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告白

 貴也が逃げるルーインにようやく追いついたのは村のはずれ、すこし森の中に踏み入った地点であった。

 思いのほかの健脚ぶりを発揮したルーインは、だが魔術師特融の体力不足により、今はぜぃぜぃと肩で息をしている。


「なんで、そんなに、必死に、逃げるん、だよ」


 対する貴也も相当に息があがっており、絶え絶えにとがめる。

 膝に両手をつくと、汗が滴り落ちた。

 ひと際大きく息を吐きだし、そして伸びをするように同じだけ大きく息を吸い込む。

 出て行った体内の熱に代わり、芽吹きはじめた新緑と果実。花や土の香り。そういった自然の恵み豊かな、新鮮な空気が肺いっぱいに広がる。


「本当は昨夜帰ってきたとき最初に言いたかったんだけど、あんな状況だっただろ?

 だから伸び伸びになってしまって」


 一泊間を置き、ルーインの聞く態勢が整うのを待ってから、深々と頭を下げた。


「ごめん、ルーイン。

 君に課せられている重責を知っていたのに。そして真面目な君は、それに押し潰されそうになっても全力で頑張る子だと理解していたのに。

 それなのに俺は酷い、まるで全ての責任が君にあるかのような酷い言葉をぶつけて泣かせてしまったんだ。

 謝っても許してくれないだろうけど、それでも謝らせてくれ。

 本当にごめん、ルーイン」


「ち、ちが……違うんですッ」


 貴也の言葉を聞きながら困惑し、赤面し、たじろぎ、慌てる。

 目を白黒させ、そうしてようやく否定の言葉を紡いだ。

 自分で思うより強く荒げてしまった声にまた慌てて、だけど今度は逃げ出さないようにと拳を握りこむ。


「わた、私が。私のほうが。本当は謝らなきゃいけなくて。

 だって、私が無理やり呼び出してしまって、それで無理やり命を賭けさせるようなことになってしまって。

 それなのに旅に出てくれて、私なんかを庇ってくれたし、でも私がまた勇者を押し付けるようなことを言ってしまって。

 だから嫌気が差すのは当たり前で。それなのに、それなのにあんな危険を冒してまで戻ってきてくれて。

 そして村を、みんなを、私を助けてくれて……」


 謝罪と、後悔と、感謝と、涙が。

 次から次からとめどなく溢れ、視界は洪水に攫われて。

 涙声の告白は次第に消え入り、今ではただの泣き声になっていた。


 ふわりと頭に乗せられた大きな手が、優しく髪をなでる。

 その優しさ、温もりにずっと浸っていたくなるが、伝えるべき言葉をまだ伝えていない。

 ルーインはその手を両手で掴み、自分の心からの言葉だと伝えるように自らの胸の中央に押し当てた。

 思わぬ行動にドキリとたじろぐ彼の瞳をしっかり見据えて、透き通った声ではっきり伝える。


「今まで本当にごめんなさい。

 そしてありがとうございます、貴也さん」






 その後、落ち着くのを待ってから2人は公会堂に戻ることにした。

 もう涙は止まっているが、目元は赤いまま。

 ここのところいっつも泣いている気がする。

 それに言葉を伝えたいと無我夢中で、頭が大混乱していたとはいえ、思い返すと非常に恥ずかしく、はしたない行為をしたような気がする。

 横を歩く貴也の顔が少し赤い気がするのは気のせいではないだろう。

 きっと意識させてしまっているに違いない。なんでもいい、なにか話題を振らなければ。


「そういえばあのお婆さんはどなたなんですか?」


「いや俺もよくは知らないんだ。

 出会ってまだ間もないし」


 それはそうかとルーインは思う。

 貴也が昨日宿を飛び出してから、まだ丸1日も経ってはいない。

 森に入ってすぐに出会えた訳でもないだろうし、途中睡眠もあったはずだ。

 ならば実質出会って数時間ということになる。

 それにしても息がぴったりだったが。


「でもこれだけは言える。

 とんでもなくお節介な、憎たらしくなるほど憎めない魔女だよ、あのばあちゃんは」


 お節介。

 ならばあれもお節介だったのだろうか?

 川から戻ってきた私の姿をはっきり認識しているのに、それをあえて貴也さんには伝えず言葉を引き出そうとしていた。

『可愛い』と。


 途端、体中の血液が駆け昇ってくる。

 おかげで顔が熱い、頬が赤く染まる。

 今なら本当に顔から火が出せそう。世界発、顔から炎魔法を行使する魔術師。

 ダメだ。思考が定まらない。すぐに空に飛んで、広がり、霧散する――

『可愛い』

 のに、その言葉だけが何度も何度もフラッシュバックする。

 いやいや、それは貴也さんの言葉ではなかったと記憶している。冷静にならなきゃ。

 あれはあのお婆さんが言っていただけ、貴也さんは認めただけ……認めた?

 認めた気がする。確かに認めた。『可愛い』と。

 私のことを可愛いと思ってくれた。思ってくれていた。

 舞い上がりそうになる、心が、体が、魂が。


「おいルーイン?」


「はひぃっ!?」


 急に声をかけられ素っ頓狂な声が出た。


「着いたぞ、公会堂」


 いつのまにか公会堂の目の前まで戻っていた。

 いったいどれだけの間トリップしていたのかとルーインは人知れず反省する。

 こんなことではいけないと自分を戒め、頬を張って気合を入れる。

 と、ついでに時間を確認して重大なことに気付いた。


「貴也さん。

 そろそろ眠くなるかもしれ――」


 伝える途中で貴也の身体がふらついていることに気づき、慌てて支える。


「みたいだ。

 もう限界っぽいのであとはお願いしていいかな?

 ごめんな」


 腕の中で彼の重さが増していく。

 抗えない眠気に、もう自らの身体を支えることも出来なくなっているのだろう。

 ゆっくりと閉じられていく瞼と意識。

 ルーインは静かに、微笑みをもって送り出す。


「おやすみなさい。貴也さん」


 ****************************************


 戦う覚悟を決め、死闘と呼べるほどの激戦を潜り抜け、そして守り切った。

 その一連の出来事は、現実世界の貴也にも大きな影響を及ぼしたのかもしれない。

 なぜなら身体は違えど心と経験は紛れもなく彼自身のものなのだから。


「たかちゃんなんか雰囲気変わった?

 んー……なんていうか、大人になった?」


 静かな朝をたった一人でリオのカーニバルよろしく、騒がしくエネルギッシュなものにするほどの活力をもった幼馴染が、今日も甲斐甲斐しく貴也を迎えに来ていた。

 ネクタイを直しつつ鏡に映った自分の姿を確認する。

 なにか変わったようには見えない。

 だが、詩乃がそう言うならきっとそうなのだろう。そう思えるほどにこの幼馴染が自分のことをよく見ているということを、貴也は長年の経験で知っていた。

 知っているからこそとぼけた態度をとるわけだが。


「そうか?俺にはよく分からないけど」


「そうだよ!」


 くるりと楽し気に回ってみせてから「先に外で待ってるね」と詩乃が玄関を出る。

 昨日の公園での会話。

 あの告白染みた昔話が貴也の心情になんらかの影響を及ぼした。

 そうだったらいいなと詩乃ははにかんだ。


 空を見上げる。

 今日は今日こそは本当に良い天気。

 清々しい春の空気の中を、2人は2人にとっての最適な距離感を維持しつつ、学校へと向かったのだった。


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