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会議1

 貴也が目覚めたのはコポ村の小さな一軒家の寝室だった。

 傍らにはいつものようにルーインが控えており、貴也の目覚めを笑顔で出迎えた。


「おはようございます。貴也さん」


「おやよう、ルーイン。

 ところでここは?」


「村の中で比較的破損の少ない家屋は、一時的にみなさんで共有しようということになりまして。

 その中の一つがこちらのお宅です。

 ですから他の方も一緒に泊まっていますが……お嫌でしたか?」


 壊滅的な被害を被ったコポ村では無事な建物のほうが少ない。

 冬は超えたとはいえ、まだ夜の寒さが厳しいこの季節。

 そんな中住む家を失い、外に放り出されてしまった村人を守るための緊急措置として、軍主導で決まったらしい。


「嫌じゃないさ。仕方のないことだしな。

 そんなに気を使わなくてもいいんだぞ」


「優しい貴也さんならそう言ってくださると思ってました」


 満面の笑顔で答えるルーイン。

 なんだか自分の評価が爆上げされているようで、貴也は少し面はゆい思いがした。


「あ、それでですね、この後なんですが」


「この後?

 なにか予定があるの?」


「はい。

 あの、軍の方が昨晩のことについて貴也さんと話しがしたいとのことです」


「話と言われてもな。

 俺自身は無我夢中だったし、なにがあったか聞くならなら他の人から聞いたほうが良さそうだけど」


 とはいえ貴也が当事者で、かつ勇者であるという事実を考えれば、それもまた仕方のないこと。

 お偉方との会話には気が重くなるが、しかし昨日少し話ただけだがあの総大将ロイツ・ビナコラであればそう固い話にはなるまいと考え直し、貴也は了承した。


 ルーインも同行し、エンカや魔女も同席するとのことだったが、生憎とこの村には今その人数で会議が可能な使用していない建造物が存在しない。

 なので村の外に設営された軍の仮設テントに向かう必要があるため、2人は防寒具を纏い外に出た。


 夜も更けはじめた時間帯である。

 時折肌を刺すような夜風が、廃墟同然になった村内を駆け抜ける。

 それでも今朝見た景色に比べ、大分片付いているように見えた。

 魔導王国軍はあまり体力に自信がありそうには見えなかったので、得意の魔法を駆使して作業を進めたのだろう。

 村内を歩きがてら『便利なものだな』と貴也は思った。


 ほどなく村の入り口まで差し掛かる。

 この辺りはまだ手が及んでおらず、激戦の爪痕が色濃く残っていた。


 少し離れた暗がりの中に明かりが見える。

 夜ということで出入りは少ないが、あれが魔導王国軍の仮設テントなのだろう。

 貴也は襟を正した。

 と、ルーインが「言い忘れていましたが」と口を開いた。


「軍関係者は魔導王国軍総大将のロイツ・ビナコラさん以外に、魔導軍第一魔導大隊の隊長を務めていらっしゃるルーナ・モンテラ中佐も同席されるそうです。

 彼女は魂降しのことを知りませんので、申し訳ありませんが勇者アラニスとして振舞っていただけますか?」


 伏し目がちにそう伝えたルーイン。

 貴也が『三久川貴也』という個にこだわり、勇者アラニスとされることを快く思っていないことを彼女は知っている。

 だから『言い忘れていた』のではなく『言いづらかった』のだろうと貴也は解釈した。


「ひゃぁ!」


 突然頭を撫でられた感触に驚いてルーインは思わず声をあげた。


「だから、そんなに気を使わなくていいって」


 ルーインは思わず目を見張る。

 自分の感情、言い出し辛かった気持ち、それでも伝えておかなければならなかった苦悩。

 そういったものを貴也が正しく理解して慮ってくれたことに、夜の寒さなど感じなくなるほど心が温まる思いがした。

 だから、再び伏し目がちになった時、その心情は先ほどとは正反対のものであった。






「夜分にお呼び立てしてしまい恐縮です」


 ひと際大きなテントの中。

 その上座に座る男ロイツ・ビナコラの隣で、ルーナ・モンテラ中佐が姿勢を正し最啓礼で貴也達を出迎えた。


 テントの中は十分な光量で満たされていたが、その光源は一定間隔で置かれている紙切れ。

 簡易魔術式で組まれているというその紙が、絶えず光を放っている。

 さらに昼の日向のような温かさも感じることから、ほかにもいくつかの魔術式でテントは成り立っているようであった。

 それが物珍しく、ついキョロキョロと見まわしてしまうと、先に着席していた魔女と目が合い、そしてエンカと目が合う。

 その目は「いいから着席しなさい」と言っているようであったので、とりあえず貴也はそれに従った。


 この場に全員が揃ったことを確認し、ロイツが立ち上がる。

 身長2mに届くかという長身で、かつ全身を軍服の上からでも見て取れる鋼の筋肉で鍛え上げた男が深々と頭を下げる。

 その姿にすら威厳と自信と圧力を相手に感じさせる、威風堂々とした立ち居振る舞いに、感嘆が漏れる。


「まずは改めて私から感謝を述べたい。

 我が魔導王国領のコポ村をお救い頂き、誠にありがとうございました」


 同時に隣のルーナも頭を下げる。

 これがロイツ個人の思いではなく、魔導王国としての感謝であるという表れだ。


「追って国王より褒賞があるとのことだ。

 遠慮なく受け取られよ」


 そこまで告げてロイツは姿勢を戻して着席し、隣のルーナがそのまま一歩進み出た。

 ここからの議事進行を担うためである。


「では進めてくれモンモン」


 ___。

 _____。

 _______。


 流れとしてルーナから話の議題が発表されるのだろうと一同の誰もが思った。


 __だが動かない。


 普段は長いであろう髪をアップに束ね、化粧はごく薄めに留めている。

 釣り気味な目がキツイ印象を与えるが、キリッとした軍服姿に芯を通したような一直線の立ち姿勢も相まって、美人秘書という感じを受ける。

 しかし『進めてくれ』という上官のロイツの言葉はテントの隅にまで届いていただろうに、それを受けてもルーナ中佐はピクリとも動きをみせない。


 と、『オホン』とロイツは一つ咳払いをして仕切り直した。


「では進めてくれルーナ中佐」


「はっ!」


 今度はやや食い気味に小気味良い返事をし、ようやくルーナが動き出した。

 今のはなんだったのかという疑問を挟む余地を与えないように、ルーナが進める。


「では最初に、今回のコポ村に対する魔物の大群による襲撃事件の最重要懸念事項である『なぜ魔物は統率が取れていたのか』について現場にいらっしゃった皆様の意見を伺いたいと思います。

 なにか気付いたことがある方は挙手で発言をお願いいたします」


 スッと手が挙がる。

 今回の戦いで最も長く前線で戦ったエンカだ。


「はい、ではそちらの――」


「エンカです。

 エンカ・クォルツ」


 ロイツがその名前に反応する。


「クォルツ?

 では君は――」


「はい、レスタシア・クォルツの妹です」


「なるほどな!

 村人からの聴取で、とてつもなく強い武道家の女性がいたと聞いてはいたが。

 あの『竜殺の拳』の妹君ならば納得だ。

 ――お、すまん。続けてくれ」


 話の腰を折ってしまったことを詫び、話を戻すようロイツが促す。


「はい。では私の意見を述べさせて頂きます。

 魔物達の統率がとれていた理由ですが、それは統率するに足るものがいたからです。

 そしてそれが、アラニスさんが最後にトドメを刺したオーガであると私は確信しています」


「統率するに足るもの……。

 つまりそのオーガが魔王、ないし幹部級であったと君は言うわけだな。

 __どう思うモンモン」


 __。

 ___。

 ____。


 さきほどの焼き直しのように、再びルーナの動きが止まり、そしてロイツが仕切りなおす。


「オホン。

 で、どう思う、ルーナ中佐」


「はっ。

 客観的に、また過去の事例から判断するにあり得ないことだと思われます」


 自分の意見を『あり得ない』と否定され、エンカの眉がピクリと跳ねたのを貴也は見逃さない。

 食ってかかりそうな気配を立ち昇らせるエンカを制し、ルーナが続ける。


「ひとつに、幹部級まで力をつけたオーガの個体が発見された事例がないこと。

 また、それが本当に幹部級の力を持っていたと仮定した場合、恐れながら現状の戦力で倒せたとは思えないことが理由です」


「あなたねッ!

 こっちには勇者と私と、あとよく分からないけど凄そうな魔女がいたのよ!

 確かに厳しい戦いではあったけれど、私たちが倒したという事実まで否定されるのは我慢ならないわ!」


 今度は制しきれず、エンカは立ち上がり食ってかかった。

 戦力に含まれなかったルーインが貴也の隣で小さく肩を落とし、『よく分からないけど凄そう』と評された魔女は「ふぇっふぇ」と笑っている。

 だがエンカの剣幕に一歩もひかず反論するあたり、印象だけではなくルーナは性格もきつそうだなと貴也は思った。


「幹部級の力を持ったオーガであったのなら倒せなかっただろうと言ったまでです。

 あなた方がオーガを倒した事実は否定しておりません。

 話をよく聞きなさい。

 私は『幹部級の力をもつオーガなど存在しない』と言っているのです」


「だったらどうやって統率をとっていたというのよッ!」


「それを話し合う場でしょう。

 あなたは何を言っているのですか?」


 途端に気温が上がり始めるテント内を収めようとロイツが宥める。


「まーまー、落ち着け二人とも。

 そんなに喧嘩腰になっちまったら話が進まんだろう。

 そのオーガが幹部級だという根拠はあるのか?」


「それにはワシが答えよう」


 愉快気に場を眺めていた、よく分からないけど凄い魔女が話を引き継いだ。

 場を鎮めるためにエンカに落ち着いてもらうための配慮だと貴也は気づく。


「ありゃ間違いなく闇の加護持ちじゃったよ。

 なんせワシの上位雷撃魔法を受けて黒焦げになったあと、再び動きだしよったからのぅ」


「それこそあり得ません。

 上位雷撃魔法を受けて動けるオーガも。上位雷撃魔法を撃てる者が我々の領内にいて、我々が把握していないことも」


「落ち着けモンモン。

 少なくともばあさんの言う通り、オーガが加護持ちなら前者は説明がつくだろ。

 もっとも後者は俺もモンモンの意見に賛同するがな。

 __ばあさん、あんたナニモンだ?」


「魔女じゃよ。ふぇっふぇ」


 どんな場でもそのスタイルを崩さない老婆に、貴也はいっそ尊敬してしまいそうになった。

 だが笑って済ませてくれるほど軍人は甘くない。


「こっちも領内の治安を守るって仕事があるもんでね。

 不穏分子が隠れ住んでいたなんてことを報告はしたくないわけだ。

 分かるよな?ばあさん」


 瞬間、貴也は首筋に静電気を受けたように感じた。

 それほどの殺気をロイツが魔女に向けているのだ。

 ピリピリどころかビリビリと痺れるような空気の中、魔女はフゥーと長く息を吐きだす。


「__雷帝は元気にしとるか?

 ワシの教えた雷魔法健康術で長生きしとるんじゃろうのぅ。ふぇっふぇ」


「貴様なにを無礼な__ッ」


 雷帝。

 魔導王国の先々代国王の二つ名である。

 それを侮辱したような発言にルーナが敵意を露わにするのは当然であったが、ロイツはそれを制して考える。


(雷帝の側近中の側近だった祖父から聞いたことがある。

 雷帝は戦で怪我を負い、麻痺してしまった右足を治療するために雷魔法を習い自らの右足に微弱な電撃を通し続けることで麻痺を治したという。

 その時雷魔法を教えたのは__)


「まさか……ディアル――」


「やめぃ。

 今はただの気の良いよく分からんけど凄い森の魔女なんじゃ」


 魔女の正体に思い当たった節のあるロイツが驚愕と同時に恐縮し、かしづきかけるが、それを魔女は制する。

 なんとなく(あ、やっぱりこのばあちゃん只者じゃないんだな)と貴也も気づいたが、当の老婆がそれを知られることを良しとしていないことも分かったので、心に仕舞い込んだ。

 ただし、ひっそりと『気の良い』とかいう枕詞を増やしたことはあとでツッコまざるを得ないという決意は揺るがなかったが。



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