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プロローグ 2

 ■■■


  明かりはパソコンの画面によって微妙に明るい。

  だが、この部屋の規模にしては暗い。

  そこは綺麗、とお世辞にもいえない汚さがあった。

  ホコリやクモの巣が付いている訳ではない。

  むしろ、そのような自然に沸くようなものは一滴も存在しなかったのが不思議だ。

  汚いと定義させるのは、小さなネジやよくわからない機械が散らばっているからだ。

  だが今も尚、その数は増していく一方だと。

 

  その中で淡々と余計な邪念を抱かずにとある作業に徹底している様子の人がここに一人。

  後ろ姿から眼鏡を掛けていることが認知できる。

  その者は自在に動くことが可能な椅子で、片手に魔術書のように指で挟む厚い本。

  もう片方の手でキーボードを器用に操作させる。

  『ゲームの物理』と記された本を一瞥すると、次は画面を一向に見放さない程に凝視する。

 

  この者は、ゆるゆるのTシャツに短いスカートを履いている容姿で、白銀の髪は背中を覆っている。

  その美しい髪を裏切るようなレッドベリルの瞳。

  画面数は六つで、それを一人で処理している。

  右を見れば英語に近い文字を入力しており、左を見れば二次元の美少女とその下に台詞が書かれている、『恋愛シミュレーションゲーム』のようだ。

  ────…………。


  数時間画面を見続けていると、その者は机を軽く蹴り、椅子は後ろへ下がっていく。

  頭の後ろに腕を組み、退屈そうにその者は言う。

「ハァー、今何時だ……?」

  何事も考える気力もない。

  背凭れに首を凭れさせ視線は天井を向かせたまま、無気力な声で言う。

「あぁー、腹減ったなぁ────そういやここニホンだったか。和食って旨いのか……?」

  『よっ』と立ち上がり、背骨を伸ばせる限りに伸ばす。

  首をポキポキと鳴らして、緩く準備運動といったところか。

 

「ただいま帰りました」

  生命力があるかどうかを確認途中に、扉の奥から久しい少女の声がこの者の耳まで響く。

  警戒を施すこともなく、作業に取り掛かろうと考えた時。

  あることを思い出した。

(確か……ここに)

  腰を落として数あるガラクタの中から、小型円形の形をした機械を三つ手に持つ。

  やがて足音は音を微かに大きくなっていくことがわかり、この者はそれを察知すると眼を刹那、細めた。

  小型の機械には三つか四つのスイッチらしき装置が内蔵されている模様。

  二メートル程度の距離ある扉へと、少しの助走で一転して、部屋の扉を背にさせる。

  耳を壁に当て、標的の距離を読み取る。

  その後、所有する小型の機械を扉に規則的にくっ付ける。

  そして姿勢を低くして音をたてずに椅子へ走り去ると、机の端に置いてある紙とペンを取る。

「どうしたの、また何かやらかしましたの?」

  近づいてくる少女は、おそらく扉の目の前に立っている。

  具体的にわからないらしいが、彼女も何らかの異変を本能的に感じ取っている。

  その意図を読み取れないと悟った少女は疑問を抱きつつ、扉を開くと────

  ────ドォンッ。

 

  決して莫大な騒音ではない。

  だが、明らかに爆発音であると。

  扉を開いた少女はきょとん、と此方を見つめるばかり。

  それを見て記録を書いているこの者に、無言の圧力をかけ、言う。

「今度は何をしているのです? 姉さん」

「ちょっと待て。人の性別を敢えて間違えるのは、俺にとっては万死に値する」

  ペンを指を細かく動かして回しているこの者──レン。

  女の子のような格好をしているのはさぞかし不思議かもしれないが、少女は自然そうに問う。

「兄さん、流石に誤魔化せないわよ」

「何がだ……?」

「生まれつき見た目がアレだからって、精神的にも目覚める必要はないと思うの。仕事上仕方がないかもしれないけど」

  壊れた扉を余所に、この少女──レイ。


  黒い生地がフワフワしてそうな服を身に付ける我が妹。

  レイは罵詈雑言と続けて言ってみるが。

「その正体を知っている私の身にもなってほし────」

  言葉が詰まり、手を顎に付けて鑑賞するようにレンを見る。

  剰りにもその様にレンは書く手を止めて口を開く。

「何だよ、いきなり改まって?」

「……Tシャツの大きさで肩が普通に出ていて、少し色気を出しているなんて。兄さんも女になってしまったのね……」

  普段だらけている自分は、そんなどうでもいいことに気付きもしなかった。

  レイが告げた通りの肩を隠すようにレンはシャツを引っ張る。

「それで」と言葉を置いてレイは続ける。

「これはどう説明をするの?」

  無様に破壊された扉と欠片もない小型の機械を指す。

  何を隠蔽することもなく、馬鹿正直にレンは話す。

「次の仕事で使う予定の地雷だ。火薬はほんの微量しか入れてないからその程度しか爆発しなかったが」

  椅子から腰を上げ、扉まで歩き焦げた扉の破片を手で擦りながら説明をする。

「約数千分の一の爆破から数学的に本家の爆破の威力を試す実験だ。レイに使ったのは反応からロスタイムがどれくらいかを試すためでもあった」

「それでも唯一の妹を犠牲にする兄がいるのかしら?」

  それもそうだな、と関心してレン。

  疑問系でレイは質問をぶつける。

「それに────暗殺にそれは不向きじゃない?」

「相手の注意を引くが目的で作成したんがな、これは不採用ってことで」

  再び椅子まで歩いていき、記録を記した紙をぐちゃぐちゃと丸めて、ゴミ箱へ捨てる。

 

  レイはすぐそこの椅子へ座る。

  黒髪のツインテール姿でため息を吐くレイに、レンは放つ。

「どうした? まだニホンに慣れてないのか?」

  足を組み、偉そうな態度でレイは返答する。

「逆ってところかしら。平和すぎて腰が抜けるわ」

  それはレンも思ったことである。

  犯罪がゼロであることはないのだが、アメリカなどの大国回っている自分達だからこそ、悪くいえば平和ボケとなるらしいが。

  比較的犯罪が少ない傾向にあるここは逆に住みずらい。

「それに、日本語も完全にマスターしていないのよね。さっきナンパされた相手にも英語で聞き返すことしか出来ないわ」

  多分、異国の言葉攻めはある意味キツいのだろうか。

  レンは本を開き、キーボードを再度打ち始める。

  背中を向ける兄にレイは独りでに話すように言う。

「しかも同業者の人や有力な情報屋が一切いなかったわ」

  疲れを大いに見せつける妹レイに、レンは当然の如く。

「そりゃそうだ。ここは無駄に厳重な上に、暗殺者とは無縁な感じだしな」

  本で読んだ話だが、ここは基本的な二人殺人を行うと、よっぽどの内容出ない限りは『死刑』だと。

  一番不景気で厄介な時期である、戦後混乱期は日本でもあったらしいが、犯罪がまっしぐらな状態になるほどの気力は国民にはなかったと。

  片手で捲っていく本を用済みなのか、ガラクタだらけの部屋に捨てる。

  いつも何をしているのかわからない兄の姿形に、恐る恐る近づくとレイ。

「兄さんはそのような物に興味を持ったの?」

  間接的に言う罵倒に、だがレンはまたしても退屈そうに。

「それこそ逆だ」

「……どういうことなの?」

  レンの言葉の意味を図りかねているレイに。

  先生が言いそうな論理を皮肉めいて言う。

「アレだ。挑戦することは可能性を見出だすことで、簡単に言ったら零と壱の違いっつーことだ」

  椅子を円を描いて動かしながら、上の空の口元で続ける。

「要は……ジャパニーズカルチャーを楽しもうと思っただけだ」

  疲労感丸出しで掛けていた眼鏡を放り投げる。

「暇さえあれば次の仕事で役立ちそうな────」

  話し始めようと、レイは偶然真下に転がっていた小型地雷の壊れた破片を手に取り。

  焦げた黒に染まったそれを嘲笑って、言う。

「こんなものまで作る職業に熱心な人が、そんな暇潰しをするなんてね」

「そんなニート的な暇潰しをする兄を持ったご感想とは?」

  それがどうした、と言わんばかりの涼しい顔でレン。

  怒りなどがこもらない表情で言った。

  だが、レイは『フフッ』とレンを小馬鹿で可愛らしい笑いをする。

 

  ──ここに来て確か一週間と二日がたったころだろう。

  次の仕事である『キリバス共和国の外交官の隠れた護衛』。

  別に殺ることだけが仕事の範疇ではない。

  端的に申せば、世界的な犯罪を含む便利屋である──と裏の住民は俺達をそう見ている。

  同じ稼業での殺り合いなんてザラである。

  つまり、如何なる場面を想定する必要がある。

  つまりのつまり、後始末より準備が重視される。

  それを前提として────暇である。


  レンは地面に落ちてあるタブレットの電源を付ける。

  『メール』と表示している所をタップし────

「何でもいい、仕事はないか?」

  とにかく暇で仕方がない。

  レンの要望に、残念ながらとレイは。

「次の仕事は二週間と四日後の護衛ミッション、それ以外は特に見受けられないわ」

  レイの眼からのアイコンタクトにタブレットを手裏剣のように、レンはレイの顔に投げ付ける。

  造作もなく顔に振り掛かるタブレットを受け取り、ブラウザを開いて説明する。

「金銭的にも問題はないのですから、何か趣味でも見付けたらどう?」

  ついでに、『兄さんもいいお年頃なのだから』と。

  いいお年頃…………ね。

  今まで投げ終えた動作を維持したが、最大のリラックス体勢を取ってレンは追求する。

「いやいや妹。生まれた年もわからなければ、生まれたとこも知らん俺らに年齢がわかるとでも?」

  これまでは身分証明書は偽の物で通してきた。

  性別に女と書いてもバレなかったのはショックであるが。

  そんなのはどうでもいい────

「それに愚問だな。俺がレイ以外に感情を寄せるとでも思ったのなら間違いだな」

  所謂──リア充のリア充によるリア充のための行事。

  告白のような文を突き付けられたマイ・シスター。

  幼少期から聞き慣れた言葉と偉そうな態度である。

  が、何故か私の心は満足で満たされ、ここで絶命しても本望であると思って、

「ま……褒め言葉として受け止めておいてあげますね」

  レンから眼を逸らして、赤い頬を隠す。

 

「俺とレイの残高、合わせてどのくらいだ?」

  十代であろう男の娘の発言とは思えないと。

  レンの言葉に赤らめた顔を戻し。

  それを知ってどうするのかを考えつつ受答える。

「数年は寝てても過ごせる程度にはあると思うわ」

  ならもう張り切って引きこもりのニートへ転職を試みようか、とふざけた考えを抱く。

「だが待て、そんなニートな生活は残高が少なくなった後の仕事に影響を与えることさえも脳の片隅に入れとく必要もあるってことか」

「本気で何を言っているの?」

  呆れたレイの声は耳に届かず、レンは独り言を喋る。

「体重も標準より少し軽めが理想的だ。でないと色仕掛けが通用しない恐れもあり得る──」

  ようやく整理が終えた頃で、レンは言う。

「何だ…………社畜ってこんな考えから生まれるんだな」

  十代の若者が何を知ってこんなことを言うのだろうか──。

  と普通は思うのだが、レンの場合は知りすぎた──と表すべきである。

「今更馬鹿げた話をしないでよね。馬鹿が感染してしまうわ」

  自身と地が繋がっていると思うと胃が痛くなるレイ。

  片手を頭に抱えて、頭痛を抑制させる。

「だがはっきり言って暇だ! これを打破できる手段はなにかないのか?」

  暗い空間で、動き回れる椅子によって四方八方を駆け巡らせてレンは、これこそ暇潰しと。

  なんだか時間が無駄に潰されるこの時は不快である。

  無限に近いが有限である人生で、死ぬ頃に生きててよかったと思えたいのなら────。

  時間は無限にあってもありないのだろう。

「じゃあ仕事を次々と入れていきますか? 要するに募集をかける行為ですが……」

「複数の仕事は掛け持ちしたくないのが理想だが、次の仕事の下準備も整って何時でも万端だしな」

「それなら……チェスや将棋でもしますか?」

  レイが座るテーブルのガラクタを無理に横に寄せて、半分に折り畳んだ数個のボードを出す。

  レイは────他にもマジックの見せ合いや、野外に出てスナイプの距離勝負等を進めるが。

  数十回、と幼少期から仕事のためにと練習をこなしてきたものばかり。

  正直いって飽きたらしい。

「却下だな」

「貴方はワガママですね」

「個性だ」

  何か、何でもいいから。

  と、時間だけが確実な無駄として消費を行う時。

  パソコンの全画面が強制的に切り替わった。

  元は難問な計算式が不規則に並べられていた。

  プツンッ、と画面が黒に染まった音がする。

  瞬時より早く反応したレンは、

「電子回路に問題はない。ケーブル等の接続物の異常──異常無し」

  視界の限界を無理矢理に越えさせる勢いで、分析する。

「外部からのハッキングの可能性、大……レイ」

  最後だけは力強く言い、最大の警戒体制を示す。

  周辺機器に異常がなく、個人情報の流出を何時何時も注意をしていたレン。

  直ぐにレンはパソコンのキーボードや電源が無事か確認する。

「動かないな」

  突然の奇襲にらしくもない焦りが現れ、歯を噛み締める。

  思わず立ちっぱなしになったレイが画面を指差し────

「兄さん、何か映ってるわ」

  パソコンの目の前にいるレンも指差す先、画面を覗く。


『お主らも暇をもて余しているか』


  レンとレイからしてみればハッカーらしき人物からのメッセージと受けとるべき。

  流石のレンもこれには整理が付かない。

  ただ、目を大きく見張って眺めるしか出来なかった。

  たまたま触れてしまったレンの手でキーボードが反応することを知り、どのようなウイルスを扱っているのか。

  疑問を持ったのだが、返答を待っていると捉えて打つ。

『俺らを憎んでる輩か?』

  この土壇場でも情報を何よりも優先した行動である。

  緊張が張り巡る中、何故か画面の奥の者が近くにいるような予感がしている。

  覗かれている予感から、その緊張も一生懸命に隠す。

『お主ら二人よ』

  驚愕した。

  まず二人いることがバレていることから、そっち側の人間であることが考えられるが。

  考える暇を与えずに次々と書かれる。

『余は暇を持つ身、少し賭けをしないか?』

  ──ハッカー──にしては遠回りな手口だ。

  ますます狙いがわからない。

  様子見しか、手段がない。

  仮に、他の俺らの情報を持つならば、見過ごせない存在だ。

  全く、恨まれる仕事であると理解はしているが……。

  『賭け』とは不明だが、今後のリスクを踏まえる以前に今をどうにかする必要が優先。

  レンは汗を垂らして答える。

『面白い。乗ってやろうじゃねぇか』

  立ちながらそう打つと、


『やはりお主とは気が合う』

 

  それが最後の文字であると────。

  その直後の時、この広い部屋の全部の壁──六面にぎっしりと詰められたような。

  日本語や英語、ラテン語と想像するが違う。

  円形の光に規則的な点から何かの文字としか言い様がない。

  日本に来てからあらゆるゲームを攻略してみたが、一つ当てはまる要素をレンは獲得する。

  まるで────

「魔法陣……」

  レンがそう呟きを見せる。

  レイはすかさず尋ねる。

「……魔法陣って何なの?」

  左右上下に展開された魔法陣らしきそれを、一驚して見つめるレイ。

  同じような反応をするレンはウェブから一言一句同じ言葉で言う。

「この世のものとは架空とされている『魔法』や『魔術』の要素として、同時に演出として使われる発動条件の一種」

  つまり────

「これがふざけた小細工でないのなら、俺らはヤバい現状っつー訳だ」

  あちこち見回す様子をさぞかし閲覧しているような口調で、

『ハッハッハ、お主らの世界ではそれほど珍しい光景なのかもしれぬが、それも今だけじゃ』

  画面から現れた文字をやっとの思いでレンの目に入る。

  しかしそれに反応をする余裕もない。

  レイも段々レンにしがみつくがために、二人はお互いの手を繋いで、落ち着きのレイも口を開きっぱなし。


『余はお主らに興味がある。お主らにやろう、鍵を』


  上から目線の言い方だが、何かの力によって優劣は明らか。

  そして張り巡られている魔法陣から黒みを含む紫色の光が襲う。

  恐怖や怖さの感情を久しぶりに感じてしまう。

  自分の命よりも優先するレイの頭をレンの懐に抱き締める。

  死さえも予想されたレンの思考を余所として。

  紫の闇が部屋を覆う程に莫大に多くなると────二人は消えた。


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