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夜は明けて

 それは奇跡としか言いようのない偉業であった。

 非戦闘民である村人と、勇者一行とはいえわずかな人数だけで、400を超える魔物の大軍勢から村を守ったのだから。

 ゆえに、明け方到着した魔導王国フォルスボア軍からの、驚きと称賛の雨あられは当然のことと言えた。


「こりゃあ凄まじいな。

 しかし本当に良くやってくれた。

 国を代表して感謝するぞ。勇者どの」


 とは魔導王国軍総大将ロイツ・ビナコラの言葉である。

 魔導隊という魔導士、魔術師のみで構成される軍隊の総大将とは思えないほど筋骨隆々、質朴剛健なこの男。

 齢50にして『今が最盛期』と豪語し、戦場では常に最前線でその力をふるっている傑物だ。


「本当に君の中身は勇者アラニスではないのか?」


 貴也だけに聞こえるようそっと耳打ちしてきたあたり、豪快さだけではなく同時に繊細さも持ち合わせていることがうかがえる。

 もっともこの事実はトップシークレット扱いなのだから当然といえば当然なのだが。


 ともあれ魔導軍第一魔導大隊の精鋭500名を率いて駆けつけてくれた彼らは、今は損壊した村の後処理に尽力してくれている。

 精強な肉体を持っているのは総大将のロイツだけで、他の兵は魔導隊らしく一般人並みの体力しかないらしく、作業はもっぱら魔法を駆使して行われているようであった。


 夜が明けてから改めて確認された、コポ村の被害は甚大であった。

 家屋の四分の三が中規模以上の損壊。うち半分が全焼。

 また人的被害も多数出ており、死者87名負傷者264名である。


 あの夜、貴也はこちらの世界で目覚めたと同時に異変に気付いた。

 暗い森の中からでもわかるほど、村の方角の空が真っ赤に染まっていたのだ。

 魔物の気配がとてつもなく濃い。

 かなりの大群に襲われているのだろうと魔女は言った。

 借りた布団から跳ね起き、すぐさま村の方角へ走り出そうとすると魔女が問うた。


「小僧が一人で行ったところでなにもできやせんぞぇ。

 無駄に死ぬだけじゃ」


 今にして思えば、問われたのは覚悟だったのだろう。

『守るべきもののために命を賭けられるのか?』と。


「弱い俺が行ってなにが出来るかは分からない。

 だけど見て見ぬふりなんて出来ないんだよ。

 俺は勇者だったらしいからな。

 だからやってみるさ。死なないギリギリのところまでは」


『だった』がどういう意味なのか魔女には分からなかったが、しかしその答えは満足に足るものだった。

 特に『死なないギリギリのところまで』というのが良い。

 簡単に自分の命を捨てられるような者には、結局なにも守れはしないのだから。


「ふぇっふぇ。

 ならワシも手伝ってやるわい。

 これでもワシは魔女じゃからな」


「いや知ってるからそれ。

 でもいいのか?死ぬかもしれないんだぞ」


「なぁに、ギリギリのところで逃げるから大丈夫じゃよ」


「そうか、ありがとう。

 じゃあノゥ。ちょっとおばあちゃん借りるけど一人で留守番しててくれよ?」


 そう言い残し颯爽と小屋を飛び出しかけるが後ろ髪を引かれた。

 比喩ではなく。


「痛っててててって!!!」


 たまらず振り返ると怒り顔のノゥ。

 表情に乏しい彼女だが、それでも一目で感情が読み取れるほど、怒りに満ちている。


「行ってほしくないのか?寂しっ痛ってぇって!!」


 今度は腕をつねられた。


「ノゥは連れていけと行ってるんじゃよ。

 そうじゃろ?ノゥ」


 コクリと力強くうなずく。

 その瞳に固い意志を宿して。


「だけど連れていくわけにはいかないだろ。

 間違いなく危険なわけだし、下手をすれば死んでしまうことだってあるんだ。

 生い先短いばあちゃん連れていくのとはわけが違う」


「誰が棺桶に片足突っ込んどるんじゃ!

 しかしまぁ、大丈夫じゃ。

 こう見えてノゥも魔法が使えるし、いざとなればワシが守る」


 そのまま押し切られる形でノゥも随伴することになった。

 結果的にみれば、光で辺りを照らすし、ばあちゃんを起こして絶妙のタイミングでアシストさせるしで大活躍だったわけだが。


 かくして3人は村へと急ぎ、ギリギリ。本当にギリギリのタイミングで間に合うことができた。

 だが__それでも後悔が貴也にはあった。


 もしあの朝、ルーインと喧嘩せずに村に残っていたら__


 魔物の撃退にあたって魔女の力は必須だった。

 魔女がいなければ貴也があれほど戦えることもなかったし、暗闇の村を照らす術もなかった。

 それでも守れたかもしれない間に合わなかった命を思うと、口惜しさが募る。


 そんな思いを村の片隅で、貴也はエンカにぽつりと漏らした。

 彼女は持ち前の力で、もう修復不可能な家の解体を手伝っているところであった。


 懺悔する相手にエンカを選んだのは、まず彼女に多大な迷惑をかけたと考えたから。

 駆けつけた時に目に入ったエンカの姿。

 あのバーバボアさえ一撃で仕留めるほどの彼女が、あそこまで満身創痍のボロボロの姿になっていたのだ。

 それまで村の中で唯一といえる戦力だったことも考えれば、どれほどの無理を重ねて奮闘していたか。

 それに自分にも他人にも厳しそうなエンカであれば、甘やかすことなく叱ってくれそうだという打算もあった。


「叱られたいとか変態なの?」


 叱ってくれと告げたわけではないのに見透かされて貴也は焦る。


「いやいやいやいや、そういう訳ではなくてだな」


「分かってるわよ」


 手際よく壊れかけの壁を破壊しながらエンカは続ける。


「自分の行動を悔やむことなんてよくあるし、それを誰かに咎められることで楽になりたいということもよくあることよ。

 でもお生憎様ね。私は貴方を咎めないわ。

 むしろ逆。見直したと褒めてあげたいくらい」


 皮肉か?と訝しむ貴也だが、振り返ったエンカの瞳には嘲笑も軽蔑もない。

 ただただ優しい慈愛に満ちた笑みだった。


「犠牲が出れば人は後悔するものよ。

 なにか出来たんじゃないか?もっと他に選択肢があったんじゃないかってね。

 でもそれは間違っているわ。

 だって人は、その時、その時の自分が考えられる最善と思える道を進むのだから。

 例えそれが最悪の結果だとしても、同じ記憶で同じ場面になれば同じ選択をする筈よ。

 だから過去は悔やむものではなく生かすものなの。

 今度はもっと良い選択が出来るようにね」


 なんとなく蘊蓄のある話だなと貴也は思う。

 ひょっとしたらエンカも同じように選択を後悔したことがあるのではないだろうか。

 そして同じ過ちを犯さぬようにと研鑽を続けているのではないだろうか。


「今は救えなかったものより、救うことができた多くのものを見なさい。

 貴方が来なければ間違いなく失われていたものよ。もちろんこの私の命も」


 崩れた屋根から差し込む光が彼女を照らす。

 その微笑みがあまりに美しく、神々しく、貴也は思わずたじろいだ。


「だからありがとう。

 逃げることも出来たのに命を賭けてまで来てくれて。

 そしてごめんなさい。弱いと罵ってしまって。

 貴也。あなたは強いわ。

 勇者アラニスの身体に召喚された魂があなたで良かった」


 それっきりエンカは振り向かなかった。

 チラリと見えた横顔は照れているようにも見えたが、せっかく打ち解けられた気がするのに余計なことを言って怒らせては元も子もないと、貴也は静かにその場を後にした。





 昨晩最後の砦として防衛戦の主戦場となった村の公会堂は、今は臨時の医療施設として使われている。

 中では怪我人の治療のため、魔導国軍の医療班が忙しなく走り回っていた。

 だが、自分の怪我を押して治療に加わっている筈のルーインの姿が今は見えない。

 間が悪かったなと去りかけるところで老婆に声を掛けられた。


「なんじゃワシの見舞いではないのかぇ?」


 傍らにはノゥも控えている。

 暇を持て余しているのか、今は『フォルスボアに行ったら必ず食べたい名物料理100』という本をつまらなそうに読んでいるが。


「意外と元気そうでなによりだ。

 オーガに吹き飛ばされた時はさすがに肝を冷やしたぞ」


「まったくじゃ。

 あれで寿命が100年は縮まってしもうたわぃ」


「いったい何歳まで生きる気だよ」


 本当に元気そうで心を撫でおろす。

 もっともこの魔女のことだから、攻撃があたる瞬間に身体強化なりなんなりを自分にかけてダメージを軽減させたのだろうが。


「で、誰ぞ探しとるのかのぅ?」


「ん、あぁ、白い魔術ローブを纏った女の子見なかったか?

 たぶんここで治療に加わっていたと思うんだけど」


 老婆の顔が途端にニヤけ、口を開きかけたのを見て


「そういうんじゃない」


 と期先を制する。


「本当にそういうのじゃないからな」


 ともう一度念を押して、ようやく老婆の顔は元の表情に戻った。


「なんじゃぁつまらんのぉ。

『愛しのルーインちゃんの為に命がけで戦いましたー』とか聞きたかったのにのぉ」


 なんで名前を知ってるんだ。

 目ざとい魔女め。


「じゃが当たらずも遠からずじゃろぅ?

 小僧が戦う覚悟を決めた要因となったオナゴなんじゃから」


「いやだからそういうのじゃ――」


 と言おうとしたが、確かにあの時。

 現実世界で詩乃と話したあと、守りたいものを考えた時に浮かんだのはルーインの顔だった。

 しかしそれは直前に酷い喧嘩をして泣かせてしまったという罪悪感とか、バーバボアと戦ってる時必死に治癒魔法をかけてくれたよなぁという感謝とか、オルソー飲んで酔っ払いながらも懸命に袖を掴んでて可愛かったなぁとか……。


「ほれみぃ。可愛い可愛いルーインちゃんなんじゃろぅが」


「心を読むのやめろ魔女」


「ふぇっふぇ」


 しかしなんでこんなにルーインのことで絡んでくるのか。

 それになんだか老婆の視線が自分と自分のやや後ろをいったりきたりしているような……。


 ハッとして貴也は振り返る。


 そこには川で汲んできたであろう水がタプタプに入ったバケツをプルプル震える両手で持ち、うつむき加減で顔を紅潮させているルーインがいた。


「____ッ!」


 バケツを床に置き踵を返してルーインが走り出す。

 その際水が零れないようにそっと置いたのがルーインらしい。

 などと考えている場合ではない。


「覚えてろよばばあ!」


「口が悪くなっとるぞ小僧」


「うるせぇ!」


 慌ててルーインを追いかける。

 後ろでいつもの『ふぇっふぇ』という魔女の高笑いが聞こえた。



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