7話
合図を決めて、包囲の一点を突く。作戦としてはごく単純なもので、難しいことでは無い。
ホリクが闇に紛れ、魚人軍の包囲網外で待機している鼠人軍へと戻った後、アタシとアズラは交代で仮眠を取り、そろそろ夜明けというところで密やかに戦士たちを起こしていった。
「いいか、皆。朝日を背にして攻撃だ」
「鼠人族の軍は朝日に向かって攻撃してくる」
二人で戦士を起こすたびにそっと耳打ちをしていき、地平線がぼんやり明るくなり始めたころ、まだ動くことのできる兎人族の戦士は魚人に気づかれることなく、一点集中の構えを取った。
振り返ると、地平線が朝焼けで燃えていく。あと少しで攻撃開始だ。
そこで、くいくいと耳を引っ張られた。
「姉上、少しいいか?」
他の連中に聞かれないようにと、アズラに連れられて戦士たちの先頭まで行き、さらにそこから二人だけで数十歩離れた。
「なんだ、こんなとこまで連れてきて」
「しっ、声が大きい」
顔をうんと近づけて聞き取れるほどに小さい声でアズラが言う。つられてアタシも小声になった。
「どうしたっていうんだよ」
しかし、弟はもごもごと真っ白な毛に覆われた鼻と口を動かすばかりだ。時折、決心したようにこちらを見るのだが、すぐに目を伏せて草の上を這う毛達磨虫を眺め始める。
アタシはいらいらしてきた。もう間もなく朝日が昇る。この馬鹿はようやく来た援軍をふいにするつもりなのだろうか。
「何もないなら戻るぞ、ホリク達がが待ってる」
言い放ってアズラに背を向けると、腕を掴まれた。予想よりも強い力で引き戻されて面食らう。
「なんだ、言いたいことがあるなら、はっきり言ってみろよ」
目の前のアズラを見据える。そして、ようやくアズラが口を開いた。
「その、ホリクというのは本当に信頼できるのか?」
「んあ?」
何を言い出すんだこの弟は。
「ホリクが信頼できないのか、お前は」
予想外の質問で、少しばかり驚いた。ほとんどアズラの言ったまま質問を返してしまう。
「信頼できないというか、なんというか、あまりいい話を聞かない奴なんだ」
「そういう事か」
アズラの心配がやっとわかった。しかし、今その事について話す時間は無い。となると、この弟をどう誤魔化すべきか。
少し考えてから、決めた。
「おぶふぇっ!?」
アズラが息を吐き切った瞬間を狙い、肋骨の下、肺と胃の隙間に一撃。もちろん手加減をして、爪ではなく掌底を叩き込んだ。
奇声を発して崩れ落ちるアズラ。心の中で謝りつつ、気を失ったアズラを抱えて、戦士達から少し離れた、負傷者がひとかたまりになっている所に大急ぎで運ぶ。
「アズラが突然倒れた。手当てを頼む!」
「え!?」
「ア、アスラヴグ様!?」
驚く負傷者たちに真っ白な毛玉を放り、そそくさと戦士たちのところに戻る。背後で戸惑った声が聞こえた気がしたが、気のせいに違いない。
何気ない顔をして戦士達の先頭に戻った。ちらちら視線を向けられるが、なにが起きたのか聞いてくる奴はいない。戦闘前の戦士は闘いのことのみに注意を払うべし、というのが獣人の掟なのだ。
しかしこの視線は居心地が悪い。早く、日が昇らないものだろうか。
じっと地平線に目を注ぐ。もうずいぶん地平線は明るく輝きだしており、攻撃開始の日の出の時刻まであとわずかだろう。
鼓動の音がやけに大きく聞こえる。感覚が鋭くなっていく。風の動きが読める。草の靡きが分かる。じりじりと熱を増す大地を感じられる。
一筋、光が差した。
「突撃」
大きく息を吸い込み、雄たけびを挙げた。
走り出す。戦士たちも後に続いてきているのが足音で分かった。
防戦一方だった兎人族のいきなりの強襲に驚くそぶりも見せず、包囲を形作っていた左翼の一隊は戦列を整えていく。魚人軍の前衛が穂先を揃えていく。このままでは、兎は容易く突き殺されてしまうだろう。
それが現実になるかはホリクと鼠人族の戦士にかかっている。
走る速度は緩めない。穂先に向かい、四つ足で駆けていく。魚人の前衛達の表情が、はっきり見えてくる。
ホリク、まだ来ないのか。
一瞬頭をよぎる暗い予想を押しのけ、さらにこれ以上は無いほどに走る速度を上げた。こないなら来ないでもいい、その時は、兎人族の戦士の恐ろしさを魚人共に教えてやるまでだ。
また、雄たけびを挙げた。丁度正面にいる魚人の戦士に狙いをつける。自分が狙われていると分かったのか、その戦士は思わずといった様子で後ろにのけぞる。
その時、敵の前衛が乱れた。数十、いや、数百はいる。小さな鼠人が、そこかしこから草をかき分けて現れ、魚人に襲い掛かった。
正面から突撃する兎人族に気を取られていた前衛が、鼠人族の攻撃で大きく崩れる。そこに、駆けてきた勢いのまま、ぶつかった。
一気に魚人軍の左翼部隊を突っ切り、反転し、再度突撃した。魚人軍は、前から鼠人に後ろから兎人に挟まれる。これで勝負はついた、と思ったが、いきなり岩のような厚い防御に阻まれた。
「くそっ!なんだこいつら!」
他の魚人の戦士とは一味違う。
銛の突きを、くるりと前方に転がってかわし、両手で体を支えながら蹴りを放つ。だが、左腕で受けられ、首の骨を折る一撃は魚人の片腕と引き換えになる。すかさず左側に回り込み、爪での突きをお見舞いし、左から右に腹を貫いた。
アタシの動きが止まったところに、間髪入れず、新手が来る。腕にぶら下がった死体を投げつけて視界を塞ぎ、跳躍し、魚人二人分を殴り飛ばした。
「ちっ、勢いが止まりそうだな」
突撃した時のまとまりと勢いは崩れ、兎人の戦士は敵の精鋭と乱戦になりかけている。一方の鼠人はどうかと見やると、既に勝負はついていた。
魚人の前衛を次々に葬り、それを見て浮足立った敵を魚人軍本隊のほうに追い立てている。
「な、なにもたついてるの?」
「わひゃっ!」
隣にホリクが立っている。いつ近づかれたのかまるで分からなかった。兎人の感覚をかいくぐれるのはこのホリクぐらいのものだろう。
「か、可愛いね。わひゃっ、だって」
くすくす笑うホリクの頭を掴んで、魚人に投げつけた。
だがホリクは慌てることなく腰の探検を素早く引き抜き、空飛ぶ鼠人に無警戒だった魚人の喉をすれ違いざまに切り裂いた。
「余裕かましやがって、腹立つな」
まだくすくす笑って、こちらに手まで振っているホリク。その後ろに近づく魚人、アタシは思い切り足に力を込めて跳躍し、魚人の後頭部を両手で押さえつけながら顔面に膝蹴りを食らわせ、頭を平たくした。
「油断してんじゃねえよ」
「あ、あいかわらず荒っぽいね?」
まだにやにやしているホリク。
「いいから、さっさと片付けるぞ」
「は、はいはい」
久々に他人と連携をとりつつ敵を倒していく。先ほどはてこずった相手も、二人がかりならばそれほど苦労しない。
アタシの突きをかわした奴をホリクの短剣が仕留め、ホリクの一閃を凌いだ相手はアタシの蹴りが砕く。
手練れと共に戦う戦場は何とも気分がいい。次々に魚人の精鋭部隊を倒していくと、不意に魚人の本隊から奇妙な音が響き、本隊と右の部隊が一斉に退却を始めた。
同時に、目の前の敵はまとまり始め、退却していく部隊とアタシたちの間に陣どった。
「アタシらを行かせないってか、おもし」
「ま、まあみてなよアスラヴグ」
やっと体が温まってきたところに、強力な殿、相手にとって不足は無い、と咆哮を挙げてこちらも戦士を集め、突撃しようとしたところをホリクが遮った。
「あん?」
小さな指で指し示す方向には、退却をしていく魚人の部隊が見えるが、様子がおかしい。整然とした撤退とは言い難く、ひどく混乱しているように見えた。
「あ、あらかじめ伏勢を置いて退路を断っておいたんだ」
えへん、と胸を張るホリクの姿に、闘争心がしぼんでいくのが分かった。
遠目で見ても、魚人軍の本隊はいくつにも分断され、鼠人軍に各個撃破されているのが分かる。容赦の無い攻撃で、次々に地に伏せる魚人達。崩壊するまでにそう時間はかからなかった。
こういう何気ない素振りで容赦の無い指揮をする不気味なところが、アズラも言っていた悪評の一部になっているのかもしれないな。
「あー、酒が欲しい」
撤退する部隊が散り散りになるのを見て、目の前の魚人達は武器を捨て、地に膝を着いた。
「こ、降伏するみたいだね」
指示を出せと言うように、ホリクがわき腹をつつく。
「降伏ぅ?めんどくせえなー。あ痛っ!」
わき腹をつねられた。はいはい、分かりましたよ、ホリクさん。
「ひい、ふう、みい、あーっと、だいたい五十ってとこだな」
こちらでまだ動けるのは三十人ほどしかいない。
「ホリク、二十人ばかり貸してくれ」
「う、うん、分かった」
ホリクが舌打ちのような音を出すと、近くの草陰から一人鼠人が顔を出した。
「に、二十人手の空いてる戦士を集めてきて」
「了解」
あっという間にそいつは走り去り、しばらくすると同じ場所から次々に鼠人が出てきた。
「そ、揃ったよ、アスラヴグ」
「ああ、助かる」
拘束する縄すらない状態なので、降伏した殿の魚人達一人につき、一人の戦士をつけて監視させる。そのうち縄を調達しなくてはならないが、ひとまずこのままにしておくしかない。
捕虜の扱いを考える前に、損害の確認、敵への備え、今後の方針などやるべきことは数多くある。いつもはアズラに丸投げして酒樽を抱え、さっさとずらかるところだが、アズラは未だに気を失っている。
ここ数日の疲れが出たのか、安らかな寝顔をしていて、ゆすっても殴っても起きなかった。
そんなわけで、珍しく指揮官として指示を出し続け、一息ついたのは夕暮れ時になってからだった。
「しっかし、こいつらどうするかね」
何やら大きな荷物を持ったホリクを連れ、酒樽を小脇に抱え、炊事の煙が上がる野営地の中を進み、魚人の捕虜が集められた場所。そこで二人合わせて頭をひねってみる。試しにいくつか話しかけてみたものの、こちらの言葉は通じず、向こうの言葉もこちらには理解できない。
「い、意思疎通ができないんじゃ、捕虜にしてもあんまり意味は無いよね」
「だよなあ」
ならば殺してしまえ、とどこかの野蛮な虎人族なら言うかもしれない。しかし、魚人の侵攻によりこの戦争が始まってから数年、これほど大量に魚人をとらえたことは無い。
何とかして情報を引き出したいものだが、言葉が分からないのではどうすることもできないように思える。さらに悪い事に、アタシもホリクも考え事があまり好きではない。
そういったわけで、とりあえず獣人王に引き渡すことに決めた。
「あとはウィスタの爺が考えるだろ」
「そ、そうだね」
意見が一致したので、一応見張りの態勢をきちんと決めて、魚人たちに背を向けた。
「そういや、ホリク。地図は役に立ったか?」
「う、うん。すごく助かったよ、あれがあったから全滅しなかった、ともいえるかな」
援軍を求める使者はホリクのところに行きついたらしい。
獣人王の本営めがけて進んだ使者は、訓練中だった鼠人軍の斥候に捕捉され、事情を聴いたホリクが独断で急行することを決め、獣人王に伝令を出し、そのまま全軍で急行してきた。
しかし、途中で何度か小部隊の魚人軍に足止めをくらい、時間を取られたという。
そこで、地図に記されていた場所のみに狙いを絞り、そこに全戦力を集中する賭けに出た。結果、アタシたちは助かったというわけだ。
「ご、ごめんね」
戦死者を埋葬した脇を通る時、ホリクが急に謝ってきた。
「なんで謝ってんだよ」
「み、皆を助けられなかったから」
そう言ってホリクは荷物を下ろし、中から花束を取り出した。根元をまとめていた蔓をほどき、一本、また一本と土盛りの上に置いていく。
「あ、ありがとう」
小さく感謝の言葉をつぶやくホリクが、一輪の花を置いた後に、アタシが酒樽から少し酒を注いだ。
「最後の選別だ、味わって飲めよ」
今回の戦闘では、兎人族はもちろん、鼠人族にも、初めの前衛への奇襲のところで犠牲が出た。
弔いを終えると、指揮官ように割り当てられた天幕に向かう。ほとんど物資が無い中、兎人族の駐屯地から持ってきた貴重なものだ。
「全く、アタシの立場はどうなる。大損害を出した無能な指揮官か?」
「そ、そんなことないよ!」
ああだ、こうだとたわいのないやり取りを繰り広げ、天幕の入り口をくぐると、かつてなく不機嫌そうなアズラがいた。
「そ、そうだ!私、見張りの態勢を整えてこなくちゃ!」
しまった、ホリクに逃げられた。
「あ、アタシは負傷者の様子を」
「この、馬鹿姉貴!」
アタシは逃げられなかった。
かつてないほど怒り心頭の弟の、かつてないほど長時間の説教は延々と続き、その最中にホリクの弁護をしたために、解放されたときにはすでに日が落ちて皆が寝支度を始めたころだった。
当然夕食など残っているはずもなく、アタシはすきっ腹を抱えて眠りについた。ちなみにホリクによると、今日の献立は久々に肉が出たという。まったく、ついてない。
次の日、空腹とここ何日かの起きる時間のせいで日の出とともに目が覚めた。
こんな時間に起きだしているのは炊事担当の非戦闘員くらいのものだ。昨日、すっからかんになった胃袋が、澄んだ空気といい匂いを思い切り吸い込み、派手な音で鳴き声を出した。
炊事場に行ってみよう。うまくすれば何かつまめるかもしれない。
同じ天幕で寝ているホリクを起こさないよう、静かに天幕の入り口に掛けてある布をくぐる。
今日もいい天気だ。特に今日は雲が少なく、空の青さが目にまぶしい。
においを頼りに、昨日アズラに隠された酒樽を見つけ出し、脇に抱えて炊事場に向かう。途中で我慢できなくなって、ちびちび口とに含みつつ静かな野営地を歩いていく。
鼠人も兎人も昨日までの疲れが抜けていないのだろう、ぐっすりと眠りこけていてとても静かだ。
いい匂いが近づいてきて炊事場が見えた。
「よう」
「あ、お早いですねアスラヴグ様。まだ朝食には時間がかかりますよ?」
炊事場の責任者は朝食の支度をする手を止めずに言う。
「朝飯の前に、何か食う物はないか?」
そう聞くと、炊事場にいた連中が皆おかしそうに笑った。
「アズラ様のお説教で、夕食を召し上がられませんでしたものね」
責任者の言葉に何人かが吹き出した。
「ちっ、耳の早い連中だな」
「今すぐだと、その辺に置いてある魚人軍の糧食しかないですよ」
笑いながら責任者が示した先に、見覚えのある緑の塊が置いてある。
「こんな磯臭いもん、食えんのかよ」
「臭いは独特ですが、味はそこそこでしたよ」
食ったことのあるような口ぶりだが、もしかしてこいつら、これを食ったのか。
「これを食ったのか、すげえなお前ら」
「必要なことですから」
肩をすくめた責任者に軽く尊敬の念を抱きつつ、手のひらほどの緑の塊を一つ掴み、鼻をつまんでかじってみた。
「お、意外と悪く無いな」
海草を干して固めただけのものだが、微かな塩味が後を引く。嚙みごたえもあり、なかなかどうしていい出来栄えだと思えた。
何より、酒との相性が悪くない。
一言断りを入れ、炊事場の傍で魚人の糧食をつまみに酒を飲む。
雲を眺めながらいい気分でぽかんとしていると、遠くから大勢が移動する音が聞こえてきた。
方向はほぼ真南、距離は丘一つ向こう。
アタシは口の中の海草を飲み込み、酒樽を置いて跳ね起き、野営地を突っ切って駆けだした。ようやく大多数の戦士達が起き始めたばかりの今の状況では太刀打ちできない。
おそらく炊事の煙を発見されたのだろう。今から逃げることは不可能だ。
斥候と見張りは配置している、急報が無いということは敵ではないのか、それとも無力化されたのか。どちらにせよ、この目で確認しなくてはいけない。
野営地を抜け、南の丘の上に出ると、眼前に獣人の大軍が現れた。全ての獣人族が含まれたその大軍は少なく見積もっても数万、もしかすると十万に届くかもしれない。
「いったい、なんだってんだ」
戸惑いは、獣人王ウィスタの率いる軍だと示す、鮮やかな旗を見て一層と強くなった。
「獣人王の親征軍が、どうして、こんな辺境に」
なにはともかく、こんなところでぐずぐずしていてはいられない。早くホリクとアズラのところに行かなくては。
丘を駆け下り、まっしぐらに天幕へ戻る。するとすでに二人は起きていて、他にもう一人、苦手な奴の後ろ姿があった。
蹄で大地を踏みしめ、盛り上がった筋肉をうっとおしいほど体に纏い、黒く短い体毛、太い首、頭にはねじれた二つの角がある。
獣人王候補、牛人族代表のビョルン。またの名を、牙なしビョルン。アタシがこの世で最も苦手な男だ。
「おおっ!アスラヴグ!久方ぶりだなっ!」
「うっぷ」
こちらに気づいていきなりでかい声を挙げ、こちらの鼓膜を破ろうとしてくる。タイミングの悪い事にビョルンはすこぶる機嫌がいい様子だ。こちらに突撃して来ると、筋肉もりもりの両腕を広げ、牛人特有の挨拶、つまり強烈な抱擁、でアタシを出迎えてくれた。こん畜生め。
「さあて、久々の再開に語り合いたいのはやまやまなのだが、あいにく俺は獣人王様の伝言を預かっているのでな!」
「さようで」
「準備はいいかなっ!では、獣人王のお言葉を伝える!」
こちらはでかい声と力強いスキンシップに加え、朝早くから異常な活力を漲らせている筋骨隆々の巨漢の存在感に力なく頷くことしかできない。
ホリクとアズラはおそらくこいつに起こされたのだろう。二人とも異様にげんなりしている。
「獣人王候補ホリク、及び、同アスラヴグ!只今より獣人王の御前において会議を執り行うっ!速やかに支度をして、俺についてくるのだっ!」
ビョルンがそういい終わると同時に、天幕の入り口の布が吹き込んだ風にまくり上げられ、朝日が差し込む。光の筋が額に生えた二本の角、太い首、隆起した肩回り、分厚い胸筋、はち切れそうな腹筋、と徐々に牛人族の肉体を照らし出していく。
なぜか、ビョルンは筋肉を浮き出させるような恰好をしていた。思いっきり良い笑顔がおまけについてくる。歯が白く日光を照り返す。
もう勘弁してくれ。
気力と体力、それに加えて色々なものを削られたような心持になりながら、ビョルンに続いて天幕を出た。
「じゃあ、アズラ。留守は頼む」
「わ。私の部下もお願いします」
アズラは早々にビョルンから解放されることが分かって、ずいぶん顔色が良くなっている。
「分かりました。お気をつけて」
アズラに後を任せ、筋肉牛の先導で鼠人と兎人の野営地を抜け、先ほど通った南の丘を越えると獣人軍が野営地を設営しているのが見えてきた。
いろいろ疑問が出てくるものの、どうにもビョルンに話しかける気にならず、黙々と歩く。酒を置いてきたのが悔やまれる。酔っていればこいつとの会話にも多少は気が向くかもしれなかったのに。
ちらちらと現れてはこちらに会釈をする兎人に軽く手を挙げて挨拶を返す。ホリクもビョルンも同族の面々と挨拶をかわしている。
獣人王直属の軍は獣人族がすべて含まれる。
他の獣人の倍近い体躯を持つ像人。
撥ねるように歩く鹿人。
他人と距離を取って、ふらりとさすらう虎人。
ころころとした狸人。
気取った気配の狐人。
轟を挙げて駆ける馬人。
頭突きをし合う羊人。
帳面を持ち、何か書きつけている猿人。
宙を舞う鳥人。
冷酷な雰囲気の狼人。
牙を研ぐのに余念がない猪人。
そして、獣人王の天幕を固める熊人。
天幕に近づいていくと、屈強な熊人が両側から挟み込むように立つ。
「皆さまお待ちです」
「どうぞ中へ」
天幕の入り口の布を持ち上げられ、中へ促された。獣人王の使う特別製の天幕だけあって、各部族の獣人王候補と、獣人王の側近たちを全員入れてもまだ余裕がある。
薄暗い天幕の中は、植物からとったいい匂いのする油が燃やされて、お互いの顔がかろうじて認識できる明るさを保っている。
「獣人王候補、ホリク、アスラヴグを連れてきました」
「ほ、ホリク、入ります」
「アスラヴグ、到着しました」
入り口の正面、一番奥まったところに獣人王、コルドバ・ウィスタが座り、各部族の候補者が車座になって座っている。
「君たちが最後だ、座りなさい」
獣人王に促され、腰を下ろす。虎人のターリクと鹿人のハーラルに挟まれる形で、獣人王と候補者が円形に座った。獣人王の背後には、鳥人のグリムを筆頭とする獣人王の側近たちが座っている。
「では、全員そろったところで、会議を始めよう」




