエンカの本来の目的に合致するものであり、こうして軍の上層部に話を聞くことが出来るというのが、彼女が貴也に同行を求めた理由である。
そのひとつが今叶ったのだ。
だが、返答は芳しいものではなかった。
「申し訳ありませんが、当国の情報網には引っかかっておりません。
それはボードレイドの『紫石の杖・ポラ・シーオ・マハオ』を除く6人全員も同じです。
中には当国出身の『絶氷の魔女・ナコラ・ララ・ラクティ』も含まれておりますので、目下捜索中ではありますが。
お力になれず申し訳ありません」
やはり__と、そう簡単に見つかりはしまいと覚悟は決めていたものの、現実を突きつけられると力なくエンカは腰を落とした。
「では私からも質問をよろしいでしょうか?
此度の勇者様の遠征は、我が国へ向かっている魔物の討伐への助力嘆願にお応え頂いたからだと記憶しております。
それが先日コポ村を襲った大群であることは疑いようもなく、また予想通り加護持ちも現れました。
加護を持つものがオーガ程度であったことも、コポ村に進路を変えたことも予想外ではありましたが。
それで、今後のご予定はお決まりでしょうか?」
貴也達一行は顔を伺いあう。
というよりコポ村の戦闘が終わった時点で『フォルスボアへ向かってくれ』というボードレイド王の依頼が達成されたということに、今はじめて気づいたのだ。
だから『今後』と言われてもピンと来ない。
あえて言うならばエンカの姉の捜索だが、手掛かりはまるでない。
そんな様子をみて、ルーナが提案する。
「でしたら機械帝国ラングドルに向かってみてはいかがでしょう」
機械帝国ラングドル。
先の会議中に、人語を話すインプが目撃されたと話題にあがった国である。
コポ村からであれば遥か南、砂漠を越えて川沿いに東に位置し、徒歩であれば3日はかかる行程になる。
「先ほど我々の至った推測が正しければ、そのインプにも魔物を率いる能力が、そして闇の加護があるのかもしれません。
ですから勇者様には、その殲滅をお願い出来ればと思いまして」
とルーナは付け加えた。
勇者にしか倒せない闇の加護をもつ魔物。
その脅威を今回貴也は目の当たりにした。
恐れはある。死にたくない気持ちも当然ある。だが逃げ出したいとはもう思わなくなっている。
逃げ出してしまったら守れなかった笑顔が、今も隣でほほ笑んでいるのだから。
ルーインとエンカにも確認する。
二人とも賛成のようで、方針は決まった。
もっとも魔女は、さすがにそこまでは着いて来てはくれないとのことで、大幅な戦力ダウンは否めない。
「道中、ラングドルとの国境までではありますが、我らが護衛いたしますのでそこはご安心を。
先方にも伝書を飛ばし、国境まで迎えを頼んでおきます」
重ね重ねありがとうございますと礼を崩さないルーナに背を向け、テントをあとにした。
魔女はノゥの待つ公会堂へと戻り、エンカは貴也達とは別の家屋に部屋を借りていたので、途中で別れる。
家に戻るとところどころの部屋からイビキが聞こえてきた。
すでに時刻は真夜中を回っているので当然のことではあるが。
自室に二人で入る。
ルーイン曰く、貴也が睡眠に入るまではまだ1時間半ほどあるとのことで、それまで付き添っていようかという提案だった。
だが、会議中から時折あくびを噛み殺しているルーインの姿を見ていたので、貴也はそれを固辞する。
少し残念そうな顔で渋々部屋を出ていくルーインを見送り、貴也は窓から空を眺めた。
空は高く、風は冷たく、星は瞬く。
この世界で過ごす、初めての、ゆったりとした夜であった。