表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九王記  作者: 荒木小吾
二章 東よりきたるもの
68/68

67話 処分

 西大陸の魔導会議占領下王都。

 実験体には魔導会議の中庭が解放されているが、使う奴らは限られている。

 ひそひそと声がする。ひそひそと話をされている。鉢植えを抱えた実験体の一人は、耳がよかった。その表情はうつむき加減になって、暗くなっていた。

 日光に当たることで体調を整える魔術師エブリックの実験体がいるので、彼らを日当たりのよい中庭へと置いて水をやらなければならない。

 手の中に抱えた彼ら、彼女らが、体を小さな鉢植えの中に納めていてどうにもやりきれない。食事を沢山取ってすくすくと成長してほしいと思うが、実験体となって魔獣と融合してからも体が成長するのかははっきりと分かっていない、とエブリックは言っていた。

 魔導会議五賢弟の魔術師エブリックは人と魔獣の融合体を生み出す研究を行っている。

「イーヴァル、もうこれで全員だよ」

 羽毛と巨大な眼を持つ少女が、まばらに魔獣の羽毛が生えた腕をかきむしる。植物型の魔獣と融合した実験体たちを見まわした。植物の魔獣と融合した者達の中には、自力で歩くこともできないものもいた。

 十数の実験体が中庭に並ぶ。

 人の姿をしたものが魔獣となる。失敗作は人を襲う。魔導会議内部での噂は広まるのが早く、魔導会議議長の直弟子五賢弟が嫌われていることも相まって、実験体には誰も近づくことがない。姿を見かけると舌打ちして去っていく。

(気にするな。魔道具の失敗作漁りをしていた時から、こんな視線は慣れていたじゃないか)

 中庭の使用を許可されているとはいえ、好んで使うエブリックの実験体はいないのはそれが理由だった。

 エブリックの研究が続けられる限り、融合魔術の実験体は増え続けていくのだろう。すでにエブリックの魔獣だけで世話ができなくなっているので、実験体同士で互いの世話をしていた。

 実験体になるのは大抵死にかけの人だった。

 その中には、幼い子供もいる。死にかけの理由はいろいろだった。不治の病に侵されている、生まれた時から手足が無い、親に捨てられた子供が魔獣と融合されて生活していた。魔術が失敗して肉塊になって処理されるのがいいのか、魔獣になる体となって実験体となるのがいいのか、本人たちの気持ちは分からない。

 実験体となって無差別な暴力を振るうことはなくとも、しゃべるための喉が魔獣のものから戻らなくなったり、知性が大きく衰えて会話が成立しなくなったりする。

「たいよう。あか。くさのね。きゅうせんのわくところ。くるな。こないで。うまれるところ。かえるのぞみはたたれた。われらおうのざにはべる」

「とみをもとめよ。とみをもとめよ。くるしむなかにざいはある。くるしむなかにざいはある」

「今日はいい天気だな」

 鉢植えの中にいる彼らに水をやる。うわごとをつぶやく実験体も成功例であるらしい。エブリックの基準では実験を行うことができるかがすべてなのだ。

「とみをもとめよ」

「たましいのながれをかんじる」

 東大陸語として聞き取ることはできるが、こちらの言葉に応じて内容が変化することはない。エブリックの経過観察でもそれは明らかになっているそうだ。

「あの気味の悪い実験体たち、いつまで処分しないつもりなのか」

「ギルダス議長の直弟子だからと言って、五賢弟は好き放題し過ぎだ。人の命をなんだと思っているのか」

「予算だって有限なのに、あんな訳の分からない奴らに」

「おい、こっち見てるぞ。黙ってろ。いつ理性を失うか分からないんだ」

 聞こえてくる声は不満ばかり。正体不明の実験体が魔導会議の施設内をうろうろしていて気味が悪いらしい。ここが教育機関ということもあり、周囲を囲む魔導会議の面々には魔術の指導を受けている教育課程の見習いも多い。厳しい魔術の訓練の傍らによく分からない実験体がいることが、どうにも受け入れられない連中である。

 いつ理性を失うか分からないという。

 そんなことはないと俺たちは体で分かっているが、理論として証明されたものではなく、単に実験体の感覚的な意見でしかない。周囲の魔術師にとっては、いつ暴走するか分からない、内部に抱えた爆弾と言うわけだ。

「とみなおすぎうれおふぃつ」

 理解できない言葉を発する実験体に冷たい視線が向けられる。そんな暇があるなら研究でもしていろ、くそったれの魔術師見習いどもが。

「元は同じ人間だぞ」

「ひっ」

 暗い声音でつぶやいたのを羽の生えたの少女に聞かれた。短い悲鳴。

 鐘がなった。魔術で拡散された音が王都に広がっていく。中庭に集まっていた魔術師が散らばっていき、昼休みは終わりを告げた。人気のなくなった中庭に俺たちエブリックの実験体が残る。羽毛の生えた少女がかすかに耳を動かした後、ありえない方向に首を向けた。

 具体的に言えば、正面から真後ろに首だけが回った。巨大な瞳が闇を捕らえる。

「何か来ます」

 少女は魔獣を狩る猟師の娘であったと聞く。羽毛の生えた腕で背中に持ったナイフを抜いた。実験体と言っても私物の持ち込みを制限されているわけではない。少女の家族は魔獣と半端に融合した外見には耐えられなかったが、仕送りはしてくれていた。私物を送り、手紙もやり取りをしているらしい。

「ざいをもとめよ」

 廊下の暗がりから、それが歩いてきた。

 青白い体をして背からはよくわからない触手のようなものを生やしている。

「ぽげ!」

 空きっぱなしの口から奇声を発すると触手を地面に突き刺した。

「地面から来ます!」

 ナイフを構えた少女はとっさにその場から飛びのき、足で逆さに木に掴まった。しかし、そのように危機を察知して行動できたのは彼女とほか数名であった。

「あぁっ! 畜生!」

 地面から突き出した鋭利な金属製の触手は、俺の心臓の位置を貫く。地面の中で分岐をしているのか、中庭にいる実験体たちに襲い掛かっている。

 鮮血。悲鳴。意味をなさない断末魔。

「イーヴァル!」

 少女が叫び、とっさに何か投げた。青白い顔を狙ったようだったが、触手に当たって、からんと音を立てただけだった。金属製だ。それで、やつが彼女を見据えた。

 触手が少女の飛び移った木の幹に突き刺さる。とっさに少女は木の陰に隠れていた。

(貫通はしていない)

 俺は自分の心臓部分をちらりと確認した。触手が体を貫いていた。金属でできていることがわかる光沢と、生々しく脈打つ動きが不気味である。

 青白いやつが地面を強く踏みしめる。魔導会議の建物がかすかに揺れて、中庭に生えている触手が突き立った木が宙に浮いた。

「持ち上げやがった!」

 思わず叫んだ俺を少女が見る。

「無事なんですかイーヴァル君!?」

 少女の体が、持ち上げられた木で殴りつけられた。初めの触手の攻撃をかわした実験体も次々に殴りつけられる。最後が俺だった。幹の部分が胴体を吹き飛ばした。

 頭に両肩両腕がくっついた状態で地面に落ちる。

 死にかけると人はゆっくりものを見ることがあると、死んだあいつは言っていた。

 どうやら本当だったらしい。宙に放り上げられた間に、魔術師エブリックともう一人の魔術師が取っ組み合いをしているのが見えた。取っ組み合いをしている魔術師の二人の横で、エブリックの助手の魔獣と魔道人形が二人の魔術師たちを引き離そうとしている。

(エブリックが実験に失敗したな)

 金属の触手が生き物のように動く。魔道人形と人の融合実験を行ったのだろう。

(失敗して後始末しないなら何もするなよ)

 世の中はやはりクソ塗れだ。だが、クソを食らうことになっても、いいようにされっぱなしで終わってたまるものか。目の前のクソをクソ貯めに突っ込んでやる。そのあとでエブリックの実験器具に俺の体の一部をぶち込んでやる。

 地面に転がる俺の頭と腕。

 青白い金属の触手を生やした実験体の失敗作が、まだ動いている俺を見つけた。新たに触手が腹のあたりから生えてくる。ご丁寧なことに全部金属製だった。

(腹の中まで金属の触手を突っ込まれたか。もう飯もまともに食えないだろうな)

 ちょっと同情した後で、数十本の触手を束ねた叩きつけが来る。腕はまだ動く、横に転がって避けた。

 頭だけなら軽いものだ。両腕の力だけでも、数度叩きつけを躱した。

 青白い失敗作は感情を表情にだすことはなかったが、さらに肩と膝から生やした触手は、苛立ったように蠢いていた。

「うわ! なんだあれ! また誰か失敗したのか!?」

「やだ! 気持ち悪い!」

 失敗作と俺、あとは動けないでいる中庭の実験体たち。そこに騒ぎを聞きつけた暇な魔導会議の魔術師が現れる。

 しめた。魔術師ならこいつをさっさと魔術で始末してしまえ。と思ったが、失敗作の外見に怯んで腰を抜かしたのを見て、しめたがしまったに変わった。

「どうした! 全然あたらないぞ!」

 こちらの声が聞こえているのかは分からないが、とっさに挑発してしまった。

(魔導会議の一員として魔術の教育を受けている連中だ。かばう理由なんてない。俺たちに向ける気味の悪いものを見る視線が、どれほど腹立たしかったことか)

 失敗作の注意が俺を向く。触手がばらけて地面に突き刺さる。

 腕がちぎれ、肩も持っていかれた。

 少し前のことを思い出した。

(魔力量がどうこうと言われ、飯の当てが外れた。俺とあいつと同じような境遇のやつが、魔導会議に入って魔術師として修業を積んでいる。汚い俺たちが寄り付くからと、残飯を覚えたての魔術の炎で焼却した、捨てられたものは灰しかなかった)

 中庭の地面に俺の頭が転がった。こんな状態で生きているのが不思議でならないが、頭ははっきりとしている。

 見ていた魔導会議の見習い魔術師が顔を真っ青にして震えている。ちょっといい気味だ。

 もう動けない俺に、束ねた触手の叩きつけが振り下ろされた。

 魔導会議の中庭が静まり返る。凄惨な場を目撃してしまった魔導会議の見習いたちは、次の標的が自分たちだと気づいた。失敗作の触手が、獲物を探すようにゆっくりと、中庭の土煙の中を這い進み、騒ぎに寄って来た連中や、窓から身を乗り出した連中を感じ取る。

「なんだあれ!」

「気持ち悪い!」

 触手がたてた土煙が収まると、中庭にいた失敗作がはっきりと確認できた。

「あの金属、五賢弟スブタイの実験体だ」

「あの石人、またやりやがった!?」

「スブタイの実験だけじゃない。金属の部品が付いてるが、もとは人だ!」

「エブリックとスブタイの共同実験かよ!? 悪夢か!?」

 見習いだけでなく、研究者まで中庭に集まってきた。分析を始め、暴走状態にあることを確認すると魔術による拘束を始めた。

「もっと魔力足せ。振り切られるぞ」

「非常用の魔力結晶もってこい」

「元凶の二人は何やってる!?」

「喧嘩してます」

「…ほかの五賢弟は?」

「どこにいるのやら」

「役立たずどもが」

 失敗作の体に制御文字が巻き付いていく。外部から魔力を流し込み、肉体の持ち主の意志とは異なる動きをさせる。物体は魔力によって形作られる、魔力は意志によって形を変える。魔力が少ない物質であれば容易に操作できる。性質の似た魔力であれば、少ない魔力で操作できる。

 失敗作は二人の五賢弟によって、異なる設計方針二つを無理やり形にされ、過剰なほどの性能を持っていた。

「全然魔力足りないぞ!」

「魔力結晶もっともってこい!」

「早く二人に対処させろ!!」

「それぞれの助手が引き離そうとしてますが、止められていません!」

「王脈接続術式使える奴いないのか!?」

「議長呼んで来い!!」

「何度こんな騒ぎを起こせば気が済むんだ!」

 失敗作の触手が伸びていく。

「どこからあんな触手を出している!?」

 どこかで魔術師が叫んでいる。その答えを俺は知っていた。

 失敗作の触手が中庭に面している壁を破壊し、物見高く集まっていた魔術師たちを露にする。奴はその金属の触手を魔術師たちの体に突き立てようとするが、それは衣服や装飾品に刻まれた防御の魔術によって防がれた。

 空中でさざ波のように空間が沸き立ち、金属の触手を何とか押しとどめている。心臓に向かう触手を押しとどめている魔術師は、魔術に集中している隙をつかれて足首に触手が巻き付いた。

 失敗作は複数の魔術師を襲っている。襲われた魔術師たちは、急所を狙う一本を防いだ隙に、手足や衣服を捕まえられて逃げられなくなっていた。

(あと少し)

 俺は頭だけで地面に転がっている。意識ははっきりとしていた。さらに、失敗作に散り散りにされた体の感覚まである。

(もう少し)


 ワタシ。いや、俺。分からない。

 ただすごくおなかがすいている。

 好きなように動かすことができる触手は便利で、似たような気配がするものを、殺して食べることができた。食べると元気になってきて、もっと触手が出せるようになっていく。

 でも、触手を出すとおなかがすくので、周りにいっぱいいるものを食べたかった。

 もう自分の体よりも触手が重いので、その場を動くことができない。足の代わりに触手で立つことにした。歩くことはできないけれど、おなかがすくので歩かなくてもいいかもしれない。

 何本か触手が押さえつけられた。

 ごはんがあった。けれど食べられない。みえないちからが邪魔をする。

 あとすこし。もうちょっと。もうすぐごはんが食べられる。

 さっきなにか食べた時、おぼろげに何か思い出しかけた。思い出そうとしている間はおなかがすかなかった。なにか食べれば、この空腹も収まるかもしれない。

 大事なことを思い出すかもしれない。

 たりなくて、たりなくて、たりなかった。だからほしい。

 はやく、はやく、はやく。それを食べさせて。

 みえないちからで押さえられていた触手がやっと動いた。つかんだそれらを自分の下へ引き寄せる。やっとごはんの時間だ。もうまてない。はやくほしい。食べたい。思い出したい。

「いただきまーす!」

 自分の耳が潰れるほどの大きな声が出てしまった。でも仕方がない。だっておいしそうなんだもの。

 ちゃんと食べ物が収まるように口を大きく開いた。

「よう。クソ野郎。まずは俺の体を食えよ」

 遠くで小さく声が聞こえて、ぬるりと口の中に入ってきた。触手の付け根からぬるぬると入ってくる。体の中を這いまわり、ぷちぷちと細い何かを切っていく。

 腕がすとんと動かなくなって、膝から地面に倒れてしまった。触手も動かなくなっていき、食べ物が逃げてしまう。どうして。

「おなか、すいた」

 ぬるぬると体の中を這いまわっていくものがある。それが通った後は、何も感じなくなってしまう。それは全身をくまなく回った後、首の後ろから頭の方に回ってきた。

 このまま、何も感じなくなる。

 空腹も感じなくなる。

 それは少し、安心できた。


 目の前の失敗作の口と鼻から、触手を伝って体内に潜り込ませた俺の体が出てくる。全身の神経を切断した失敗作の体は、すでに死体になっていた。

 赤黒い、異臭を放つ俺の体(液体)は地面を這い、俺の頭の下に潜り込むと、そのまま俺の体になった。

「い、いふぁるふぁん。ふさいへふ」

「ひほいひほいふぁおほ、ひーふぁる」

 生き残ったエブリックの実験体たちが鼻をつまみながら心配してくれた。

「いや、ちょっと待って。体を張って暴走したクソ野郎を止めたのに、その態度はひどくないか」

「いや、信じられない悪臭だよ、君」

 魔術で匂いを防御したエブリックがやってきた。

「なんだとこら」

 腕を振って、指のあたりを液体化させたものをまき散らす。

「ギャアァァァ!!」

 中庭は阿鼻叫喚となった。

「はははは! 逃げろ逃げろ!」

 俺の悪臭に鼻をつまんでいる魔導会議の魔術師のやつらにも、もれなく俺の体をプレゼントだ。さんざん嫌な目で見やがって。ざまあみろ。

 特にエブリック。お前は許さん。自分の実験が失敗したくせに、仲良く喧嘩するばかりで失敗作を止めようともしなかった。

 三日は匂いが落ちないようにしてやる。

 魔術の防壁の隙間を液体化させた体ですり抜けて、エブリックの関節をいじめていると、この世のものとは思えない騒ぎだった中庭が静かになっていく。

「ふう。十分匂いもついたことだし、この辺で勘弁しておいてやる」

「ふん。無駄な汗をかいてしまったな」

 澄ましたエブリックの顔面に失敗作の肉塊を投げつけてやった。

「き、貴様ー!」

「うるせー! バーカ!」

 そこからしばらくひ弱なエブリックをいじめて、一息ついた。

「く、屈辱だ…」

「お前ほんとに実験辞めろよ。どうせ失敗するし、後始末もちゃんとできないし」

「うるさいよ! 子供のくせに!」

「どっちが子供だよ」

 鼻に液体化した指を突っ込んでいるところで、エブリックの助手の魔獣に首をつかまれた。体を液体化させて逃れようとしたが、魔獣は手のひらから冷気を発し、俺の首を凍らせる。

 エブリックが激しくむせながら立ち上がった。

「はーっ、このクソガキめ。そして、よくやった。そのままそいつを離すなよ」

「かしこまりました」

「もう逃げない。エブリックにちょっとやり返してやっただけだ」

「離すなよ」

「了解しました」

「ちっ」

 こめかみに青筋が立つエブリック。血管が浮き出ることは怒りを覚えた人の表情としてまれにみることができるが、エブリックは鬼人種である。こめかみに浮きあがった血管が額にそびえる美しい氷塊のような角にまで広がった。

(ちょっとやりすぎたか)

 俺はほかの実験体と同じようにエブリックの研究施設へ戻ろうとしたが、合成魔獣によってエブリックと同室へ連れ込まれた。

 魔導会議の中庭は壁に刻まれた制御文字が土地を流れる大きな魔力の流れを引き込み、散らばった瓦礫を取り込んで元の姿に戻り始めている。施設の修復に巻き込まれて壁の一部にならないように、周囲には魔術の防壁と魔道人形による警備がされていた。

「エブリック様がお話があると」

「ついに処分されるかな」

「さあ?」

 合成魔獣と奴の研究施設を連れまわされながら待っていると、エブリックがやってくる。

「イーヴァル、お前の待遇について議長から提案、と言うか、命令があった」

「議長?」

「魔導会議の長、ギルダス議長だ。僕の師事する史上最高の魔術師でもある」

「ふーん」

「聞け」

 実験の時のような楽し気な雰囲気ではなく、至極真剣な様子であった。

 思わず、次の言葉を待ってしまう。

「辞令を」

「かしこまりました」

「どうせ君は読めないだろう? 僕がわざわざ内容を代読してしんぜよう」

「ご丁寧にどーも」

 助手の魔獣から魔獣の皮で作った紙を受け取ると、もったいぶってエブリックは読み始めた。

 難しい言葉が多く、俺に分かったのは、失敗作と殺すの二つだけだった。

「言いたいことは一つだ、僕の実験で生まれた失敗作を管理してもらおう」

「助手の魔獣に頼め」

「手が足りないところに、君の今日の活躍だよ」

 ふふん、と鼻で笑う得意げなエブリックの背後で、顎をがちがち言わせている失敗作がいた。エブリックの助手の魔獣に連れられてきたのは、薄暗く、空気のべたついたところだった。

「じゃあ、頼んだよ」

 助手の魔獣に辞令を手渡すとエブリックはそそくさと暗がりへ消えていった。

「あ、おい!」

 エブリックは去っていった。

「クソ魔術師が…。なんで俺がこんなこと…」

 後に残るのは俺と魔獣と失敗作。

 蠢くだけの失敗作を処理する役目を言い渡されて、素直にはいそうですかとはならない。

「イーヴァル、もし気が進まないのであれば、その旨を私の方からもエブリック様へお伝えしますが」

「そうだな。きっちり報酬を頂く」

「ー報酬?」

「当たり前だ。実験後の体の調整は、奴に体のデータを取らせることと引き換えだ。さらに実験体の世話をさせておいて、自分の実験で生まれた失敗作をただで処理させるなら、追加でこっちに報酬をもらわなければやってられない」

「そうでしたか。てっきり彼らの命を奪うことに抵抗があるのかと」

「抵抗はあるさ。当然だ。俺とあまり変わらない境遇のやつもいるだろうし、帰りを待っている人もいるかもしれない。だがまあ、それはそれ。他の奴に配慮していたら何もできないからな」

「あなたは、そのような考え方をするのですね」

「魔獣には難しかったか?」

「いえ。人によって倫理観には大きな違いがみられる、興味深い事象です」

「変な奴だな」

 収容された失敗作たちの檻を巡り、知性を失った彼ら彼女らの周囲を掃除して、食事の配給を行う。エブリックが失敗作に対して実験を行うときには、拘束して実験室へと移送することもある。

 そして時折、失敗作は脱出する。

 脱出の理由は様々だった。研究のライバルが、研究結果を盗むために檻を破壊することもあるし、他の研究室の実験の余波で施設が破壊されることもある。

 そうして脱出した失敗作の人と魔獣の合成生命を、俺は処理することとした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ