燃える村
貴也が宿屋から失踪して数時間。
休みなく駆けずり回っていたルーインの疲れはピークに達していた。
「少し休んだほうが良い」
途中から共に貴也を探すことを手伝ってくれているエンカが、井戸で汲んできた水を手渡して座るよう促す。
エンカと合流したのはつい先ほど。
それまでエンカは朝の鍛錬に出ていたらしい。
その頃には泣き腫らした顔も大分マシになっていたので、酷い顔を見られなくて良かったとルーインは思った。
「村の中は粗方探したのでしょう?
それでも見つからないのであれば、やはり森に向ったと見るべきね」
ルーインもその可能性は考えていた。
というより、ことここに至ってはそうとしか考えられない。
遠巻きに森を眺める。
視界いっぱいに広がるあの森の中で一人の人間を探すことなど不可能に思えた。
だがやるしかない。
「私、これから森に入ろうと思います。
お水ありがとうございました」
立ち上がるやいなや足が痛む。
しかし弱音を吐いている場合ではない。
時間が__そう、時間がないのだ。
一歩踏み出すが気持ちに反して身体は限界を訴えている。
よろめき倒れかけたところをエンカが支えた。
「無理よ、その足で森に入るのは」
貧弱な自分の身体を恨みがましく思う。
旅に出るまでの生活は、日がな一日城内で魔術の研究に明け暮れる日々だったので仕方のないこととはいえ。
「どうせ他に行く宛てもないんだからそのうち戻ってくるんじゃない?
野垂れ死ぬほどバカというわけでもないのでしょう?」
「ダメです。ダメなんです。
貴也さんの身体はもう間もなく眠りに入ってしまうんです。
そうなってしまったらどんな危険があるか・・」
「眠りに?
なにそれどういうこと?」
アラニスの身体に貴也という魂が入っていることは知っていたエンカだが、その特性、弊害については初耳だった。
ゆえに、そこまで事態を深刻には捉えていなかったのだ。
それが今根底から覆る。
あの森にはそこまで危険な魔物はいないと村の住人から聞き及んでいた。
いくら貴也が弱いといっても装備している一式は紛れもない一級品ばかり。
その剣は振るうだけでその辺りの魔物を一刀のもとに切り伏せるだろうし、バーバボアの突撃力を生かした角突きでさえ防げる盾もあるのだ。
戦う意志さえ持っていればそう簡単に倒されることなどないハズなのである。
だが当然、意識がないとなれば別の話。
どんな屈強な人間であったとしても意識のない時に襲撃されればひとたまりもないだろう。
しかもルーインの話ではただの眠りではなく、自発的に起きるまでは決して目を覚まさない類のものらしい。
ここまで、正直エンカは貴也探しに乗り気ではなかった。
無論姉を探す旅に貴也という鍵は一番の近道をこじ開けるために必要なものである。
だが極論を言えば、一番近い道以外の選択もあるにはあるのだ。
貴也とルーインの喧嘩別れの理由を詳しくは知らない。
『私が悪いんです』
ルーインはそれしか語らない。
取るに足らない痴話喧嘩でこれ以上足止めを食らう位なら、他の選択肢も視野に入れる。
遠回りは出来れば避けたいがそれも仕方がないと割り切っていた。
しかし貴也が、勇者が死ぬ可能性があるとなると話は変わってくる。
それは世界の破滅とイコールなのだから。
そう思うと腹がたってくる。
たかだか痴話喧嘩で失踪する勇者代行にも、ちゃんと手綱を握っておけない監視者にも。
そしてそんな二人だけに任せて護衛もつけないボードレイドの奴らに。
「分かったわ。
森には私が入る。あと村の人に協力を仰ぎましょう。
見つけた人には報奨金をボードレイドから払わせればいい。
そのくらいはしてくれるでしょう?」
ああ、そうか。
そういうやり方もあるのか。
それはそうだ。
勇者という役目を押し付けないと、そう思ったのは自分だけれども、それでも世界にとって勇者は勇者なのだ。
決して個人だけの問題ではない。
古の大魔術を成功させたからといっても所詮自分は世間を知らない子供に過ぎない。
ルーインは己の浅慮さに恥ずかしくなる思いがした。
「ごめんなさいエンカさん。
貴也さんのことよろしくお願いし――」
願う言葉は突然の爆発音に掻き消された。
一刻遅れて爆風が土煙を上げながら地を撫で上げる。
腕で砂埃から顔を隠し、落ち着いたところで音のした方角を確認する。
「火が……」
燃えていた。
村の入り口から紅蓮の炎が立ち昇り、すぐにでも周囲に延焼しそうな勢いである。
同時にあちらこちらから悲鳴が聞こえ始める。
こちら側、村の中心に向って走ってくる者も出始めている。
一体なにが?と思うより先に誰かが叫んだ。
「逃げろ!魔物の大群だ!」
瞬間、猛獣のような俊敏さでエンカが駆け出す。
「ルーインは怪我人の治療を!」
呆けているルーインに激を飛ばすとすぐに建物の角を曲がり見えなくなった。
我を取り戻し周りに目を配ると、何事かと様子を見にくるもの、事態を把握し我先に逃げようとする者、泣き出す者。
すでに混乱の只中にあるのだと自覚できた。
(これではダメだ。私がなんとかしないと)
こんな頼りない自分になにが出来るのか。
自問してしまえば碌な答えは返ってこない気がするが、それでもやれることはある。
それにやり方は先ほどエンカに教えてもらった。
自分一人ではどうにも出来ない問題なら周りを使ってなんとかすればいい。
だからルーインは叫んだ。
「落ち着いて下さい!
私はボードレイド城の大魔術師です!」
こういう時は少し誇張した方が効果があるハズだと『大魔術師』を名乗る。
自分で言って気恥ずかしくなるものの、効果はあったようで村人達がこちらに注目してくれた。
「今この村に魔物の大群が押し寄せてきています!
ですが救援はすぐ来るので、それまで持ちこたえれば助かります!」
これは嘘。
救援を求める為の、魔術で作る伝言鳥は今必死に作成しているところだ。
ボードレイド、それに魔導王国の両方に飛ばすがどちらにしろ届くまでに1~2時間。
救援を送るか吟味し、兵を編成し、そして到着するまでには早くとも半日以上はかかるだろう。
そんなことは百も承知で続ける。
「まずは女性と子供、ご年配の方から順に公会堂へ避難して下さい!
その他の方は武器になるものを持って、避難を援護。
その後公会堂を防衛します!」
村の公会堂は普段は村内の会議や、催し物が行われる村で一番大きな建物である。
そして奥の森と繋がっている上に、西側を川に、東側を崖に面しているので篭城に適していることをルーインは先ほど知った。
貴也を探すために村内を走り回ったことがこんなところで役に立つとはと、何か運命的なものを感じざるを得ない。
救援がすぐに来るという嘘が功を奏し、急ぎはするものの混乱状態は治まっている。
エンカのことも心配だが、防衛戦では怪我人が続出するであろうことを考えると自分も公会堂へ向うのが最善だ。
漸く完成した伝言鳥を飛ばすと公会堂へ向けて走り出す。
足の痛みも疲れも今は耐える。
耐えた先に絶望しかないのだとしても。
「チッ!」
乱暴に千切った薬草と解毒草を同時に口に含んで咀嚼し、矢を受けた傷口に吹き付ける。
ゴブリン程度なら相手にもならないが、時折飛んでくる毒矢と火炎魔法に消耗を余儀なくされている。
築いた魔物の死骸はすでに30を超えているが一向に終わりが見えない。
薬草を使うのは比較的大きな傷を負った時だけに留めていたが、それでも先ほど使用した分で手持ちの薬草は完売。
解毒草も完全に毒を消しきるには至らず、徐々に体力を奪われているのがわかる。
先の見えない戦いに、エンカ・クォルツは辟易していた。
「こんのぉッ!!」
渾身の蹴りが炸裂し、巨体を誇るオーガが真横に吹っ飛ぶ。
オーガもまたこの近辺では見かけない魔物だが、今ので3匹目である。
貴也とルーインは言っていた。
魔導王国フォルスボアに魔物の大群が向っているらしいので、呼ばれているのだと。
それがどういう訳かこちらに矛先を向けてきたというわけだ。
「っと……ハッ!!」
上空からインプが放った火球を前転でかわしつつ、そのままの勢いでゴブリンの懐に飛び込み掌底を打つ。
息は上がりっぱなしで肩が上下する間隔が狭まってきている。
火傷擦り傷切り傷は全身に及び、体力にも余裕はない。
西側で大きく建物が倒壊する。
見ればバーバボアが突撃して柵と家ごと吹き飛ばしながら侵入したようだ。
そこからゴブリン共も続いて村に侵攻している。
今思えば昨日のバーバボアはこいつらの先遣隊だったのではないか。
ならばあんなところで遭遇した理由もつく。
『魔物の考えることなど分からない』と切り捨てず、もっと深く考えるべきだった。
もしそこでこいつらがこの村へ向っていることに気づけたなら、今頃は魔導王国なりボードレイドなりの軍が救援に来ていたハズなのだから。
東側から聞こえる魔物の雄たけびが大きくなっている。
あちらには村の警護で赴任しているフォルスボアの兵士が数名いたが、どうやら突破されてしまったらしい。
「ここも潮時みたい。
後退して村人達と合流するしかないわね」
合流したところで__
そのような考えが過ぎるが、かといって逃げ場もない。
なにより村人を見捨てて逃げるなど『竜殺の拳』の妹の名折れである。
置き土産とばかりに、飛んできた矢を掴んでそのまま投げ返す。
急所に当てることは出来なかったが片羽を貫いてインプが落下してくる。
目前に迫っていたオーガの一振りを寸でのところで避けつつ前蹴りで押し返し、その後ろにいたゴブリン共々吹っ飛ばす。
そうして作った一瞬の攻防の間に、エンカは村の奥へ退却する暇を見出したのであった。




