8話
薄暗い天幕の中、獣人の会議が始まった。
むっとした空気の中に血と汗のにおいが籠り、ひどく息苦しい。
咳ばらいを一つして、獣人王の背後にいた側近の一人、鳥人族のグリムがその場に立ち上がる。ふかふかの灰色の羽毛に、鋭い爪と嘴、夜であれば爛々と輝く瞳は半ば閉じられて、眠そうな顔をしている。
梟という鳥を先祖とする鳥人族の一族だが、そもそも鳥人族はあまり地上のことに関心を払わず、一族の結束も弱い、そのためあちこちを好き勝手に飛び回っている。
それでも、獣人王ウィスタの働きかけで緩やかなまとまりが生まれ始め、代表としてグリムが獣人王の幕下に加わることになった。
あと数世代もすれば一族ごとにまとまりを作り、獣人王候補を擁立するようになるだろう、というのが大方の見方のようだが、今のところは獣人王の側近に加わっているのみだ。
「今回の御前会議の主眼は、魚人族の侵攻に対する対策の練り直しだ」
この梟の男は年齢が分からないということで有名だった。静かな声で話す姿は微動だにせず、威厳を醸し出し、冷酷さすら感じてしまう。
「ギヨーム、状況の説明を」
名を呼ばれて猿人族のギヨームが立ち上がった。
猿人族は人族と関係が深い部族だ。今は魚人の襲撃でまともに機能していないが、南大陸の北の沿岸にいくつかの貿易港と船を持ち、西大陸の様々な種族や東大陸のレムス帝国、大陸間を根城にする濤竜の勢力等と交易を行っていた。
毛深い人族、と、他の大陸ではよく評されているという、長い手足を持つ体に、獣人族では珍しく、服と呼ばれる布を纏っている。
「かしこまりました、では、わたくしより、現在の状況の説明をさせていただきます」
部族の全員が商人として生きる猿人族だけあって、言葉遣いは馬鹿みたいに丁寧だ。
「さて、皆様。数日前より我が国の北海岸沿いから獣人王のお膝元である王都ベルベルまでが魚人族の大軍により攻撃を受けていました」
「そいつらを追い払ったのは俺様達だ!」
隣の虎人族獣人王候補ターリクがいきなり話の腰を折った。
「違う、俺たちの部族だ」
隣に座る狼人族候補ヘステンがそれに噛みつく。
こいつらは、どこでも喧嘩をおっぱじめることができる天才たちだ。どっちが多くの敵を倒したとか、一番強い敵を倒したのはどっちだとか、延々と続きそうなやり取りを始め出す。
止めるべく、彼らの頭上から近づいたのは、グリムだった。
音もなく、天幕の中に揺らめく明かりの影に溶け込み、舞い上がり、狙い済ました一撃を加えた。
「黙ってろ餓鬼ども」
「おごっ!」
「だぁあああっ!」
容赦なく二人の股間を蹴り上げて悶絶させ、何事もなかったかのように獣人王の背後に戻る。
「で、では、続けます」
ギヨームの声が裏返っている。女のアタシには分からないが、泡を吹いて痙攣し始めている二人を見ると、よほど威力のある一撃だったのだろう。
「王都ベルベルを急襲した魚人軍ですが、前日に兎人族の駐屯地を救援に行く、とホリク殿が伝令を出していたため、北方偵察のために少数ではありましたが、精鋭の軍が武装済みでした。見張りから敵発見の報告が入り、急きょその軍は目標を変えて迎撃を行い、多くの犠牲を出しましたが、本隊が戦闘態勢を取る時間を稼ぎ出しました」
ふむ、攻撃を受けていたのはアタシたちのいた所だけじゃなかったのか。
獣人の本拠地まで攻勢をかけるとは、魚人軍にとっては相当大規模な作戦だったに違いない。
「辛くも王都に攻め寄せた大軍を撃退した後、北方の駐屯地から次々に来ていた救援要請に応じ、獣人王御自ら軍を率いて王都を立ち、北の海岸から王都まで跋扈していた魚人軍を各個撃破し、生き残っていた駐屯地を救援し、敵の手に落ちた駐屯地を奪回、そして最後にここ、兎人族駐屯地近くまで来たところ、ホリク、アスラヴグの両名と合流し、獣人王候補が全員そろったため、善後策を協議することになった次第です」
「皆、状況は頭に入ったな。何か質問はあるか?」
相変わらず眠そうな顔のグリムが、羽の手入れをしながらギヨームの後を受けた。
「はぁい、わたし、一つ聞いてもよろしいでしょうかぁ?」
ゆったりとした声を発し、ゆっくりと手を挙げたのは像人族候補でアタシの友人の一人、ロロだ。
「ロロか、なんだ?」
「ここがぁ、兎人族の駐屯地のあった場所ではないのはぁ、どぉしてですかぁ?駐屯地はぁ、どぉうなったんでしょう?」
「ふむ、そういえば兎人軍と鼠人軍の報告はまだだったな。この場で簡潔に済ませろ、アスラヴグ」
ロロのゆっくりとした声につられ、あくびをしている所で名前を呼ばれた。慌てて口を閉じ、真面目な顔を作る。グリムの視線が冷たい。
ざっと斥候を発見してからのことを話して、他に聞きたいことがあるかをロロに聞いた。
「いいぇ、無事で何よりだったわぁ、アスラヴグちゃん」
にこにこと微笑むロロ、そこでグリムがまだ質問があるかを全員に聞くと、牛人族候補のビョルンが口を開く。
「私から一つ、よろしいでしょうかっ!」
「なんだ、ビョルン?」
グリムはビョルンの筋肉にも怯まない、流石だ。
「南大陸北東部に位置する王都から、北部中央の兎人族駐屯地までは掃討が終わりました!しかし!西部は未だに手つかず!西部方面の状況の把握はどれほどできているのでしょうかっ!」
ビョルンの大声で天幕が震えた。これだけのことを言うのに、どうしてこれほど気合を入れなくてはならないのか、全く分からない。
「西部方面に関しては私が話す」
グリムが獣人王の後ろから、隣に出てきた。
「私の配下を数十人偵察に出した。上空からの偵察だけのため確定できないが、万単位の魚人の存在を確認している。おそらく、他の地域の敗残兵は海に逃げず、いまだ保持している南大陸西部に集まっているのだろう」
すでに偵察済みとは恐れ入った。
それほどの偵察能力があるのなら、アタシたちの居場所もグリム配下の鳥人族が上空から発見したんだろう。木々などの遮るものの無い草原では、空から見下すのも容易いはずだ。
「そして、重大なのは連中の長らしき存在を確認したことだ」
「長?」
その一言に、獣人王ウィスタが食いついた。
一瞬の沈黙の後、天幕の中の獣人は様々な反応を見せた。
唸り声を上げるもの、毛を逆立てるもの、鼻息を荒くするもの、興奮して隣に語り掛けるもの、ちなみにアタシは驚きで屁が出た、そしてひどい奴は口から泡を吹きつつ殴り合いを始めだし、埃が舞い、吠え声を喚き、酷い有り様になった。
混沌と化した天幕の内を静めるため、ウィスタが特大の雄たけびを挙げる。
それを聞いて、緊急事態だと思った護衛の熊人族が天幕になだれ込み、大騒ぎしている獣人王候補たちに一瞬怯みながらも取り押さえ、ようやく静かに話ができるようになる。
「グリム、続きを」
おほん、と咳払いをしたウィスタに促され、グリムは背後に控えている内の獣人王の側近の一人から、何やら大きな束を受け取り、天幕の中央、アタシたち候補と獣人王ウィスタで作る円の内側、に広げて魚人の長らしき存在について説明を始めた。
「これは西大陸からやって来た商人がもたらした、紙というもので作った地図だ」
アズラが作っていた奴だ。だが、それよりずっと大きく、南大陸の北半分が全て書いてある。
獣人の王都ベルベルを初め、各部族の主な集落や北の海岸線沿いに作った駐屯地まで書いてあり、一目でどこに何があるのかが分かるようになっている。
皆、初めて見る地図に興味深々といった様子で丹念に眺めたり、においを嗅いだり、端を舐めてみたりしている。
その地図に、グリムが薪の燃えさしで線を引いた。
南大陸の中ほど、丁度兎人族の駐屯地がある辺りから、大きく弧を描いて西の海岸へ黒い筋が残る。
「この線より西側は、いまだに魚人族の勢力下にある」
そう言ってグリムは点を一つ描いた。
「そしてここが奴らの長らしき人物のいる場所」
その後に、またいくつか点を描いた。初めに描いた点より小さく、こちらの勢力圏である線の右側と、魚人の勢力下である線の左側の間に散らばっている。
「これらは急造の砦だ」
グリムが燃えさしを置く。
「こう見ると、奴らはこのまま西側を取る気らしいな」
「俺様達の集落を含めいくつかがあぶねえ、何か手を打たねえとな」
すると真っ先に、虎人族のターリクと狼人族のヘステンが口を開く。
「そうだな!すぐに助けに行こう!」
牛人族のビョルンが叫ぶと唾が飛んだ。汚い。
「で、でも砦を何とかにしないと」
鼠人族のホリクも筋骨逞しい男の獣人に負けじと発言する。
現在、この四人だけが事実上の獣人王候補だ。
初めて王都ベルベルに集められた時から、候補たちは二種類に分かれていた。獣人王になろうという野望を抱くものと、将来の獣人王に上手く取り入って部族の地位を上げようとする者だ。
因みに、アタシは後者の立場にいるわけだが、弟のアズラはどうやらそれが不満のようで、アタシに手柄を立てさせようとしたり、頼んでもいないのに前者の四人の動向を探ったりしている。
余計な努力だと、何度言っても聞かない頑固者の弟だ。
獣人王ウィスタは公平に選ぶことを宣言してはいたが、各部族ごとの力の差は大きかった。
弱小部族が、例え運に恵まれて王になったとしても、その後、他の部族を押さえつけられない可能性があった。その時に待っているのは、反乱と虐殺、そして没落だ。
この間、海の向こうからやって来た商人ボルテに、酒を手土産に色々とこの大陸のことを尋ねられた。
こちらからも色々と他の国のことを尋ねたのだが、南大陸での王の決め方は独特らしい。よそでは王の位は世襲制と言って、同じ一族がずっと王のままらしい。
そんなことをしては他の一族が不満を持つだろうと聞くと、ボルテは、そうだ、と頷き、そのせいでどこの国でも良く反乱が起こる、と言った。
ターリク、ヘステン、ビョルン、ホリクの四名は口論に忙しい。この会議の場で獣人王の意識に残れば玉座に一歩近づくと思っているのだろう。
アタシはホリクが何か発言するたびに、何となく頷いたりして一応話を聞いているふりをしつつ、ボルテのことを考えていた。
色々、海の向こうの面白い話を聞いた。
ボルテが取り入ろうとしている将来有望な王子の話や、伝説の竜騎士、かつて起こった大戦、原初の九王と呼んでいる者たちの遺物、結束し始めた遊牧の民達、話は尽きなかったが、獣人王への謁見が叶うというので、ボルテはアタシたち兎人族の駐屯地から王都ベルベルへ南下していった。
喧々諤々と議論をしている四人はじりじりと車座になった内側へと進み、グリムと彼の出した地図の四面を囲むように座っている。
四人の移動に合わせて、それぞれの支持者も移動し背後に着いた。アタシも馬人族シトリックの手招きに答えてホリクの後ろに座る。獣人王ウィスタは動かず置き去りだ。
四人とグリムの議論はどのように西側を攻略するのか、という主題から、魚人の戦力とこちらの戦力の比較や戦備の充実度を鑑みて進み、現在の獣人軍だけでは抗しきれないという結論になりつつあった。
「グ、グリムさんの情報で分かるでしょ、まだ戦力が足りないんだよ」
「その通り!となれば、各地より戦士を集めることこそ急がねばっ!」
しかし、それでは魚人に体制を整える時間を与えることになる、と武闘派二人が反論する。
「せっかくここまで連戦連勝だったんだから、このまま潰しに行きゃあ良いだろうが!」
「西側の集落への被害はどうする、時間稼ぎの捨石にするつもりか?」
そんなことは比較的おとなしい武闘派二人にも分かっている。
「だ、だけど魚人を追い払える戦力はこの獣人王軍が最大なんだよ!?」
「戦機は未だ熟していなぁい!時を待つのだっ!」
徐々に言い合いは激しさを増していく。
「最大戦力を敵の主力にぶつけるだけの話じゃねえか!これ以上待っても、戦士は大して増えねえ!」
「時間がいるのならば、戦いながら待てばいい話だろう!」
チュウチュウ、モウモウ、ガウガウ、グルルと議論は激化の一途を辿る中、鼠人族ホリクの後ろに控えるアタシの隣、馬人族シトリックがこっそり話しかけてくる。
「アスラヴグさん、アスラヴグさん」
こちらも、前で行われている議論、というよりはただの喧嘩、に目を注ぎつつこっそりと答える。
「ん、どした?」
「ここでビシッとアスラヴグさんが、ホリクさんの援護をするべきでは?」
「えー、面倒」
無関心も甚だしいアタシの答えにもシトリックは怯まない。
「何を言っているんですか、ホリクさんが王座に就かなければ、私たちの部族の地位向上には繋がりませんよ」
「別にアタシじゃなくても、ロロかお前で良いだろ」
後ろに座っている像人族のロロをちらりと見る。目を閉じて身じろぎもせず座る姿は彫像のようで、像人族の特徴の一つ、長い筋肉質の鼻の先からは穏やかな呼吸音がしている。
「ロロさんは寝ています」
誰にも、ロロの眠りを妨げることはできない。誰だって命は惜しいのだ。
「じゃあお前」
「私の意見が受け入れられないのはご存知でしょう」
「分かってるっての」
シトリックの父親は獣人王ウィスタの友人にして、獣人族の敵になった男だった。彼を忌み嫌うものは多く、娘のシトリック及び、馬人族全体が微妙な立場にある。
「あー、あの四人の中に入るのかー、やだなぁ」
鼠人族ホリクの支持者は像人族、馬人族、兎人族の三つ。
牛人族ビョルンの支持者、もとい弟分は鹿人族ハーラル、羊人族シグルズ、猪人族ロスブローグの三人で、基本的にこいつらは、流石兄貴、ということしか言わない。
虎人族ターリク、狼人族ヘステンは異なる部族の支持者を拒んでいる。虎人族も狼人族も南大陸で一、二を争う強大な部族のため、他の部族から支持を受けずとも獣人王候補の中で頭角を現した。
そのほかの部族、狸人族、狐人族、猿人族はほとんど中立的な立場を保っている。全ての候補に大して等距離で、誰が王になろうが、浮きもしなければ沈みもしない戦略を取ったのだろう。
「さあ、アスラヴグさん」
キリリと目元を引き締めてこちらを見るんじゃない。
「さあ」
ちらりとシトリックを見て、議論に飽きてきて取っ組み合いを始めたそうにしている四人を見て、獣人王ウィスタを見ると、目が合った。
ウィスタの爺は穏やかな目をしていて、まるでこちらが何を考えているのか全てわかっているような、底の見えない色をしている。
いったいこの爺は何を考えているのだろう。
公平に後継者を選ぶと宣言し、自分の友で敵になった男の娘を候補に加えた。
目の前で天幕が吹き飛びそうな喧嘩が始まろうとしているのに、穏やかな姿勢を崩さない。
その時、ほんの僅か、ウィスタの目元が緩み、笑ったように見えた。
こんな薄暗い所で座り、小難しい議論をぼうっと聞いているだけなのが心底馬鹿馬鹿しい、という思いを見透かされたような心持になり、きちんとしたふりをするのが突然嫌になった。
真面目に話をしているやつも、聞いているやつも、寝ているやつも、やる気のないやつも、どうせ全員血に飢えた獣人ではないか。
獣人ならば、言葉ではなく、魂をぶつけるべきだ。
すっくと立ち上がり、今最もアタシの魂が欲しいものを叫ぶ。
「酒持ってこい!」
それだけではおさまらず、さらに叫ぶ。
「もう議論はうんざりだ!狩りでも決闘でもいい!戦って勝ったやつの意見にアタシは従う!」
酒と、気晴らしの喧嘩だ。この場にはそれが足りない。
何言ってんだろ、アタシ。
しん、と静まり返る天幕の空気が重くのしかかって我に返った。
激論を交わしていた四人も、隣のシトリックも、あのグリムでさえも、アタシが何を言ったのか分からないようで、無言のままじっとこちらを見る。
「ほっほっ、アスラヴグは面白い事を言うな」
沈黙を破ったのはのんきな笑い声だった。
「儂もそれが良いと思うぞ」
今、この爺はなんと言ったんだ。頭が混乱して、良く分からない。
「そろそろ腰も痛くなってきた、議論はどれも一長一短で決着がつかんし、天幕の中の空気もよどんでくる」
よっこいせと立ち上がり、獣人王ウィスタはのそのそと天幕の入り口に向かう。
「ここは一丁、獣人の伝統に則って今後の方針を決めようかのう」
ちょいちょいと手招きをして、そのまま外に出てしまったので、皆、何となくついていく。
「決闘の舞台を整えよ!」
いきなり、老いた熊人族の咆哮が大気を震わせる。
「太陽が中天にかかる時、ターリク、ヘステン、ビョルン、ホリクの四名による決闘を執り行う!」
更に咆哮は大きくなってゆく。
「決闘に勝った者が、対魚人族の総指揮を執る!」
そこでぴたりと口を閉じ、驚きでこちらを向いたまま固まっている連中をじろりと睥睨し、最後に特大の咆哮を上げた。
「分かったらさっさと準備をせんか!」
鞭で打たれたかのように固まっていた連中が動き出す。
名を呼ばれた四人は緊張感を漲らせ、こいつらをどう負かしてやろうかと、お互いを注視し始める。
さっきまできょとんとしていた奴らが、戦いと聞けば血が騒ぎだす。
それが、獣人が太古の高祖咆哮に授かった生き方。
聞いていなかったものに伝えに行ったり、決闘を行う場所を決めるために下見に行ったり、昼飯と酒の用意をしたり、一々指示を出さずとも、皆勝手に動く。
決闘は獣人にはとても身近だ。
どんな獣人でも必ず一度、決闘を経験する。成人の年齢に達すると、最も年かさの戦士に挑み、勝てば戦士に、負ければそれ以外の職に就く、年かさの戦士も、負け越せば引退し、戦士には戻らない。再戦はできない、一度きりの機会だ。
故に若者は成長し、老戦士は衰えを知らない。
他にも、おやつの取り合い、寝床の取り合い、特に意味のない気晴らし、等々、数え上げればきりがない程、決闘はなじみのあるものだ。
そんな訳で、南大陸では決闘は日常茶飯事で、準備など子供の頃から手伝っているために、何も言われなくとも体は動く。
それはそうと、先ほどから四人の殺気が止まらない。
今回の決闘は相当荒れそうだ。
「アスラヴグ、ちょいとよいか?」
ウィスタの爺が手招きをしている。
「それとギヨーム、客人をここへ」
猿人族のギヨームが何か言いつけられて、走っていった。
「どした、爺」
「爺はやめんか、グリムたちが良い顔をせんぞ」
しかめっ面をしてはいるものの、目が笑っているのであまり怒っている感じはしていない。
「知るかよ、そんなこと」
「ほっほっ、尖っとるのう」
そこに頭まですっぽり布を被り、顔も姿も分からない、見るからに怪しい奴に付き添ってギヨームが近づいてくる。暗殺者か何かか、と思ったが、獣人王の護衛も側近もそいつとギヨームに気づくと道を開けていき、とうとう目の前に立たれた。
「なんだ、お前」
「アスラヴグ、お前もよく知っとる者だぞ?」
爺はにやにや笑っている。畜生め、馬鹿にしてやがるな。
「アタシの知り合い?」
頭からつま先まで、じろじろと眺め、匂いも嗅いでみた。木の匂いがする。
「この間ぶりですね、アスラヴグさん」
久しぶりと言ってきた。女の声だ。
「はあ、この間ぶりというと?」
「一晩、お酒をお付き合いしていただきました」
ぎしり、と微かに軋る声、女、最近酒を飲んだ、と考えていくと、確かに一人いた。
「もしかして、こないだの商人の」
「はい、ボルテです」
そう言ってボルテは、少し顔を隠した布をずらして白くつるりとした樹木のような肌を見せた。
「なんで、お前がここで出てくるんだよ」
「儂の思いつきに力を貸してくれる事になってな」
む、面倒ごとの気配がする。急げアタシ、何か逃げる口実を探すんだ。
顔は動かさず、視線だけで周囲の状況を把握する。
しかし、なにも見つからなかった。
「アスラヴグよ、ちょいと西大陸へ行っとくれんかの?」
「嫌だ」
「とは言えんな、ホリクの獣人王への道の妨げになる」
このぶんでは、逃げ道はなさそうだな。
この間のアズラの説教といい、どうにも最近逃げ足が鈍ってきているようだ。
「あー、ホントにアタシじゃなきゃダメか?」
「うん、ダメ」
茶目っ気たっぷりに爺が言い切った。腹が立つ。
「ご心配なさらずとも、アスラヴグ様ならば容易く成し遂げられることでございます」
う、うさんくさい。けれども、一応聞いてみた。
「アタシは何をすればいい?」
「私の護衛をお願い致します」




