闇の加護
先ほどの暗闇に乗じて全ての魔物が公会堂に襲い掛かる手筈だったらしい。
ノゥの魔法により周辺が照らし出されると、無数の魔物が集まっているのが視認できた。
貴也はノゥに、後ろのエンカがいる辺りまで下がるように指示してから剣を構える。
エンカから見て、貴也の構えはまるでなっていない。
あれでまともに戦えるのかと訝しむ心はあるが、それでも『あとは任せろ』と啖呵をきった彼を信じてみたい気持ちも同時にあった。
「ふぇっふぇ。
身体強化、物理防御、速度上昇、攻撃上昇、魔法防御、あらかた掛けおわったぞぃ」
うっすら貴也の体が光を放っている。
「ありがとうばあちゃん。
てかさっきの魔法といい本当は何者なんだ?」
間髪いれずに
「魔女じゃよ。ふぇっふぇ」
という答えが返ってくる。
この状況においても老婆の態度は変わらないらしい。
それがなんとも心強く感じ、貴也は笑みをこぼした。
「じゃあやりますか」
「援護はまかせておくがえぇ。
じゃが治癒系の魔法は使えんで、傷を負ったら早めにさっき渡した即効性ポーションを飲むんじゃぞ。
ワシのお手製じゃから効果は保障つきじゃ」
ポンポンとポーションが3本入った懐を叩いて、了解の合図とする。
数刻前の炎魔法を警戒してか、魔物達はなかなか襲いかかってこない。
おかげでゆっくり準備が出来た。
雨もあがった。
貴也は一度振り返って、後ろに下がっているノゥとルーインの姿を確認する。
そして老婆に目配せをしてから
「行くぞッ!」
と魔物の大群目掛けて突撃した。
貴也が構えた刃が届く寸前、魔物の前列を左から右へと閃光が凪いだ。魔女の魔法援護だ。
閃光は爆発を伴い砂塵が舞い上がる。
魔物側から見れば前列にいた仲間がやられ、さらに突如視界が塞がれた格好。
その砂塵の中から貴也が舞い踊り、めちゃくちゃに剣を振り回す。
技もなにもないめちゃくちゃな振り回しだが手に持つは勇者が装備していた一級品。
触れただけでいともたやすく切り裂かれていく。
すかさず反撃を試みるも強化魔法でこれでもかと強化されている貴也の動きを捕らえることは出来ない。
貴也自身もとにかく止まらないこと予測出来ない動きをすることを心がけ、バスケ部で培った足捌きを如何なく発揮していた。
それは剣技と呼ぶにはあまりに雑で、舞と呼ぶにはあまりに滑稽。
それでも老婆の援護もあり魔物は次々と倒れていく。
「ッ!」
だが数が数である。
そのただなかにいて無傷という訳にはいかない。
振り上げられた魔物の豪腕をくぐりざまに撫で斬り、横っ飛びしたかと思えば遠心力を利用して剣を突き出し1回転。
そんな動きの中にも予期せず爪にひっかかれ、牙が腕をかすめ、炎を浴びる。
「小僧!」
老婆の合図とともに一度群れの中から飛び出して後退。
追撃せんと勇む魔物には魔女の炎矢が次々に浴びせかけられる。
「怖えぇぇッ!生きた心地がしなかったぞッ!」
「えぇからポーション飲んで回復せぃ。
ゆっくりしとる暇はないんじゃぞ」
「そうだったな」
会心の立ち回りではあったが、それでも致命傷を与えたのは魔女の攻撃で50、貴也の攻撃で20体といったところ。
まだまだ先は長いのだ。
懐から青色のポーションを取り出しグイッと飲み干す。
「まっっっっっずッ!!」
思わず叫ぶ壮絶な味に吐き出しかけるが生命線。
涙目を堪えてグッと飲み干す。
と、すぐに体力は回復し小さな傷であればすでに塞がるほどの回復力に感嘆する。
「さすが魔女のお手製。良薬口に苦しってやつだな」
「いやそれはハズレだからじゃ。
当りのポーションはむしろ甘くて美味しいからのぅ」
「お茶目かッ!」
「安心せぃ。効果は変わらん。
ちなみに当りは1本じゃから次は半々じゃぞ」
言いながらも突出しようとする魔物には炎矢を打ち込んでけん制しているあたり、やはり只者ではないなと貴也は思う。
「まずいのが嫌なら傷を負わんように、もっと上手く立ち回るんじゃな。ふぇっふぇ」
「善処はする」
空になった小瓶を魔物に投げつける。
それを合図に貴也は再び切り込み、魔女は援護する。
即興のコンビネーションではあるが、まるで長年旅を共にしたパーティーのようにピタリとはまっている。後方で見ていたエンカはそう感じた。
魔物が彼等に引き付けられている間、エンカは特殊な呼吸法で自身の治癒力を高めなんとか動けるまでに回復していた。
ここは気を失っているルーインと幼女を一度後ろの公会堂まで連れていくべきかと思案する。
__が
「や」
と幼女に袖をひかれる。
否定の言葉だろうか。戦場から、貴也から片時も目を逸らさない幼女。
「そう……そうね。見届けようか」
前の二人が倒されたら全ては終わり。
もう戦える者がいない以上どこにいようと助かりはしないのだから同じこと。
そういったある種の諦観の念もあったがそれよりも、素直な気持ちでもう少しあの滑稽な舞を見ていたいとエンカは思った。
そんな後方の思いなどつゆ知らず、前線の奮闘は続いていた。
だが状況は変わりつつある。
戦列の前面に出ていたゴブリンの数は大きく減らしたが、その代わりにオーガやインプなどの魔物が前に押し出されてきている。
このレベルになってくると貴也のめちゃくちゃな戦い方では効果が目に見えて薄くなっていた。
インプは空を飛んでいるので次の行動を予測しながら攻撃しなければ当たらないし、オーガの皮膚は硬いのでいかに強力な剣といえど撫でるだけでは致命傷には至らない。
加えて先ほどから老婆の援護が途切れている。
それでも懸命に抗う貴也は、リスクを承知で斬りから突きへと攻撃の主体を変える。
これならば当たれば致命傷を負わせることが出来るからだ。
反面、次への行動が遅れるため回避行動が取り辛くなるのだが。
上空のインプが火球を打ち出す瞬間オーガの巨体の影に隠れてそのまま一刺し。
蹴りで巨体を引き剥がすが、同時に飛んできた拳に体をもっていかれる。
寸でのところで防御が間に合い、すぐに次の行動へ繋げる。
剣を前に突き出した状態で突撃。
前方の1匹目、2匹目にはかわされたが3匹目に突き刺さる。
そのまま押し込み、今度は抜く勢いを利用して後ろに迫っていた魔物を横一文字に切り伏せてみせる。
しかし勢いでいけるのはそこまで。
走り出そうにも四方を囲まれて身動きが取れなくなってしまっていた。
その時
「出来たぞッ!小僧飛べッ!」
老婆の一喝に、考えるより先に体が反応していた。
身体強化されている跳躍力でオーガの頭の先まで手を届かせると、そのまま頭を掴んで腕の力だけで更に体を上に持ち上げる。
貴也の体が完全に中空で無重力状態になったのと、魔女の会心の魔法が炸裂したのは同時だった。
先ほどまでのドシャ降りで、水浸しだった地面を視認できるほど強力な雷撃が駆け抜ける。
それは事前準備により老婆の位置から後ろへはいかぬよう結界を張ってあったが、前方には視界内のほぼ全域に届き、地に足をつけていたもの全てを感電せしめた。
自然落下で着地する寸前まで「まだ雷撃残ってたらどうしよう」と怯えていた貴也だったが、無事に着地して何事もないことに安堵すると改めて周りを見渡す。
「凄まじい威力だなこれ」
飛んでいたインプが数匹生き残っているが、地に足をつけていた魔物は見渡す限り炭化していた。
魔女は仕上げとばかりに進み出て、小さな火矢を残っているインプに打ち込んでいく。
「終わった……のか?」
「終わりじゃよ。
これで生きておったら化け物じゃ。ふぇっふぇ」
と、手にした杖で手近にいた炭化したオーガをつついてみせた。
後方では戦いの行く末を見届けようと、公会堂の中から競うように顔を出していた村人達が一斉に歓喜の声をあげた。
その声に戦いの終わりをようやく実感し、腰が抜けたようにへたれこむ貴也。
同時に強化魔法も切れたようで、全身から力が抜けていくのを感じる。
「なんじゃなっさけないのぉ」
魔女が茶化す。
__その時。
魔女の体が吹き飛んだ。
強風に煽られた洗濯物のように軽々と。
歓喜は一転悲鳴へと変わる。
なにが起きたのかと貴也が目を見張ると、それは炭化し絶命したハズのオーガだった。
運良くダメージが少なかったのか、それとも特別丈夫な固体だったのか?
しかしオーガの炭化していた表面はポロポロとかさぶたが取れるように剥がれ落ち、あとには完全に傷の癒えた姿が現れる。
それで気づく。
ダメージが少なかったのではない、回復したのだ、と。
それを遠巻きに唖然と見ていたエンカは思い出していた。
防衛戦の最中に感じていた違和感。
『魔物をここまで統率できるのは魔王か幹部級の知能をもった魔物だけ』
それがいま目の前にいるあのオーガなのだと確信した。
オーガは尻餅をついたままの貴也を見下ろし吼えた。
「ムシケラノブンザイデッ!」
と。
誰もが戦慄し立ちすくむ中で、初めに動き出したのはノゥだった。
吹き飛ばされた魔女の元へ走る。
それに反応したオーガは振り返り、ノゥを標的に捕らえる。
させまいと力を振り絞り、貴也がオーガに斬りかかる。
だが強化の切れた貴也の斬撃ではオーガの表面を薄く斬るに留まり致命傷にはならない。
『やはり』とエンカは歯噛みした。
先ほどまでの貴也の活躍は強化魔法あってのもの。
それが切れた貴也ではオーガには敵わない。
だがあのオーガの回復力は間違いなく『闇の加護』に守られている。
勇者でなければトドメを刺せない。
つまりもう一度致命傷を与えて動きを止め、その間に貴也にトドメを刺させなければあのオーガは殺せないのだ。
ラリアットのようにオーガが腕を振り回す。
ギリギリ反応して貴也は回避したが何度もかわせるとは思えなかった。
魔女は意識があるのか、生きているのかも不明。
自分しかいないのだ、とエンカは満身創痍の身体に鞭打って立ち上がった。
「期を作るわ!逃さないで!」
貴也に呼びかけ走り出す。
意味は伝わっただろうか?そう何度も『期』は作れない。
むしろ1度作れれば良いほうかもしれない。
即座にオーガの裏拳が飛んできたが、それを読んでいたエンカはかわしながらその拳を掴む。
その勢いを利用して蹴りを繰り出しアゴに命中させる。
拳を離して着地すると、よろめいて重心の低くなったオーガの懐に飛び込んだ。
地面を思いっきり蹴るように踏み、その力を全て拳に乗せて必殺の正拳でオーガの腹を穿つ。
__つもりだった。
運悪く踏んだ場所は雨でぬかるんでおり、拳に体重を乗せきれていない。
それが致命傷に至ると信じ、トドメを刺すべくすでに動き出していた貴也をオーガが掴みあげて力任せに地面へと叩きつけようとする。
受身を取れず叩きつけられたら助からない。良くても戦闘続行は不可能。
絶対絶命。
誰もがそう思う。
そしてその通り貴也の体は地面へと叩きつけられた。
__が、ふわりと着地する。
「間に……あった……!」
少し前に意識を取り戻していたルーインが、なけ無しの魔力を振り絞って貴也に魔法をかけたのだ。
いつぞや、バーバボアに吹き飛ばさた貴也を救ったあの魔法を。
逆に、突然手にしていた貴也の重さが消失したオーガは勢いを殺せず前のめりになる。
それを見逃さずに火球がオーガの左足を打ち据えた。
遠くでノゥに起こされていた魔女がウィンクする。
同時、右足にエンカが回し蹴りをお見舞いする。
バランスを崩していたうえに両の足を同時に攻撃されて、オーガはそのまま前に倒れこむ。
貴也が剣を構えて倒れているその上に。
「グオォォッッ!!」
刃は正確にオーガの胸を貫いて、魔物は断末魔の声をあげる。
勇者の力で闇の加護ごと穿たれたオーガは、そのまま今度こそ絶命した。
のそりと貴也がオーガの腹の下から抜け出した。
そしてエンカを見る。ノゥを見る。魔女を見る。ルーインを見る。村人達を見る。
無傷な者はいない。
死んだ者もたくさんいる。
だがそれでも
「おぉぉぉぉうおぉぉぉうぉぉお!!!」
立ち上がり剣を天に掲げ貴也が吼えた。
それに一人続き二人続き、すぐに村人全員が吼えていた。
生き残ったものの叫び。
生きているからだせる雄たけび。
勝利の凱歌とは呼べぬほど獣じみたそれこそが、魂の叫びであった。