プロローグ 3
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──その光の先に、レンが眼をゆっくりを開く。
はっきり言って、その空間には特定の者を省けば何もない。
あるのは──白の光の板みたいな素材で、異空間にでも作られたと錯覚させる。
それも体育館並の広さなのだが、それといって何もないのだ。
抱き締める手も徐々に離すとレイも目を開け、その現場の理解不能さに気が遠くなる。
しかしながら、それは噴水付近のベンチや花壇と同じ付属品と思われた。
二人が目を釘付けにされた、きっと──絶対的に画面の向こうの者であろう人、といっていいのだろうか。
白き空間に昔の貴族の娘が所有しそうな豪華なベッドに腰掛ける、歳の差があまりない見た目の女の格好をした何かが。
「超能力……じゃなくて魔法か?」
表筋肉がピクピクと動きを出し、レンの微々たる震えた声を放たせた。
「二重スリット実験で観測者の観測によって変化が現れたことで、人の意思によって物理変化を催すことがあったわ……」
こんな事態によくそれを思い出せたな、とレンは一瞬冷静になってしまう。
「れ……レイ……手を離すなよ? お兄ちゃんマジで死ぬぞ」
「あわわ……わかってるわ」
「ハッハ、お主らよ。よくぞ来た」
気の抜けそうな笑い声で平然を何とか保とうと。
落ち着け……これより修羅場な場面は過去にある。
瞬時にして、最善で最大の行動を行うことが重要だ。
今欲しい物は────
情報だ、とレンは勝ち誇った模様を限界まで演じて、情報の入手を取り計らう。
「最近の誘拐は大規模なもんだな」
出だしは様子見を兼ねたその台詞。
しかしと、その『女の格好をした者』はヘラヘラと笑いを止め。
今度はクスッと一笑いして。
「人の身のルールを余に押し付けるでない」
当然と、顔が訴えるように見える。
そして続投して言う。
「烏滸がましいこと限りないものじゃ。それはお主も痛い程に承知済みの筈」
仮定しよう。魔法や魔術のファンタジーな分野がここにあると。
なら、異空間に似た空間にいるとわかる。
都合のよい要素ファンタジーであるからこそ、それがあって納得が得られる。
顔を上げて見下してその女。
レンはレイの耳に口を寄せて、声を圧し殺して言う。
「レイ、全部でどのくらいだ?」
少し、大分曖昧な表現だがレイは理解を覚えて返す。
「ハンドガン三本、弾合計252発、手榴弾五発────」
何処の部位にその全てを隠し込めるのか。
多少は訝しく思ってもみるが、お互い様だ。
試してみるべきか──悩みを持った。
口が固そうなアイツ──セリ●ンティウスと仮の名として、こちとらいち早くおさらばしたい。
武力行使は避けるべきだと。
本能というべき、潜在意識が叫びを止めない。
ならまずは口で勝負と。
レンはポケットに手を突っ込み、話を持ち出す。
「その言い方、神にでもなったつもりか?」
「見込み通りの口じゃな。自身の本能にでも聞いたらどうじゃ? お主の今の立場を」
安い挑発に過剰な反応を出さず、更にレン達の心理をいとも容易く感じ取る。
立場の優劣は言葉にせずとも。
レンの代わりにと、レイ。
「あら、それも魔法なのかしら?」
落ち着きを取り戻して鋭い語でそう言った。
俗にいうテレパシーらしきもの。
それがあるならば勝てる見込みはゼロ。
これがセリ●ンティウスが書いていた『賭け』──相手はチートではないか。
セリ●ンティウスは咳払いをして口許を歪まず。
「飼い主に向けての態度がなっておらぬな」
「飼い主?」
再度リピートさせる。
飼い主……主従関係の事。態度といい口調からセリ●ンティウスが優勢となっている。
何時何処でその関係が生まれたか。
レンは焔のような警戒を解かずに訊ねる。
「どういうことだ」
白き空間で、それほど距離が遠くない二人と一人で。
眼を尖らせて威嚇を施すレンだが。
無反応に、ただムカつく笑みを浮かべているだけ。
人に向けての恐怖の植え付け方は完璧である。
「お主らとは会話だけでも楽しませてくれるよ」
腰掛けていたベッドから立ち上がり、距離を縮めて言う。
「嗚呼、愉快だ愉快。何万年ぶりか、こんな思いをしたのは?」
二人の前で立つ、しかしレン。
ふと────セリ●ンティウスから殺意を感じる。
死に対して恐怖を抱いた覚えはないが、この時だけは怖さを思い知らされた気分で。
何とも不快だったのか────
レンは無意識にスカートで隠された太ももに装着したホルスターから、m9a1のハンドガンを取り出し。
目の前の女の頭に向け、発射してしまった。
だが、と。
「人間ごときの武器で余を絶命させれるとでも思ったか?」
その告知と共に弾丸は静止した。
詳しくは──彼女の意識によっての透明の壁に止められた。
弾丸は運動の力を失い、壁に引っ付いている。
瞬きもせずに彼女は笑うだけ。
「お主らは余の所有物、生かすかも余の自由」
不思議なパワーがあると理解していた。
でも────
「神に挑みし者、お主に勝ち目は皆無」
「何が言いたい?」
フッと鼻で笑うと。
細かく説明をし始めた。
「それは遠い昔の時、余は久々に世界の構築をした。おそらく数万年前の事」
その規模はきっとレンたちには想像しきれないだろう。
「お主らの世界のような複雑な世界ではなく、皆が同じ目標を作らせるルールの提示」
ベッドに向かって歩いていく彼女は続ける。
「それは────────『生命の鍵』じゃ」
背中を見せたままで彼女の手から小さな光と同時に。
黒い鍵の形状をした物。
「合計十六種、それを合わせし者は神々の領域を凌駕すると、信じられておる」
何を言っているのか。
レイはレンの腕にしがみつき、それを拒む動きを見せずレン。
ここまで来て夢であってほしい、と現実逃避を考えてしまう程に、何か未知なる威圧感に包まれる。
「そうじゃな、お主にやろう」
足を止めた女。
そして何の原理からか、浮遊する黒い鍵と共に後ろへ振り返り。
レンとレイは一歩下がる。
「ハッハッハ、例えるなら神からの祝福じゃ。喜ぶがよいぞ」
と、黒い鍵を握ると手首を捻る。
弱い勢いで、腕を使わずレンに投げ付ける。
さっきのファンタジー的防御板といい。
投げられた鍵は真っ直ぐとレンの心臓部へ。
「いっ……ッ!」
急な出来事にレイの手を離してしまう。
レイも反応しきれていない。
言わずとも心臓は血液を運ぶ、生物の核である。
故に即死でなくとも『死』は間逃れない。
重心が後ろへ下がりそれによってレンは倒れ、言う。
「鍵がない? いったい────」
「兄さん!? い、生きてるわよね?」
らしくもない慌てぶりのレイが手首の脈や心臓音を確認する。
鼓動は──動いている。それも正常に。
脈も──動いている。
心臓に向けて刺さった鍵は物質分解された、としか解釈が進まなかった。
まずそんなことは現代の科学では不可能。
いや──! それは後でいいのだ。
(心臓が動いている以上は命に別状はないわ……)
そう自分に言い聞かせるのが精一杯のようだ。
怪奇現象が続出するこの空間で、科学なんてものが役に立つか────否。
科学の星、地球の生命体である自分達がどうこうする領域ではないと、かもしれない。
(体温も正常のままだわ)
未だに動く素振りを僅かにも見せないレンの傍ら、焦りだけが倍増していくレイの心。
頼む──夢なら覚めてくれ、と祈る。
「…………」
無言になったのは、レン。
何もなかったかのように上半身を上げる。
自分の体調を確かめると、レンは口を開く。
「そこのアマ、俺に何をした?」
目を一度閉じたと思えば、細く、強さだけが相手が生物であるのなら、それだけがわかるような睨み。
殺しを担当する仕事に付いたからこそ、発揮される。
────殺気を。
「ほんの僅かなプレゼント、とでも言っておこうかの」
一連の光景に哀れみや面白いさを込めた────
馬鹿にした笑みを。
「おっと、時間じゃ」
腕時計などの装飾品を身に付けず、何故時間について語れるのか。
やっぱり不可解であるレンを余所に、
「これも、余の贈り物じゃ。喜ぶがよい」
そう言って指をパチンッと鳴らす。
────と、二人の体に変化が見られたと感知した。
部屋で見た不快な闇の光ではなく、白い光が二人を覆って、包む。
痛みに関するものは感じられない。
レイもこのような現象には慣れてきた。
そして自身の体が消えつつあることにも。
込み上がってくる怒りを内心に込め、最後の一言を吐く。
「お前の名は?」
「余の名か────絶対神が一人、ダルトリアルと申す」
付け加える様子で言葉を紡いで言う。
「お主らの成長、余は期待しておる」
白い光が体のほとんどを占める時。
──二人は完全に消え去ったと。